言ってはいけない真実が示す、親と子の幸福なあり方


ジュディス・リッチ・ハリス『子育ての大誤解〔新版〕』のために書いた「解説」を、出版社の許可を得て掲載します。

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『子育ての大誤解』は掛け値なしに、これまででわたしがもっとも大きな影響を受けた本のひとつだ。なぜなら長年の疑問を、快刀乱麻を断つように解き明かしてくれたのだから。

いまでいう「デキ婚」で24歳のときに長男が生まれたのだが、その子が中学に入るくらいからずっと不思議に思っていたことがあった。親のいうことをきかないのだ、ぜんぜん。

13~14歳のガキと30代後半の大人では、経験も知識の量も圧倒的にちがう。どちらが正しいかは一目瞭然なのに、それを理解できないなんてバカなんじゃないのか、と思った。

しかしよく考えてみると、自分も親のいうことをまったくきかなかった。だとすればこれは因果応報なのだとあきらめたのだが、それでも謎は残った。楽に進める道と、ヒドい目にあうことがわかっている道があって、親が懇切丁寧に楽な道を教えてやっているのに、なぜわざわざ失敗する道を選ぼうとするのか。

これはおそらく、世のすべての親にとって切実な疑問だろうが、ジュディス・リッチ・ハリスは、これ以上ないくらい明解なこたえを示す。それは子どもが、親のいうことをきくように「設計」されていないからだ。

長いあいだ万物を創造したのは神だとされてきたが、ダーウィンが現われて神のほんとうの名前を告げた。それは「進化」だ。わたしたちはみな、生命誕生以来の40億年の長い歴史のなかで、より多くの子孫を残すよう設計された生き物の末裔なのだ。

*

親から子へと、外見だけでなく性格や能力も遺伝することはむかしから誰もが気づいていた。これが「氏が半分、育ちが半分」だが、「育ち」とはいうまでもなく子育てのことだ。

遺伝は変えられないとしても、家庭環境によって子どもの人生によい影響を与えることができる。そう信じたからこそ、親たちはみんな頑張ってきた。

ハリスもまた、一人の実子と一人の養子を懸命に子育てした。そして、わたしと同じ疑問を抱いた。なぜこの子たちは、親のいうことをきかないのだろう。

だがハリスがわたしとちがうのは、ハーバードで心理学を学び、研究者への道を絶たれたあとも、在野の学者として「氏と育ち」について考えつづけたことだ。

彼女は、それまで誰も気づかなかった疑問を抱いた。

アメリカのような移民国家では、非英語圏からやってきたばかりの子どもたちはすぐに流暢に英語を話すようになる。

「学校で英語を学ぶのだから当たり前だ」と思うかもしれないが、就学前の子どもの方が言葉の習得はずっと早い。その結果、家の内外で言語を使い分けたり、親が母語で話しかけても英語でこたえるようになるのがふつうだ。

子育てが子どもの人生に決定的な影響を与えるとしたら、子どもはなぜ、親が満足に話せない言葉を先に覚えるのだろうか。その理由はひとつしかない、とハリスはいう。子どもには、親とのコミュニケーションよりはるかに大切なものがあるのだ。それが「友だち関係」だ。

このことを本書でハリスは膨大な証拠を挙げて論じていくが、そのロジックはきわめて説得力がある。

人類がその大半を過ごした旧石器時代は乳幼児の死亡率がきわめて高く、1人の子どもにすべての子育て資源を投入するわけにはいかなかった。できるだけ多く子どもを産み、1人でも2人でも無事に成人するのを期待するほかなかったのだ。

母親は新しく生まれた赤ちゃんに手がかかるから、離乳した子どもを以前と同じように世話することはできない。とはいえ、2歳や3歳の子どもが自分一人で生きていけるはずもない。旧石器時代のひとびとは部族(拡大家族)の集落で暮らしており、幼児の面倒をみられるのは兄姉か、年上のいとこたちしかいない。

