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外見が異なるとなぜ排除されるのか。進化的な不都合な理由 週刊プレイボーイ連載(647)
魚や鳥、昆虫、哺乳類など、群れをつくる生き物はたくさんいます。もちろんヒトもその仲間で、何百万年ものあいだ徹底的に社会的な動物として進化してきました。
群れのなかで暮らすメリットはいろいろありますが、そのなかでも重要なのは「安全」でしょう。捕食動物は狙いを定めて獲物に襲いかかるので、相手が群れで動いていると区別がつかず、混乱して狩猟に失敗してしまうのです。
しかしこれを逆にいうと、群れのなかでも目立つ個体は襲われやすいということになります。この仮説が正しいかどうか調べるために、1960年代に動物行動学者が、タンザニアの保護区にいるウィルドビースト(大型のアンテロープ)の群れから何頭かを選び、角を白く塗ってもとの群れに戻しました。すると予想どおり、白い角の個体はハイエナに目をつけられて襲われたのです。
この「風変り効果」は、さまざまな種で確認されています。ナマズのなかには、遺伝的に白い姿で生まれてくるものがいます。この白化個体(アルビノ)について調べた研究では、やはり目立つアルビノの個体は捕食される率が高いことがわかりました。
この研究で興味深いのは、アルビノのナマズは捕食者の餌食になりやすいだけでなく、同じ群れのメンバーから絶えず避けられてもいたことです。目立つ外見はただでさえ捕食されるリスクを高めますが、それに加えて群れから排除されることで、より危険な状況に追いやられてしまうのです。
統率のとれた集団行動によって群れがひとまとまりになると、捕食者はどうしたらいいかわからなくなります。しかし「風変りな個体」は、捕食者の注意を引き寄せ、そのまわりにいる仲間まで巻き添えにしてしまいます。こうして社会的な生き物は、目立つ個体のそばにいることを避けようとするのです。
現在の学校教育では、個性を尊重し、一人ひとり異なる能力を伸ばすことが目指されています。しかしその一方では、多くの中学・高校では生徒は同じ制服で学校に通い、これを変えたいという声はほとんど聞かれません。大学の入学式や企業の入社式も、みんな同じような格好をしています。
進化生物学者は、「わたしたちがほかの仲間とグループになっているときの反応のいくつかは、群れとして暮らす魚や鳥、大きな動物の反応とびっくりするほど似ている」といいます。同質の集団をつくろうとするのも、目立つ(みんなとちがう)子どもを仲間外れにするのも、長大な進化の歴史のなかで脳の奥深くに埋め込まれたプログラムかもしれないのです。
文科省は学校でのいじめを減らそうと躍起になっていますが、対策すればするほど認知件数は逆に増えています。これはもちろん、これまで見過ごされていたいじめが積極的に報告されるようになったからでしょうが、それでも社会的な生きものに共通する特徴は「不都合な事実」を告げています。
人間はもともと同質になるように強い進化の圧力を加えられていて、それはおそらく、道徳的な説教でどうにかなるようなものではないのです。
バーバラ・N・ホロウィッツ/キャスリン・バウアーズ『WILDHOOD(ワイルドフッド) 野生の青年期 人間も動物も波乱を乗り越えおとなになる』土屋晶子訳/白揚社
『週刊プレイボーイ』2025年6月23日発売号 禁・無断転載
サイコパスはビジネスで成功するか?
ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。
今回は2021年8月20日公開の「最凶の”クソ野郎”と言われる大量解雇で有名な“チェーンソー・アル”は サイコパスだが、ウォール街に忠実だった」です。(一部改変)

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スタンフォード大学経営理工学部教授のロバート・I・サットンは、職場にasshole(クソ野郎)が多すぎることが、従業員の幸福度を大きく引き下げ、会社の生産性も落としているとして“no asshole” rule(ノー・クソ野郎ルール)を提案し、大きな反響を呼んだ。文字どおり世界じゅうから、「私が出会った「クソ野郎」の話を聞いてほしい」というメールが殺到したのだ。
サットンはその経緯を『チーム内の低劣人間をデリートせよ クソ野郎撲滅法』(片桐恵理子訳/パンローリング)にまとめたが、それを読んでいて思わず考え込んでしまったのが、「労働者の3人に1人が他者からいじめを受けていると答えた一方で、いじめの加害者になったことがあると報告したのはわずか0.05%(2000人に1人)だった」という記述だ。
いじめ問題の解決が難しいのは、加害者と被害者が同じ行為をまったくちがうものとして認識していることだ。これを私は、「100倍の法則」を呼んでいる。被害者は自分が受けた行為を100倍強く意識し、加害者は相手への同じ行為を100分の1に評価する。「なんでいじめるの?」と大人からいわれて、「いじめてないよ、遊んでただけだよ」と答えるのは本心なのだ。
「いじめの加害者は自分を加害者だと思っていない問題」は、ビジネスの現場でもそのまま当てはまるだろう。執拗なパワハラを、上司が「社員教育」「愛の鞭」と主張するのは、たんなる言い訳ではないかもしれない。
もちろんこれは、パワハラを正当化するものではない。加害者が「愛」だと思っている方が、被害者にとってより残酷でグロテスクなのは間違いないだろう。
日本の若者が管理職になりたくない理由は「死んでしまう」から 週刊プレイボーイ連載(646)
2022年にパーソル総合研究所が18カ国・地域を対象に「管理職になりたい割合」を調べたところ、日本は19.8%でダントツの最下位でした。日本の会社では、5人の平社員のうち4人が管理職への昇進を望んでいないのです。
この調査で「管理職になりたい国」の上位はインド(90.5%)、ベトナム(87.8%)、フィリピン(80.6%)、中国(78.8%)でした。平均は58.6%、アメリカは54.5%、ドイツは45.1%。日本の上の17位はオーストラリアで、それでも38.0%ですから、日本の会社は異常です。
欧米の研究では、組織のなかでステイタスが高いほど、健康で死亡率も低いことがわかっています。有名なのはイギリスの国家公務員を対象にした大規模調査「ホワイトホール研究」で、「40歳~64歳において、もっとも地位の高い管理職の平均死亡率が全体平均の約半分であるのに対し、もっとも地位の低い事務員の平均死亡率は全体の2倍に達する。両者の差は4倍にもなる」という結果になりました。
国家公務員はイギリスでも社会的地位の高い職業でしょうが、ステイタスは相対的なものなので、すべての組織にステイタスの異なる下位集団がつくられます。そしてどんな場合でも、(相対的に)ステイタスの高い者はより健康で長生きし、ステイタスの低い集団に属すると不健康になってしまうのです。
これが、わたしたちがステイタスをめぐって死に物狂いの競争をする理由です。ステイタスが低いと、文字どおり「死んでしまう」のです。
ところが2019年、東京大学の国際共同研究が、日本と韓国および欧州8カ国(フィンランド、デンマーク、イングランド/ウェールズ、フランス、スイス、イタリア(トリノ)、エストニア、リトアニア)の35~64歳の男性労働者を対象に心疾患などでの死亡率を比較したところ、奇妙な結果が出ました。
それによると、欧州では(ステイタスの低い)「肉体労働系」の死亡率がもっとも高く、(ステイタスの高い)「管理職・専門職」の死亡率がもっとも低くなり、これは先行研究と一致します。ところが日本と韓国は逆に、「管理職・専門職」の死亡率が「農業従事者」に次いでもっと高く、「肉体労働系」や「事務・サービスなど」を上回ったのです。
なぜこんなことになるのでしょうか。それは欧米と異なって、日本の中間管理職が昇進によって、逆にステイタスが低くなると考えれば理解できます。
人口減で国内市場が縮小し、売上も利益も落ちていくなかで、組織をまとめながら業務を回していく責任は中間管理職の肩に重くのしかかっています。ステイタスを誇示するような管理職は若手から嫌われ、やっていけなくなるでしょう。上にも下にも気をつかわなければならないのなら、ストレスで健康を害したとしても不思議はありません。その結果、日本では「下級熟練労働者」つまり平社員の死亡率が、管理職・専門職の約7割でもっとも低くなっているのです。
日本の若者が会社でこの現実を目の当たりにしているとすれば、管理職にならないのが合理的で正しい選択なのです。
参考:マイケル マーモット『ステータス症候群 社会格差という病』鏡森定信、橋本英樹監訳/日本評論社
「日本と韓国では管理職・専門職男性の死亡率が高い 日本・韓国・欧州8カ国を対象とした国際共同研究で明らかに」田中宏和他、東京大学プレスリリース
『週刊プレイボーイ』2025年6月16日発売号 禁・無断転載