「買い占め問題」を解決する現実的な方法 週刊プレイボーイ連載(424)

新型肺炎の影響が世界的に拡大していますが、今回は社会問題になっているマスクの転売(高額販売)について考えてみましょう。

ドラッグストアで100円で売っているマスクを、5000円でネットで転売して暴利を得るのは「不道徳」そのものに思えます。しかしこれは同時に、5000円払ってもマスクを手に入れたい消費者がいることを示しています。

そんな切羽詰まったひとに対して、どんなアドバイスができるでしょうか。

すぐに思いつくのは、「マスクは少量でも入荷されるのだから、ドラッグストアに並べばいい」でしょう。しかし、朝10時の開店時間に行ってみると、そこにはすでに長蛇の列ができています。

もっと早くから並ぼうとしても、仕事の都合とか、子どもを保育園に送りに行くとか、老親の介護とか、その時間に店に行けない事情があるかもしれません。その場合はどうすればいいのでしょうか。こたえは、「あきらめなさい」しかありません。

買い占めという行為は、需要に対して供給が著しく少なく、かつ定額で販売されていることから起きます。本来はとんでもなく高額なはずの商品が格安で手に入るからこそ、真冬の朝6時から並ぶひとがいるのです。高齢者の多くは手に入れたマスクを部屋にため込むだけでしょうが、この価格差を利用してネットで売ると「高額転売」になります。

ここからわかるように、マスクのような希少商品の「定価販売」は早朝から行列できる「ヒマなひと」を優遇し、さまざまな事情でそんなことはとてもできない「多忙なひと」を差別しています。それに対して転売業者は、「お金のあるひと」を優遇して「お金のないひと」を差別します。

ここで強調したいのは、「時間による差別」が「お金による差別」より道徳的だとはいえない、ということです。貧しいひとが配慮されるべきだというなら、時間のないひとも同様に扱われるべきでしょう。

もうひとつ明らかなのは、「買い占めは控えてください」と政府がいくら「お願い」してもなんの効果もないことです。行列するひとの多くは「強欲」ではなく、「マスクがないと死んでしまう」という強い不安に駆られているのですから。

だったらどうすればいいのでしょうか。本来であればマイナンバーを利用して購入履歴を管理し、「1人1カ月20枚まで」などとルールを決めればいいのでしょうが、技術的には可能でもいまからではまったく間に合いません。

だったら、行政がマスクを買い上げて医療機関など必要なところに配布したのち、一般販売分は個数制限をつけて、それが売切れたら店頭価格を引き上げるようにしたらどうでしょう。タイムセールと同じで、最初は「(行列できる)ヒマなひと」が購入するでしょうが、価格が一定以上になると「お金のあるひと」が買えるようになります。これなら、「お金のないひと」も「時間のないひと」も平等になり、なおかつ転売業者が暴利をむさぼることもできません。

店頭価格を引き上げれば小売店は利益を手にすることになりますが、それを税金で回収して感染症対策の費用に充てればさらに一石二鳥でしょう。

【註】「お金も時間もないひとはどうするのか?」との疑問があるかもしれませんが、このひとたちはもともと(行列できないことで)マスクを入手できなかったのですから、値上げで購入できなくなっても不利益は発生しません。ただし、社会的弱者としてなんらかの救済措置を考える必要があるかもしれません。

参考:ウォルター・ブロック『不道徳な経済学: 転売屋は社会に役立つ』ハヤカワ文庫NF

『週刊プレイボーイ』2020年3月23日発売号 禁・無断転載

「神経症傾向」が高いと買い占めに走る 週刊プレイボーイ連載(423)

新型肺炎騒ぎのなか電車に乗ると、マスク姿の乗客に交じって、マスクをせずに吊革につかまりスマホをいじっているひとがいます。こういうときに、パーソナリティの多様性を実感します。

近年の心理学では、性格は大きく5つの独立した要素に分かれ、それぞれが正規分布すると考えます。正規分布(ベルカーブ)は平均がもっとも多く、両極にいくほど少なくなる分布で、学生時代にお世話になった偏差値を思い浮かべればいいでしょう。

代表的なパーソナリティのひとつが「神経症傾向」で、不安感のことです。これが正規分布するのは、世の中には極端に不安を感じやすいひと(その典型がうつ病)と同時に、極端に不安を感じないひとがいることを示しています。こういうタイプは生きていくのに不都合があるわけでもなく、かといって目立つわけでもないのでふだんは気づかれないのですが、感染症のような非日常では可視化されるのです。

なぜ不安感はばらつくのでしょうか? 進化論的には、「2つの異なるサバイバル戦略があるから」と説明されます。

旧石器時代のサバンナで、おいしい果物がたくさん実っている茂みを見つけたとしましょう。「不安感の低いひと」は、歓声を上げて茂みに駆け寄り、たらふく果物を食べるにちがいありません。これが「生存戦略1」です。

