ブードゥー経済学は永遠に不滅 週刊プレイボーイ連載(356)


トランプ政権が「貿易赤字は不公正だ」として世界各国との関税交渉に突き進んでいます。安倍首相とのトップ会談でもトランプ大統領は剛腕をふるい、日本は自動車への関税引き上げを避けるために農業分野での大幅な譲歩を余儀なくされました。

一連の経緯を振り返って不思議なのは、ついこのあいだまで「TPP(環太平洋パートナーシップ)協定はアメリカの陰謀だ」と大騒ぎしていたひとたちが右にも左にもものすごくたくさんいたことです。ところがトランプ大統領は、「TPPはアメリカにとってなにひとついいことない」として、さっさと交渉からの離脱を決めてしまいました。

TPPに大反対していたひとたちは、グローバリズムが諸悪の根源で、一部の超富裕層や多国籍企業だけが儲かる自由貿易を制限すれば、日本も世界もずっとよくなると主張していました。そしていま、トランプ大統領の登場によって、彼らが夢見た保護貿易の理想世界が実現したのですから、提灯行列でもやって祝うのかと思ったら、なぜかみんな沈黙しています。

中学生でも気づく単純な疑問ですが、なぜアメリカの陰謀だったものが、アメリカにとってなにひとついいことがないのでしょうか。TPPを推進すべきだと唱えるひとたちに「グローバリスト」のレッテルを貼ってあれだけ罵倒したのですから、批判派の「知識人」はこの問いに答える大きな説明責任を負っています。

国際経済学の授業では、「“貿易黒字は儲けで貿易赤字は損”というのはブードゥー(呪術)経済学だ」と真っ先に教えられます。

グローバル市場はひとつの経済圏ですが、便宜上、国ごとに収支を集計します。これは、日本市場を詳しく分析するのに県ごとの収支を計算するのと同じことです。県内のパン屋が県外の顧客に商品を売ると「貿易黒字」に加算されます。このパン屋が県外から小麦粉を仕入れると「貿易赤字」になります。しかしこれはたんなる会計上の約束ごとで、パン屋の儲けにも、ましてや県のゆたかさにもなんの関係もありません。

江戸時代には藩ごとに関税が課せられていましたが、明治政府が撤廃したことで日本経済は大きく飛躍しました。保護貿易が常に利益をもたらすなら、いまから江戸時代に戻せばいいということになります。自由貿易を否定するのは、これとまったく同じ主張です。

近代国家は神聖不可侵な「主権」をもっており、世界政府が存在しない以上、明治維新の日本のように一気にすべての関税を撤廃することはできません。しかしアダム・スミス以来、モノやサービスを自由に流通させれば、ひとびとのゆたかさが全体として大きくなるという経済学の主張は事実によって繰り返し証明されてきました。中国やインドは1980年代までは世界の最貧国だったのです。

TPPのような包括協定がなければ、ちからの強い国が自分に有利なルールを押しつけるに決まっています。いま起きているのがまさにそれで、TPPからの離脱は「日本にとってなにひとついいことがなかった」のです。

ではなぜ、TPPに反対する「知識人」があんなにたくさんいたのか? それは、ヒトの脳がもともと呪術思考しかできないようにできているからでしょう。だからこそ、ブードゥー経済学は永遠に不滅なのです。

『週刊プレイボーイ』2018年10月15日発売号 禁・無断転載

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8件のコメント

  1. 国内でも海外でも、わざわざ旅行をするのは、

    「そこにしかないものを求めて」

    でしたが、アマゾンの代表されるインターネット通販や

    コンビニやファミレス、あるいは各種チェーン店の全国展開

    によって、わざわざ現地に行く必要はなくなりました。

    昔、私も名古屋に行ったときは
    コメダ珈琲に入ってシロノワールをいただいたり、
    ハワイに行ったときは
    エッグスンシングスに入ったりしましたが、

    今日びどちらも近くに店があるので、
    現地に出向く意味は薄れましたな。

    何が言いたいかというと、
    現地のローカル性をどんどんつぶしてしまう

    グローバリズムって果たして正しいのでしょうか???