女の子が人形遊びを好むのは世界のどこでも同じだ。これはフェミニズムの文脈で、男性中心主義的な文化の強制によるものと説明されてきたが、ハリスは、人形は赤ちゃんの代替で、女の子は幼い弟妹の世話を楽しいと感じるように進化の過程でプログラムされているのだと考えた(男の子も、人形遊びはしないが、弟や妹をかわいがるのは同じだ)。

一方、幼い子どもは親以外の大人を怖がるものの、年上の子どもにはすぐになつく。彼らが親に代わって自分の世話をしてくれる(そういうプログラムを持っている)ことを知っているのだ。

旧石器時代には、授乳期を終えた子どもは集落の一角で、兄姉やいとこたちといっしょに長い時間を過ごしていたはずだ。こうした状況を現代の移民の子どもたちに置き換えてみれば、なぜ彼らが真っ先に英語を覚えるのかがわかる。

両親は、母語を話そうが話すまいが、食事や寝る場所など最低限の生活環境を提供してくれる。子どもにとって死活的に重要なのは、親との会話ではなく、(自分の面倒を見てくれるはずの)年上の子どもたちとのコミュニケーションだ。

ほとんどの場合、両親の言葉と子どもたちの言葉は同一だから問題は起きないが、移民のような特殊な環境では家庭の内と外で言語が異なるという事態が生じる。そのとき移民の子どもは、なんの躊躇もなく、生き延びるために、親の言葉を捨てて子ども集団の言葉を選択するのだ。

*

「子育て神話」に挑戦するハリスの武器は、行動遺伝学と進化心理学だ。

行動遺伝学は、一卵性双生児と二卵性双生児を比較して遺伝と環境の影響を統計的に計測する方法を確立した。これによって身長・体重から知能、性格、肉体的・精神的疾患に至るまで、それぞれの遺伝率を正確に推計できるようになった。

進化論と心理学を統合した進化心理学は、直立歩行のような身体的な特徴だけでなく、泣いたり笑ったり怒ったりという感情、すなわちこころも進化の産物だということを明らかにした。脳画像の撮影技術が急速に進歩したことでこの仮説は脳科学のレベルで検証され、心理学は自然科学に吸収されていった。

行動遺伝学がもたらした衝撃は、人生のあらゆる側面で遺伝の影響が(一般に思われているよりもずっと強く)現われる、ということだけではなかった。

一卵性双生児は、受精したひとつの卵子が途中でふたつに分かれたのだから、二人はまったく同一の遺伝子を持っている。それに対して二卵性双生児はふたつの卵子が別々に受精し、遺伝的にはふつうの兄弟姉妹と変わらない。

双生児はこの世に同時に生を受け、通常は同じ家庭環境で育つ。だが一卵性双生児のなかには、一方(もしくは両方)が里子に出されて別々の家庭で育ったケースがある。こうした双子は、遺伝的にはまったく同じで家庭環境だけが異なるのだから、同じ家庭で育った一卵性双生児や二卵性双生児と比較することで、性格や能力の形成における家庭の影響を取り出すことができる。

その結果は、まった予想外のものだった。まず、いっしょに育てられようが、別々の家庭で育とうが、一卵性双生児は同じようによく似ていた。そればかりか、同じ家庭で育った二卵性双生児よりも、別々の家庭で育った一卵性双生児のほうがずっとよく似ていたのだ。

行動遺伝学者も心理学者も、なぜ性格や能力のほとんどで共有環境(家庭)の影響が見られず、(家庭以外の)非共有環境の影響がはるかに大きいのか、その謎を解くことができなかった。そこに大学の博士課程への進学に失敗したハリスが、アカデミズムの外側から、「子どもは友だち関係のなかで人格を形成していく」という思いがけない仮説を提示したのだ。

非共有環境は子ども集団のことだというハリスの「集団社会化論」は今後、さまざまな側面から検証され、人間という不可思議な動物を理解するうえで、その卓見はますます重要性を高めていくにちがいない。

