2023年10月にイスラーム原理主義の武装組織ハマスがガザ地区からイスラエルに侵入、乳幼児を含む1200人あまりが殺され、250人あまりを人質として連れ去りました。この衝撃的なテロを受けて欧米各国は相次いでイスラエルへの連帯と支持を表明し、人質の奪還とハマス壊滅を目的とするイスラエル軍の容赦なきガザへの攻撃が始まってからも、あくまでも「自衛」のためのもので民間人の被害は不幸なコラテラルダメージ(副次的被害)だとして目をつぶりました。
ガザ地区の徹底的な破壊と、子どもたちに多数の死傷者が出ていることが報じられると、欧米でもイスラエル批判の街頭行動が頻発するようになりますが、政府はそれに規制し、リベラルなメディアや知識人も「反ユダヤ主義」のレッテルを貼られることを恐れて黙認しました。
ところが2025年はじめに第2次停戦合意が破綻し、イスラエル軍が避難民の集まるガザ南部への攻撃を始めると、多くの女性と子どもたちが死亡し、人道支援物資を封鎖したことで病院が機能を失って飢餓が広がります。国連の人権理事会の調査委員会はこれをジェノサイドと認定しましたが、欧米のメディアはガザの惨状を積極的に報じようとはせず、政治家たちも口先ではイスラエルへの懸念を表明するようになったものの、この悲劇を止めるために具体的な行動を起こすわけではなく、ただ傍観するだけでした。
けっきょくガザの停戦を実現したのはトランプ政権で、すべての人質の返還、イスラエルに拘束されたパレスチナ人の解放、ガザ地区の非武装化など20項目でイスラエルとハマスが合意しました。これについては「イスラエルによるガザの恒久的支配」などの批判もありますが、すくなくとも多数の民間人が無残に殺されていくことはなくなりました。
2022年2月、ロシアがウクライナに軍事進攻すると、欧米諸国はロシアの戦争犯罪を強く批判し、大規模な経済制裁を実施しました。ところが予想に反して、中国やインドなどがロシア産の安い原油や天然ガスを積極的に購入する一方で、西ヨーロッパではエネルギー価格が高騰して不満が広がり、ポピュリスト政党が台頭して社会が不安定化します。それでもロシアと軍事衝突して「世界最終戦争」を引き起こすわけにはいかず、かといってロシアと取引する中国を経済制裁することもできないので、欧米の政治指導者たちの言動は徐々に口先だけのロシア批判になっていきます。
ここでも膠着状態の打開に動いたのはトランプ政権で、戦争を終わらせるにはプーチンの面子を立てるしかないとして、ウクライナに領土の割譲を含むきびしい条件を突きつけました。ウクライナ側の抵抗で当初案は修正されたようですが、ヨーロッパ諸国はトランプへの批判を控え、ウクライナが譲歩するならそれでかまわないという態度でした。
こうして見ると、きれいごとは現実の紛争を前にしてなんの役にも立ちませんでした。これではひとびとはますます「リベラル」に期待せず、問題を解決するのは「ディール」すなわち力の行使だと考えるようになるのではないでしょうか。
後記:ロシア・ウクライナ戦争の和平交渉は、ウクライナの主張を受けて修正されたアメリカの提案をロシアが拒否し、領土割譲を含む「根本的変更」を要求したことで、トランプ側は和平交渉からの離脱を示唆しています。
『週刊プレイボーイ』2025年12月8日発売号 禁・無断転載