人生をリセットするボタンがあれば… 週刊プレイボーイ連載(313)


どんなロールプレイングゲームにもリセットボタンがついているのに、いちばん面倒なゲームである「人生」にリセットボタンがないのは理不尽だ。いまから四半世紀も前にこんな主張をした本が、10代や20代の若者たちの圧倒的な支持を受けてミリオンセラーになりました。服薬から首吊り、投身、自刃、焼身、餓死までさまざまな自殺の方法を紹介した『完全自殺マニュアル』は一部で有害図書に指定されるなど物議をかもしましたが、この本で若者の自殺が急増するような事態は起きませんでした。読者は自殺に興味はあっても、実際に死のうとは思わなかったのです。

いまもむかしも、自我が不安定な若者が「死」という未知の体験に引きつけられるのは同じです。といっても、若者の自殺率がもっとも高かったのは日本が戦争へと突入していく1940年前後で、近年の特徴は40代、50代男性の自殺が増えていることです。これは、自殺が経済的要因に強く影響されることを示しています。男は打たれ弱いので、バブル崩壊後のリストラで失業率が上昇するとそれに応じて自殺者が増えていきます。人手不足で失業率が下がるにつれて自殺者が減ったのも同じ理由でしょう。それに対して女性の自殺率は、経済要因にほとんど影響されません。

座間で起きた猟奇殺人の被害者の多くは、追い詰められていたというよりも、死についてのロマンチックな願望を共有する相手を探していたのでしょう。とはいえ、ふつうは身近にそのような都合のいい人物がいることはなく、ラノベやアニメ、マンガなどが代替してきました。

ところがSNSは、こうしたヴァーチャルな体験をリアルな出会いに変えることができます。そしてサイコパスは、このネットワークツールを利用することで、“ダークな”ロマンスに憧れる若い女性をきわめて効率的に誘惑することができたのです。

産業革命に始まるさまざまなイノベーションは人類の生活水準を大きく改善してきましたが、新しいテクノロジーが登場すればかならずそれを悪用する人間が出てきます。人種や宗教、国籍にかかわりなくひとびとをつなげ、よりよい世界をつくるというフェイスブックの高邁な理想が、フェイクニュースの温床となって極右の台頭やトランプ大統領を生み出したのもそのひとつです。

現代の進化論によれば、ヒトの脳にプレインストールされているOS(基本プログラム)は旧石器時代とほとんど変わりません。私たちが求める幸福や愛情は、原始人と同じなのです。それにもかかわらず、科学技術の進歩によって環境だけが急速に変わっていきます。これでは多くのひとが適応不全におちいるのも当然です。

AI(人工知能)の実用化が現実味を帯びてきたことで、環境の変化は今後さらにはげしくなっていくでしょう。サイコパスは社会のなかにつねに一定数存在するのですから、今回のような猟奇事件がいつまた起きても不思議はありません。

もっとも、「人生をリセットするボタン」が発明されれば別かもしれませんが。

『週刊プレイボーイ』2017年11月27日発売号 禁・無断転載

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9件のコメント

  1. 多くの人は、たぶんだけど、目の前のものに現実感を持ち過ぎなんじゃないかな。

    人生(世界)なんて、布団に入って気がついたら何故か始まっていて、
    ジタバタしているうちに不図終わる夢と本質的に違いが無いとも言えるよ。

    もう少しだけ、自我から離れて、客観的に世界(人生)を眺めるようにしたほうがいいと思うなー。

    夢を見ている時にそれが夢であるかを確かめるすべはないから、難しいとこだけどね。
    ジツゾンハホンシツニサキダツから、かな?

  2. >もう少しだけ、自我から離れて、客観的に世界(人生)を眺めるようにしたほうがいいと思うなー。

    >夢を見ている時にそれが夢であるかを確かめるすべはないから、難しいとこだけどね。
    >ジツゾンハホンシツニサキダツから、かな?

    人間が自分の頭の中から出られない存在である以上、

    ハイデガーやサルトルのいうところの、
    「企投する」ことが、

    自分を「投棄する」ことに
    なっているだけの話。

    人間も家畜もなんでも、

    死んでしまえば焼いて処分するだけの話ですよ。
    これは火葬場で死体を焼くバイトでも体験すれば一発でわかります。

  3. クローン技術が進化して、自分の空白コピーができるようになり、
    そのクローンに自分の意識をコピーできるとすれば、

    人生のリセットボタンは、ある意味実現可能になるといえます。

    人生のリセットを押せば、ドラクエよろしく、
    もういちど経験値稼ぎとアイテム探しをしないといけませんが。

    ところで、自分の意識がクローンに完全にコピーできたとして、
    本当の「自分」って、いったいどこにいるのでしょうか?