*

本書でハリスは私的なことにほとんど触れていないが、続篇にあたる“No Two Alike(同じひとは二人いない)”では、30年にわたって全身性硬化症と(膠原病の一種である)狼瘡(ろうそう/エリテマトーデス)を患っていることが明かされている。いずれも自己免疫疾患の難病で、心臓と肺に重い負荷がかかり、本書の刊行から4年後の2002年には多臓器不全と診断された。歩くだけでも息切れするため、近所の図書館とオフィス用品店より遠くに行くことはできず、1日の大半を自宅で過ごし、病院での検査のときは夫に車椅子を押してもらわなければならない。しかしそんな境遇にへこたれることなく、ハリスは自身をアームチェア・ディテクティブ(安楽椅子探偵)になぞらえ、インターネットとEメール、そして多くの友人や研究者(そのなかには進化心理学のスター、スティーヴン・ピンカーもいる)の応援を得て独自の研究を進めた。

ラレとラディンはイランの古都シラーズで結合双生児として育ったが、ラディンがテヘランでジャーナリストになりたいのに対し、ラレは田舎に残りたかった。そこで2人は危険を承知で分離手術を受けることを決断し、生命を落とすことになった。この印象的なエピソードから、遺伝子も生育環境もまったく同じ結合双生児がなぜ異なる個性をもつようになるかの謎に挑むのが“No Two Alike”だ。それと同時にハリスは、本書へのさまざまな批判に対してもこの第二作でこたえている。

本書との関連でつけ加えるなら、多くの誤解を生んだように、ハリスは「子育てには意味がない」と主張したわけではない。幼少期に愛情をもって世話をしなければ、健全な成長がさまたげられるのは当然だ。

しかしその一方で、先進国の一般家庭の子育て環境が、人類の歴史のなかではきわめて特殊な、とてつもなく恵まれたものであることは間違いない。子育てに意味がないように見えるのは、子育て環境が一定の水準を超えると、それ以上の改善があまり効果を生まなくなるからだろう。

またハリスは、置かれた環境によって子どもがパーソナリティを変えることも指摘している。家庭では甘やかされた小皇帝のように振る舞っても、同じ態度を学校に持ち込めばいじめの格好の標的になる。子どもは無意識のうちに、子ども集団のなかでの地位に合わせて“ちがう自分”を演じるのだ。――子育て経験者ならこの指摘にもうなずくだろう。

*

拙著『言ってはいけない』(新潮新書)でもっとも反響があったのは、ハリスの集団社会化論を紹介し、「親の努力はほとんど無駄になる」と述べた部分だ。

世間では、子育てを経験したひとも含め、親の育て方が子どもの人生を決めると強く信じられている。そしてこれが、子育て中の親(とりわけ母親)にとって強い心理的負担となっている。子どもが社会や学校に適応できなければ、それはすべて親の責任なのだ。

だが現実には、どれほど頑張ってもなんの成果もないことも多い。なぜなら子どもは、友だち関係を優先して親のいうことをきかないように「進化論的にプログラムされている」のだから。

このように考えると、わたしの不愉快きわまりない本を読んだ多くの父親と母親が「ほっとした」「救われた」との感想を述べた理由がわかる。彼ら/彼女たちは日々の子育ての苦労のなかでその事実に気づいていたが、誰にもいうことができず、周囲からの理不尽な暗黙の批判にずっと耐えてきたのだ。

書店には幼児教育の本があふれ、「AI(人工知能)に仕事を奪われないような知識や技術を身につけさせよ」と説く。それは間違ってはいないとしても、知識社会化の進展によって親の負担と不安はますます大きくなっている。本書の親本は2000年の刊行だが、それから一七年を経て、アメリカはもちろん日本でも子育てはさらに難しくなっている。そうした状況を考えれば、本書をあらためて世に出す意義はきわめて大きい。

子どもは遺伝的なちがいを活かし、自ら選び取った友だち関係のなかで「キャラ」をつくり、自分の道を歩き出す。その過程に親が関与することはできないから、子育てには成功も失敗もない。

この文庫版がより多くの読者を得ることで、(かつてのわたしのような)子育てに悩む親が、重い肩の荷を降ろすことができるようになるにちがいない。

『子育ての大誤解〔新版〕』(早川書房) 禁・無断転載

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言ってはいけない真実が示す、親と子の幸福なあり方 への18件のフィードバック