ところがその茂みには、腹をすかせたライオンが潜んでいるかもしれません。無警戒に果物をむさぼり食っている「不安感の低いひと」は格好の餌食です。

そんなときに生き残るのは、集団から遅れ、こわごわとあたりを見回している「不安感の強いひと」でしょう。おいしい果物は食べそこなうかもしれませんが、生命を落とすこともないのですから、これが「生存戦略2」になります。

ふたつの生存戦略が並立するのは、環境によってどちらが有利かが異なるからです。捕食動物が少なく食料の多い地域なら、「不安感の低いひと」は圧倒的に有利です。トラやライオンがうようよしている地域で生き残るのは、「不安感の強いひと」です。長い進化の過程で、いずれの環境にも適応できるように神経症傾向のパーソナリティが正規分布するようになったのです。

いまやヒトを襲う捕食動物はいないし、先進国では戦争や内乱もなく、殺人件数も減って世の中はますます安全になりました。ところがヒトの遺伝子はそうかんたんに変わらないので、いまでもサバンナの猛獣におびえていた頃と同じように強い不安を感じるひとが一定数います。神経症傾向が高いと、現代社会ではとても生きづらいのです。

「不安感の強いひと」は、ささいなことでも「このままでは死んでしまう」という生存の脅威に突き動かされ、不安を鎮めるためにどんなことでもします。症状も出ていないのに「検査してくれ」と保健所に怒鳴り込んだり、感染症予防とはなんの関係もないトイレットペーパー、ティッシュペーパー、キッチンタオル(!)を買うために長い行列をつくったりするのはこのタイプです。

そう考えると、目の色を変えて買い占めているひとをすこしは温かい目で見られるようになりませんか?

『週刊プレイボーイ』2020年3月16日発売号 禁・無断転載

新型肺炎「クルーズ船」対策はすべて素人の思いつき? 週刊プレイボーイ連載(422)

政府の新型肺炎対策が混迷をきわめています。感染拡大にいまだ収束の見通しは立ちませんが、現時点でわかったことをまとめておきましょう。

クルーズ船の対応で官房長官は「感染防止を徹底」と胸をはりましたが、結果は死者7名、感染者約700名にのぼりました。同様の状況にあったクルーズ船から乗客を下船・自由解散させたカンボジアは「中国におもねっている」とさんざん批判されましたが、その後、確認された感染者は1名です。どちらが正しかったかは議論の余地すらなく、非人道的な環境で長期間拘束された乗客・乗員はほんとうにかわいそうです。

春節の時期に多くの中国人観光客を受け入れたことも批判されています。アメリカのように中国全土からの入国禁止を徹底していれば感染拡大を防げたというのです。

「政治は結果責任」ですからどちらも大失態でしょうが、このウイルスが未体験であることを考えればいちがいに責めることもできません。感染の恐怖が広がるなかでの下船の決断は困難だったろうし、習近平の来日を控え、中国人を差別しているかのような対応も躊躇せざるを得なかったのでしょう。

「クルーズ船から1人も降ろすな」と大騒ぎしていたひとたちが、乗客を公共交通機関で自宅に帰したことで掌を返したように罵詈雑言を浴びせた姿を見ると、逆に政治家や官僚に同情したくもなります。自分は文句ばかりいって、なんでもやってもらえると思っている国民ばかりなら、ふつうならすべてを投げ出したくなるでしょう。

しかしそれでも、政府の対応に問題がないわけではありません。

最大の疑問は、現在に至るまで厚労省の指揮系統がまったくわからないことです。厚労大臣は国立大学経済学部卒の学士で、クルーズ船内で陣頭指揮をとったとされる厚労副大臣も、経歴を見る限り医学のなんの専門知識もありません。意思決定する政治家は「素人」の集団です。

そうであれば、厚労省内にいる(はずの)感染症対策の専門家集団が政治家を補佐し、感染の状況とか、全国一斉休校のような措置をなぜとるのかを、科学的根拠(エビデンス)に基づいて説明すべきです。そうしたことをいちども行なわず、匿名の「厚労省幹部」なる人物がメディアで好き勝手なことをしゃべるだけなら、国民が疑心暗鬼になるのも無理ありません。

これまで繰り返し指摘してきたことですが、日本の組織の特徴は「ゼネラリストを養成する」との名目で専門性を軽視し、結果として素人ばかりを生み出してきたことです。役所はその典型で、厚労省では2019年の統計不正問題で、統計の専門部署に初歩的な統計の知識をもつ人間すらいないという驚くべき事実が白日の下にさらされました。

いったん「素人」が組織を支配するようになると、専門性は徹底的に忌避されるようになります。専門家に権限をもたせると自分になんの知識もないことが暴露され、「素人支配」が崩壊してしまうのですから。

このようにして、政府や厚労省の大混乱の背景が見えてきます。恐ろしいことに、新型肺炎をめぐる一連の出来事は、「すべて素人が思いつきでやっている」と考えるとすっきり理解できるのです。

参考:厚労省が失態を繰り返すのは「素人」だから

『週刊プレイボーイ』2020年3月9日発売号 禁・無断転載