国民が国家を搾取している 週刊プレイボーイ連載(36)

欧州共通通貨ユーロが崩壊の危機にあります。EU(欧州連合)の混乱から、私たちはどのような教訓を学ぶべきなのでしょうか。

これまで多くの論者が、「“市場原理主義”が共同体を壊すのだから、国家は市場の暴走を止めるべきだ」と主張してきました。しかしユーロ危機では、明らかに「国家が市場を壊した」のであり、財政を統合しないまま通貨だけを共通にする制度設計の失敗をなんとかしなければ危機は解決しません。

問題は市場ではなく、国家にあるのです。

もうひとつは、国家と国民(市民)の関係です。

私たちは、国家権力が市民を抑圧し、自由や平等を求めてひとびとが立ち上がるという物語をずっと聞かされつづけてきました。「アラブの春」はこの典型で、独裁政権を終わらせるためにひとびとは投獄覚悟でデモを行ない、あるいは武器をとって政府軍とたたかいました。

ユーロ危機の渦中にあるギリシアでも、大規模なデモやストライキがつづいています。しかしその光景は、私たちがよく知る自由やデモクラシーのための抗議行動とはずいぶんちがいます。

ギリシアを取材した毎日新聞記者の藤原章生氏は、労働省のエリート幹部から次のような話を聞きました。

ギリシアでは新しい政権ができると、官僚の顧問や局長職が総入れ替えになって、閣僚や政治家たちが身内や友人、支援者などを好きなように新しいポストにつけます。彼らは「臨時雇用」としてやってきますが、いつのまにか「正規雇用」になって、政権が交代しても解雇されることがありません。

それでは、前から同じポストにいたひとはどうなるのでしょう? ここで労働省幹部は、驚くべき秘密を打ち明けます。

「(彼らは)別のポストに行くか、ひどい場合、同じ局長のポストに2人がいるなんてこともある。当然2人分の仕事はないから、前の人たちは職場に来なくなり、給与だけもらい続ける幽霊公務員となる。私たち労働省の中でも全体の職員が何人いるのか、どういう構成なのかよくわかっていない」

こうして選挙のたびに公務員が増えていき、その結果、ギリシアの公務員数は巷間いわれている110万人(労働者の4人に1人)よりもはるかに多いのではないかと藤原氏は推計します。この国では一種のベーシックインカムが実現していて、家族の誰かが公務員(もしくは幽霊公務員)として国からいくばくかの給与をもらい、生活費をまかなっているのです。――そう考えれば、緊縮財政が国民的な規模のデモやストライキを引き起こした理由もよくわかるでしょう。

欧米や日本のような民主政国家では、もはや国家は国民を弾圧したりしません。成功するかどうかは別にして、国家は国民を「幸福」にするために存在するのです。

こうして、国家が国民を犠牲にするのではなく、国民が国家を搾取するようになりました。しかしこれは、けっして他人事ではありません。

ギリシアは福祉国家のカリカチュアで、私たちは鏡に映った自分の姿を見ているのかもしれないのです。

参考文献:藤原章生『ギリシア危機の真実』

 『週刊プレイボーイ』2012年1月30日発売号
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