  • 尖沙咀 のコメント:

    >いまでいう「デキ婚」で24歳のときに長男が生まれたのだが、その子が中学に入るくらいからずっと不思議に思っていたことがあった。親のいうことをきかないのだ、ぜんぜん。

    >13~14歳のガキと30代後半の大人では、経験も知識の量も圧倒的にちがう。どちらが正しいかは一目瞭然なのに、それを理解できないなんてバカなんじゃないのか、と思った。

    いわゆる
    「中二病」
    ですよ。

    自我が芽生えてくると、
    保護者や教師といった
    大人に対する

    「心理的リアクタンス」

    が生じてくるだけの話。

  • トム のコメント:

    この尖沙咀ってのは真性の中二病だな。

  • 尖沙咀 のコメント:

    >この尖沙咀ってのは真性の中二病だな。

    その診断は多分当たっていると思いますが、
    もうすでに社会一般に知れ渡っている
    「中二病」
    の各種症状について、

    如何にもその原因が分かったかのように
    子育ての大誤解〔新版〕とか言う本を
    紹介するのはいかがなものか???

    というこです。
    **********************************************
    中二病の具体例と分析

    「ヲタク文化研究会」著『オタク用語の基礎知識』の当該項目では、典型的な「症例」として以下6点が紹介されている。

    洋楽を聴き始める。
    旨くもないコーヒーを飲み始める。
    売れたバンドを「売れる前から知っている」とムキになる。
    やればできると思っている。
    母親に対して激昂して「プライバシーを尊重してくれ」などと言い出す。
    社会の勉強をある程度して、歴史に詳しくなると「アメリカって汚いよな」と急に言い出す。

    荻上チキは、中二病の「症例」の多くが学校空間内で確認されていることを指摘している。そして、しばしば中二病として嘲笑の対象となるのは本人が自己設定した(外部から見れば片腹痛いような)奇異なキャラクターを周囲に押し付けるような振る舞いであり、これは学校空間が「キャラをめぐる病」を引き起こしやすい環境であることを示唆していると述べている。

    千野帽子は小説『ドン・キホーテ』を「主人公は色メガネを通して世界を認識している。人々は彼を言いくるめるためその妄想を否定せずに付き合ってやるが、そうしてますます彼は自分の妄想にのめり込む」という悪循環から、「50歳からの中二病」という副題を付けたいとしている。

    アニメーター河野紀子によると「承認欲求」と「自己同一性」という2つの心理から生まれるとされる。

  • ozn のコメント:

    子育ての大誤解は絶版だったんでわざわざプレミアム価格で入手してたのにな~

    それはともかく、いわゆる「中二病」と集団社会化論はちょっと違いますよ。
    というか、中二病は集団社会化の中期以降で
    獲得しつつあるキャラクターと集団社会でのポジションにギャップが生まれる現象。
    人によってはキャラクターを優先して集団社会と断絶するところまで行くわけですから、
    見ようによっては集団社会化の失敗例であって「典型例とは逆」とさえ言えるのではないでしょうか。

    集団社会化論においては、中二(思春期)よりもずっと以前から、
    子供が本能的に親の言い分を軽視していく様が論じられています。
    これらは日本社会に展開するのであれば
    「親に隠れて悪さをするのはクール」とか
    「いじめを親や先生に言いつけることの禁忌」といったもので、
    中二病よりもずっと初期に発生し、
    そして遥かに影響が大きな集団社会化現象と言えるでしょう。
    (中二病はこの先で、「群れて悪さをするガキよりほんとうはアブない孤高の俺」みたいな話)

    中二病という現象については社会に一般化していますが、
    「毒親のもとで育ったためにひどい中二病になった」
    ↑この文章に決定的な違和感を覚える人は少ないだろう、と推測できる程度に、
    中二病的な現象と集団社会化の関係は一般に認知されているとは言えません。
    子育ての大誤解に代替できるような集団社会化についての後続の研究があるなら是非ご紹介いただきたいところですが
    (子育ての大誤解はけっこうコッテリと重いタイプの本なんで)
    そうでないならやはり本書の再販には大きな意味がある、と思いますよ。

