「反日」に見る中国の二面性(週刊プレイボーイ連載666) 

2012年9月、民主党・野田政権による尖閣諸島国有化をきっかけに中国各地で大規模な反日デモが起こりました。私はたまたまそのとき成田から上海に向かったのですが、機内の日本人乗客からも緊張感が伝わってきました。

ほとんどが中国で働く男性ビジネスマンでしたが、近くの席に達者な日本語を話す中国人の女性と、幼い子どもを連れた日本人駐在員の妻が座っていました。2人は知り合いらしく、飛行機が着陸態勢に入ると、中国人女性は子どもの母親に向かって、「誰かに訊かれたら“日本人”てこたえちゃダメ。“韓国人”っていいさない」と繰り返しました。

その会話(といっても、日本人の女性はただ真剣な顔でうなずいているだけでしたが)を聞いて、さすがに「これは大変なことだ」と思いましたが、その一方で疑問も湧いてきました。これまでの中国旅行では、外見で日本人と判断されたことがなかったからです。

メディアではタクシーの乗車拒否が報じられていましたが、空港のタクシー乗り場で、運転手に繁体字のホテル名の紙を示し、英語で「ここに行って」と伝えると、なんの問題もなくホテルまで連れて行ってくれました。それも当たり前で、運転手は私が「中国語を話さない外国人」であることしかわからなかったのです。

だったら「乗車拒否」とはなんなのか? 上海在住の日本人の知人が、タクシー運転手と口論になったときのことを教えてくれました。

中国語で行先を指示すると国籍を訊かれ、日本人とわかると、釣魚島(尖閣諸島魚釣島)は中国の領土だと力説しはじめた。「そんな不愉快な話をするなら降りる。そこで車を止めろ」といったら、いきなり態度が豹変して、「お前を責めてるわけじゃない。俺は日本製品が大好きだ。友好は大事だ」と言い訳を始めた、というのです。――じつは彼の友人もまったく同じ体験をしたそうです。

これを知人は、次のように解説してくれました。

「中国には“信用”という社会資源がなく、一見、仲良くやっているように見えても、家族や朋友以外は、いつ裏切られるかわらないと身構えて生きている。そんな社会では誰でも簡単に奈落に落ちるので、ひとびとはわずかなリスクも取りたくない。だから相手が日本人とわかると、まずは政府の建前をいっておこうと考えるのではないか」

台湾は中国のナショナリズムにとってきわめて微妙な問題ですから、高市首相の発言に反発するのはわかります。しかし、ビジネスイベントから歌手のコンサートまで、日本に関係するものはすべてキャンセルという極端な行動の背後には、「親日」を口実に足下をすくわれ、失脚したり、逮捕されるのではないかという恐怖があるのでしょう。

そのとき知人は、反日デモのさなかでも現地の日本人が比較的落ち着いていたのは、会社の同僚や大学の友人など身近な中国人が、「困っていることはないか」と声をかけ、親切にしてくれたことがあると教えてくれました。

飛行機のなかでの光景もそうですが、中国社会には、過剰なほど政府の方針に従いつつも、「(外国人に対して)中国人を信用するな」とアドバイスする二面性があるようです。

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