    タイやマレーシアに行ってもイオンモールやセブンイレブン
    ファミマをみかける現在、

    世界全体が「マイルドヤンキー経済」になってしまいますよ。

  2. 中国の発展はグローバリズムの中で自国有利の保護主義をしてたからですよ。
    だからこそ今回の米中貿易戦争になってるんです。

    真のグローバリズムの中にいたら技術資本を蓄積した先行企業に勝てるわけがありません。
    保護主義で下駄を履くことによって先行企業に勝てるのです。

    中国はアマゾンもグーグルも力を持てなく代わりにアリババやバイドゥが発展して巨大な企業になりました。
    もし公正なグローバリズム競争をしてたらこんな事にはなりません。

  3. そもそもTPP(環太平洋パートナーシップ)協定は、

    「反中包囲網」

    として企画立案されてきたわけですが、

    トランプ政権になり、アメリカがモンロー主義回帰して

    「いちやーめた」だけの話。

    アメリカの立場からすれば、国内だけでも完結する産業も多いわけで、
    未だにアメリカ国内では「ヤードポンド法」を使っていることから
    分かるように、国際基準に合わせる必要がないのです。

  4. 加害者家族等へのヘイト本である『言ってはいけない』が廃刊にならないのは、橘氏が下手に言い訳や反論をしないからだろうか。

  5. >加害者家族等へのヘイト本である『言ってはいけない』が廃刊にならないのは、橘氏が下手に言い訳や反論をしないからだろうか。

    食品業界や三栄源エフ・エフ・アイといった添加物会社へのヘイト本である『買ってはいけない』が廃刊にならないのと同じですよ。

    ようするに、「ヘイト本にも3分の理」というわけです。

    かつて、サプライサイド経済学は「ブードゥー経済学」と揶揄されていましたが、
    ttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%97%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%89%E7%B5%8C%E6%B8%88%E5%AD%A6

    ブードゥー経済学にも3分の理があるのです。

    4k放送がまだ始まってないのになぜか4kテレビが売れたり、

    お荷物だった地方空港にどんどんLCCが就航することによって、
    新たな航空需要が掘り起こされてきていますよね。

    ケインズを乗り越える「ブードゥー経済学」があるかもしれませんよ。

  6. 県と国との関係を、そのまま国と世界との関係に当てはめる。
    頭おかしい。

  7. 貿易黒字は儲けではない。
    >頭おかしい。
    理屈では貿易黒字は儲けではないといえるパターンもありますが、現実世界をみると、貿易黒字は儲け。トヨタの利益をみるとわかります。トヨタの利益は儲けではないというのでしょうか?
    なぜこうなるのでしょうか。簡単に答を書くと面白くないので今は書きません。自分勝手に答だと思いこんでいるだけかもしれませんが。

  8. >理屈では貿易黒字は儲けではないといえるパターンもありますが、現実世界をみると、貿易黒字は儲け。トヨタの利益をみるとわかります。トヨタの利益は儲けではないというのでしょうか?

    もしあなたが「ビットコイン」の発行者で、

    ビットコインに「通貨としての価値」を
    つけることができるならば、
    (あるいは、人々に「共同幻想」としての価値を思い込ませることができるならば)

    ビットコインでトヨタ車を買うことができますね。
    それでトヨタはビットコインを受けとるだけですね。

    果たして「ビットコイン」って

    価値の根拠ってなんでしょうか?
    「葉っぱのお札」とどこがちがうのでしょうか?
    っていうことですよ。

    国家はこれと同じことができるのです。

    これを
    「通貨発行権」といいます。

    もちろん「ドル」という「通貨」を強制的に流通させることができる根拠が、

    「米軍という軍事力」
    なのです。

    さらに言えば、
    「日本円」が流通できる根拠が、

    「米軍という軍事力」に
    日本国が「コバンザメ」しているからですね。

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