  • 尖沙咀 のコメント:

    遺伝と集団社会化の影響が大きくて、親の関与できる割合がほとんどない
    ことをことさらに言うことは、

    ネグレクト(育児放棄)や

    子どもを隔離してコミューンで育てること
    https://www.buzzfeed.com/jp/harunayamazaki/sayonara-cult-mura?utm_term=.qlJ4ym5Q3N#.fqZR03DQA1

    を肯定することになりませんか???

  • 尖沙咀 のコメント:

    >子どもは遺伝的なちがいを活かし、自ら選び取った友だち関係のなかで「キャラ」をつくり、自分の道を歩き出す。その過程に親が関与することはできないから、子育てには成功も失敗もない。

    こう言い切ってしまうと、以前にも言ったように、

    安全保障のためにこそ、子どもを私立中学に入れるべき!

    という御託宣は一体何だったのか???
    ということになりますね。

    ある子どもが、やや言語能力や数理的能力があったとして、
    無理をして超難関校に入ったら、

    周りは自分より言語能力や数理的能力の優れている人ばかり

    という状況となることは十分ありえます。

    こうなると、中高一貫難関校時代には

    「落ちこぼれ」

    というキャラを背負ってしまうリスクすらあるのです。

    「親」が子育てに関与すべき余地は少なからずあると考えます。

  • ozn のコメント:

    ネグレクトを含め、
    劣悪な環境に置くことは明確に否定してるはず

    隔離教育は肯定も否定もしてなかったと思う
    ユダヤ教徒やイギリスの富裕層はけっこう隔離教育に近いことをやっていて、そのへん研究対象にはしてた気がする
    ちょっと大誤解を読み返す暇はありませんが、隔離場所が劣悪かどうかで決まるんじゃないですか

    ってか尖沙咀さんは橘さんの著作もハリスも読んでますよね?
    そのへんの整合はちゃんと言及されてたでしょ?
    要は親は環境の選択に関与すると。
    そしてその環境がある程度の水準を満たしていたらそれ以上はあまり効果が無いよって話。
    だからとにかく愛情に欠けてるとか安全に問題があるとか、「劣悪な環境」はダメって説いてる。

    治安が悪くて安全に問題があるような学校が「劣悪な環境」であるのと同じく、周りが優秀すぎて劣等感しか得られないような学校も「劣悪な環境」なんです。
    バカで貧乏なのにムリヤリ私立のハイレベル校を目指そうとするのは止めさせたほうが良い、ってのは、荒れまくった公立を避けてマトモな私立に入れるべき、ってのと本質的には全く同じ話で、別に何の矛盾も無いですよ。

  • 尖沙咀 のコメント:

    前にも言ったように、

    「子育て」

    というのは、

    親が自分の成し得なかった

    「自己実現」

    であり、だからこそ、
    あれだけ入れ上げる人が跡を絶たないのであり、

    しばしば、

    「角を矯めて牛を殺す」

    ことになるだけの話です。

    分かりやすい例でいうと、
    「巨人の星」の
    「星一徹」
    がそうですね。

    川上哲治が「長嶋茂雄を超えていたはずの幻の史上最高の三塁手」と評したほどの名選手だった。太平洋戦争の折に徴兵を受け戦場へ赴く。戦場で利き肩を負傷し、以前の様な送球能力を失ってしまった。帰国当初は野球にやる気を失っていたが、妻・春江の励ましや戦場で交わした吉原正喜・嶋清一との約束を果たすために再起。巨人へ復帰後は送球の遅さを補うため、一塁へ走る打者走者の目の前を横切ってから急激に曲がって一塁手に渡る「魔送球」なる奇手を編み出す。が、球が当たらぬ事を読まれない為に時折走者にぶつけると発言、その考えを「巨人軍の伝統にふさわしくない」と川上哲治に否定される。また自らもその過ちに気付き、プロ野球界から去った。

    星一徹は、その子どもである飛雄馬への猛烈な野球の英才教育を行いますが、

    もしその子どもに才能がなければどうなったでしょうか???

