沖縄の辺野古沖で小型船「不屈」「平和丸」の2隻が転覆し、牧師でもある「不屈」の船長と、修学旅行で「平和丸」に乗船していた同志社国際高校の女子生徒が死亡した事故が波紋を広げています。この船は米軍辺野古基地の移設に反対する団体が保有しており、学校は「平和学習」の一環として、希望する生徒が海上から基地建設現場を見学するプログラムだったと説明しています。
一般論としていえば、私立高校が社会学習として、生徒に沖縄の歴史や基地問題を体験させることには意義があるでしょう。事態を複雑にしているのは、この小型船を保有する団体が座り込みなどの強硬な抗議活動を主導しており、それに対して保守派の強い批判があったことです。一方、この海難事故を利用して沖縄の平和運動を否定し、米軍基地移設を既成事実にしようとしているとの反発もあります。
そんななか、女子生徒の遺族がnoteで、「平和丸の船長、乗組員、ヘリ基地反対協議会その他の関係責任者達」から「対面しての直接の謝罪、面会可否の問い合わせ、託された手紙、弔電、何ひとつありませんでした」と訴えました。
これは事故の当事者の対応としては信じがたいものですが、さらに驚くのは、京都で小学生の男児が行方不明になり、その後、遺体で発見された事件について枝葉末節まで報じているメディアが、この件についてはほとんど触れようとしないことです。
その理由は、この事故が報道機関にとって「面倒な案件」になっているからでしょう。政治的な立ち位置がはっきりしている保守系のメディア以外は、どのような報道も右や左から「偏向している」と叩かれ、炎上するリスクがあります。テレビのワイドショーでは、コメンテーターを探すことすら難しいでしょう。その結果、自治体や海上保安庁など関係機関の発表をアリバイづくりのように報じるだけになっています。
しかし、遺族が求めているのはこのような事なかれ主義の「客観報道」ではなく、事故にかかわったとされる平和丸の船長や、一方的に「謝罪会見」を開いただけで遺族とは接触しようともしない団体に取材し、その真意を問いただすジャーナリズムでしょう。
遺族に名指しされた平和丸の船長は事故後、名護市のスナックで泥酔しているところを週刊誌に取材され、出航を決めたのは(死亡した不屈の)船長で、「死人から? 死人を起こして聞いた方がいいよ」と、まるで自分が被害者であるかのような主張をしています。船を保有している抗議団体については、謝罪できないのは賠償責任を負いたくないからだと囁かれています(この団体は遺族の訴えのあと、あわててホームページに謝罪文を掲載しました)。
こうした対応が白日のもとにさらしたのは、日本政府や米軍、「権力」の責任を声高に追求してきたひとたちが、自分たちの責任からは逃げ回るというグロテスクな姿です。さらに絶望的な気持ちにさせられるのは、沖縄の「悲劇の歴史」を風化させるなと警鐘を鳴らしてきたリベラルなメディアが、「報道しない自由」によってこの悲劇を風化させ、遺族が自ら声を上げざるを得ない状況に追い込んだことです。
ひとつだけ確かなのは、これからはどのような加害行為でも、「正義」を振りかざして「自分たちは被害者だ」といいつのれば許される前例をつくったことでしょう。
参考:「〈辺野古転覆事故〉スナックで泥酔した「平和丸」船長が直撃取材に答えた! 「出航を決めたのは俺じゃない」「死人を起こして聞いた方がいい」」『デイリー新潮』2026年3月25日配信
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