人手不足が日本を合理的な社会にしていく 週刊プレイボーイ連載(540)

アイスランド・レイキャビクの空港でレンタカーを借りようとしたら、カウンターでキーといっしょに車のイラストが描かれた紙を渡されました。戸惑いながら駐車場に行ってみると、レンタカー会社のスタッフは誰もおらず、利用者が書類を片手に車体を真剣にチェックしています。返却の際に傷があると賠償が発生することがありますが、そのときなって「これは最初からついていた」といっても手遅れなので、あらかじめ自己申告することになっているのです。

ホテルに着くと駐車場が満車で、フロントの女性にどうすればいいか訊くと、午後6時から午前10時までは路上駐車が許可されているから、そのあたりに適当に駐めておくよういわれました。10時過ぎたらどうなるのかと訊くと、ちょっと肩をすくめて、「レッカー移動される前に自分で動かしてね」との答えが返ってきました。

「そんなの当たり前だよ」ホテル近くのバーで知り合った男性にその話をしたら、一笑にふされました。

「アイスランドの人口はたった32万人しかいないんだ。そんな国に、夏になると国の人口を超える観光客がやってくる。手厚いサービスなんてできるわけないから、あらゆることが最小限で動くようになってるんだよ」

たしかに、レストランは学校や会社の食堂のようなセルフサービス方式で、ウエイターがサーブするのはごく限られた高級店だけです。大露天風呂ブルーラグーンは一大観光地ですが、入場時にICチップが埋め込まれたロッカーキーを渡され、施設内の支払いを電子データとして記録し、出口でまとめて精算するようになっていました。

アイスランドはヨーロッパの辺境で、漁業以外にさしたる産業がありませんでしたが、21世紀になって急速に「金融化」します。高金利のポンド預金やユーロ預金でヨーロッパ中から集めたお金でグローバル市場に投資する「ヘッジファンド国家」になったあげく、世界金融危機で国家破産寸前まで追い詰められました。

しかしこの危機を数年で乗り切ると、こんどは「リベラル化」が進みます。もともとマッチョな男社会であるにもかかわらず、2009年にはヨハンナ・シグルザルドッティルが、レズビアンであることをカミングアウトした世界初の首相になりました。

金融化とリベラル化に共通するのは、「自由と自己責任」というネオリベ(新自由主義)的な精神です。少ない人口で社会を回さなければならない以上、性別や性的指向などにかかわらず、政治家は結果さえ残してくれればいいのです。

アイスランドの徹底した合理主義の背景には、「人手が足りない」という外的要因がありました。それに対して1億の人口を擁する日本は、ずっと「人手はいくらでもある」を前提にやってきました。そのような社会では、マイナンバーのような合理的な制度は仕事を奪う元凶として嫌われることになるでしょう。

それが少子高齢化によって、日本でも「人手が足りない」という危機感が高まってきました。こうして、世界から周回遅れでも、少しずつ不愉快な合理性を受け入れるようになっていくのではないでしょうか。

『週刊プレイボーイ』2022年11月7日発売号 禁・無断転載