    マンガでは、その体躯の小ささから、球質の軽さが致命的となり・・・・
    ですが、
    そもそも私のように、

    スポーツ全般の能力に欠陥があれば
    どんなに英才教育をしたところでハナから無意味なのです。

  • ozn のコメント:


    前回書いてた私立中学云々ってのと集団社会化論は整合的ってことで解決したんですね?
    なんだかよくわかりませんが、今回新に書き込まれた内容は単純に自説の開陳ってことですか?
    まあ、その内容も特に「大誤解」に反するものではないし(従ってこの場で議論するような点も無い)、異論もありませんが。

  • 尖沙咀 のコメント:

    >前回書いてた私立中学云々ってのと集団社会化論は整合的ってことで解決したんですね?

    都市部では、私立中学受験こそが人生を決めんとばかりに、
    親子共々凄まじく入れ上げる方が多いですね。

    かつて「平成教育委員会」というテレビ番組で、
    中学入試の難問に大人が四苦八苦するという
    ものがありましたが、

    なぜそこまで親子共々入れ上げるかというと、
    ハイレベルな集団に入ることが、その後の
    人生を決めるという、「共同幻想」が広く
    人々に共通に信じられていたからです。

    しかしながら、どのような集団も
    「フラクタル構造」があり、
    その中での階層があり、
    上位校の底辺より下位校の上位のほうが
    良い所に行けたりします。

    問題なのは、

    遺伝と集団社会化の影響が大きくて、親の関与できる割合がほとんどない
    ことをことさらに言うことが、

    かつてさまざまな赤化集団(クメール・ルージュとか)で行われていた

    子どもを隔離してコミューンで育てるべきということを
    http://www.silkybluecopain.com/mindcontrol2017-6-16/
    を是認することになりはしないか???

    ということです。

  • しま のコメント:

    >同じ家庭で育った二卵性双生児よりも、別々の家庭で育った
    >一卵性双生児のほうがずっとよく似ていたのだ。

    なんでこれが予想外なのだろう。これは単に遺伝の要素が大きいってだけでは。ここから家庭以外の社会の影響という話はでてこないと思うが。家庭以外の社会の影響が同じなら似ていたという話なら、家庭以外の社会の話につながるだろうが。話がおかしくない?

  • ozn のコメント:

    尖沙咀さん
    ごめんなさいだいぶ遅くなりました。
    で、結局、

    > 問題なのは、
    > 子どもを隔離してコミューンで育てるべきということを
    > を是認することになりはしないか???

    ってことなんですね?
    それについては大誤解は否定も肯定もしていないと思います(前に書いた通り)。
    隔離したコミューンが劣悪な環境でなければ問題無いって立場じゃないですかね。
    (ポルポトがやってたのは「劣悪な環境」と言って良いと思いますが、個人的には)

    尖沙咀さんが、どのような環境であれ(あるいは環境を完全に客観的に評価することはできない以上)、子供を隔離環境下で教育することは漏れなく否定されるべきだ、と主張されるのであれば、確かに大誤解の内容はそれを補強するようなものではありませんし、どちらかと言えば反対でしょうね。

  • 尖沙咀 のコメント:

    >尖沙咀さんが、どのような環境であれ(あるいは環境を完全に客観的に評価することはできない以上)、子供を隔離環境下で教育することは漏れなく否定されるべきだ、と主張されるのであれば、確かに大誤解の内容はそれを補強するようなものではありませんし、どちらかと言えば反対でしょうね。

    ポルポトでもヤマギシ会でも、隔離されたコミューンで親から引き離して育てることは、
    連合赤軍のような問題を引き起こす可能性があると言っているのです。

    イルミナティの行動綱領
    新世界秩序(NWO)を達成するための指針です。

    ① すべての既成政府の廃絶とイルミナティの統括する世界単一政府の樹立。
    ② 私有財産と遺産相続の撤廃。
    ③ 愛国心と民族意識の根絶。
    ④ 家族制度と結婚制度の撤廃と、子供のコミューン教育の実現。
    ⑤ すべての宗教の撤廃。