    P.K.ディックを読めばこの感覚が味わえますよ。
    https://ja.wikipedia.org/wiki/フィリップ・K・ディック

  4. 「自分の意識をコピー」とは一体何を意味するのだろうね。それが明確でない限り、意識のコピーは原理的に不可能だなぁ。

    一方で、「記憶のコピー」はその意味、定義がはっきりしているので、記憶を持たせたクローンを作ることは原理的に可能といえる。人間の記憶は一種の電気回路ということが分かっているから、技術的可能性もあるだろうね。好みの経験(アイテムは再度得るしかないかもね)を保持したクローンで、人生のいい感じのリセットが「ある意味では」可能ということになるんだなー。

  5. >「自分の意識をコピー」とは一体何を意味するのだろうね。それが明確でない限り、意識のコピーは原理的に不可能だなぁ。

    わかりやすい例でいうと、
    「トータル・リコール」1990年版
    http://d.hatena.ne.jp/type-r/20150508
    ですよ。
    一言で言えば「火星に行け」という妄想に憑りつかれたドカタの冒険活劇で、

    マツコ・デラックスに変身して火星に行こうとしたり、
    無賃乗車されたロボットタクシーが「またのご利用を」といいながら自爆したり、
    おっぱいが3つあるフリークが出てきたりして

    面白要素満載の娯楽映画ですが、

    REKALL社によっていろいろ自分の意識が書き換えられることが
    この映画のキモになっています。

    この映画の原作もP.K.ディック(追憶売ります)ですよ。

    個人的には、ブレードランナーよりもトータルリコールの方が
    P.K.ディックの世界観に合致していると思いますけど。

  6. 男性の自殺が経済的要因に大きく左右されるのは、男性が打たれ弱いからではなく、長らく男性が家計を一人で支えてきたからだと思います。
    (獲物を獲得できないオス=お金を稼げない男に価値は無い、とされているのは、今も同じですよね?)
    自分がリストラされれば、一家が路頭に迷う。
    そのプレッシャーは相当なものだったでしょう。
    だからこそ、どんなに辛くても会社を辞めることが出来ず、最終的には過労死したり、過労自殺したりしてしまったものと思われます。
    一方、女性は長らく男性によって「養われる側」だったので、経済的困窮は「自分の責任ではない」為、自分を責める事はなく、自殺する事も無かったものと推察されます。
    後、過労死も過労自殺もずいぶん前からあったのに、さほど問題になってきませんでした。
    なぜなら、過労死したり、過労自殺するのが、主に「おっさん」だったから、同情されなかったからだと思います。特に女性から。
    しかし、近年、女性の社会進出に伴って、女性の過労死がちらほら出始めた途端に、大騒ぎになりました。
    おそらく、女性は同性にしか共感したり同情したりしないからだと思います。
    女性はいつでも、私、私、私・・・である、と考えてしまうのは、私が女性蔑視主義者だからでしょうか?

  7. リセットボタンの前に、子供を産まないのが最善だと思います。人間の資質・能力等が親からの遺伝に大きく影響を受けるのであれば、いくら努力しても無駄です。世の中を見ていれば、大抵の人間は大したことのない連中ばかりですから、そんなのから生まれてきた子供であれば、いくらリセットボタンを押そうが、能力値の低い人間であることに変わりはありません。そもそもの問題は、親が自分の資質・能力等を見極めもせず、子供を産むことにあると思います。自分を見ていれば、自分の子供がだいたいどの程度になるかぐらい予想できるでしょうに。鳶が鷹を産むことは、まずありません。あったとしても、そんな極めて勝率の低い人生というギャンブルに、かわいい我が子をわざわざ参加させる必要があるとも思いませんけどね。子供を産む親は自分は満足かもしれませんが、子供が迷惑するということを知っておくべきだと思います。

  8. >リセットボタンの前に、子供を産まないのが最善だと思います。人間の資質・能力等が親からの遺伝に大きく影響を受けるのであれば、いくら努力しても無駄です。世の中を見ていれば、大抵の人間は大したことのない連中ばかりですから、そんなのから生まれてきた子供であれば、いくらリセットボタンを押そうが、能力値の低い人間であることに変わりはありません。

    芥川龍之介のような天才的文豪でも自殺するのです。
    というより、
    「天才」だからこそ自殺したわけで、

    「凡才」ならば、むしろ生をむさぼるべきなのです。

    芥川龍之介を考えるに重要な作品として、
    「河童」
    があります。
    青空文庫でも読めますので、ぜひご一読を。
    http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/card69.html

  9. >ところがSNSは、こうしたヴァーチャルな体験をリアルな出会いに変えることができます。そしてサイコパスは、このネットワークツールを利用することで、“ダークな”ロマンスに憧れる若い女性をきわめて効率的に誘惑することができたのです。

    “ダークな”ロマンスに憧れる若い女性をきわめて効率的に誘惑した人物の象徴が

    「太宰治」

    でしょ。その太宰が強烈に信奉した人物が

    「芥川竜之介」

    なのです。

    【文豪の片思い】太宰治が芥川龍之介のことを好きすぎてヤバい! – NAVER まとめ https://matome.naver.jp/odai/2136818503356230801

    ちゃんとつながってきたでしょ。

    歴史を学ぶ理由は、未来のためであるのと同様に、

    文学を学ぶのも、そもそも「人間」がどうしようもないものをかかえているからですよ。

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