    ヒトラーのように、
    「血は水よりも濃い」とは言いませんが、
    やっぱり「家族はこの世で最後の味方」なのです。
    http://www.b-brain.com/blog/2013/09/vol030-332396.html

  • ozn のコメント:

    > ポルポトでもヤマギシ会でも、隔離されたコミューンで親から引き離して育てることは、連合赤軍のような問題を引き起こす可能性があると言っているのです。

    でもインテルやモサドの天才たちはキブツの共同隔離保育の出身者が多いみたいですよ。
    イングランドの上流階級もパブリックスクール出身者が多いみたいですが彼らの歴史は破綻してますかね。

    問題を引き起こす可能性があるものを全部排除していったら何が残るんでしょうね。
    まあ、銃くらい危険なモノは規制して、包丁くらいならOKってのは程度問題なんで、別に個々人がどこに線を引こうが構いませんけど。

    ポルポトやヤマギシズムに繋がりかねないから集団社会化理論を封印せよって主張には0.1ミクロンも賛同しません。

  • 尖沙咀 のコメント:

    >でもインテルやモサドの天才たちはキブツの共同隔離保育の出身者が多いみたいですよ。
    >イングランドの上流階級もパブリックスクール出身者が多いみたいですが彼らの歴史は破綻してますかね。

    ゴルゴ13には、デューク東郷の生い立ちを絡めた、優生学的な話がいくつかあります。
    スポーツや射撃・語学の天才でもあるゴルゴ13はいかに生まれたか?と。

    もっとも、それに対抗するためにつくられた機関や人物(デザイナーズベイビー)も
    たいていゴルゴ13にやられるのですが・・・

    日本でも、中高一貫校→東大→官僚または一流企業といったコースで
    伽藍のなかの「定形的な事務」には恐るべき能力を発揮する人たちもたくさんいますが、

    Linuxに代表されるような、バザールの産品はここからは生まれ得ないのです。

  • 本のマエストロ のコメント:

    いま分かったよ

    君の目指している方向

    情熱の熱いちからを

    あの深い母性愛を発揮の

    強者に甘えていいんだよ

    自由な生き方に通ずる

    微生物が寄生する9割の

    甘えている存在を見よ

  • 尖沙咀 のコメント:

    ジュディス・リッチ・ハリス

    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%81%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%83%AA%E3%82%B9

    を読んだ限りにおいては、ピアグループの影響が大きいとのことですな。
    ***************************************************
    ハリスの最も革新的な考え方は、家族の外に注目し、子どもの人格を形成する重要な要因としてピアグループを挙げた点である。例えば、移民の子どもは容易に彼らの祖国(彼らの親の祖国ではなくて)の言葉を覚え、親のアクセントではなく仲間たちのアクセントで話す。ハリスは、子どもは親よりも級友や遊び仲間を自分と同一視し、ピアグループに適するように振る舞いを変え、そしてこれが個人の人格形成に最終的な影響を与えると主張する。
    ***************************************************
    これには異論はないものの、

    たとえば自分の子どもが学校の中の集団から
    イジメや排除をうけているとしても、

    「家庭」というのは、

    「台風をさけるためのハーバー」

    つまり、
    「ラスト・リゾート」
    になるべきであるというのが、私の考えです。

    全寮制の中高一貫校に丸投げして教育は終わり!
    という考えには
    私も0.1マイクロメートルも賛同しません。

    (私は理系の人間なので、ミクロンとは言わず、
    マイクロメートル=μm=10−6mと言います)

  • ozn のコメント:

    そのケースは劣悪な環境から救い出す話なので、三千丈ほど賛成。
    たぶん大誤解の記述とも合致してたはず。
    これにて争点解消。おしまいね。
    (私は文系の人間なので体毛程度の長さでも三千丈と言います)

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