トランプの権力は誰がつくっているのか?週刊プレイボーイ連載(273)


ひとはみんな予測可能性の高い社会を好ましいと思っています。今日が昨日と同じで、明日は今日と同じだと思うからこそ、安心して暮らすことができます。――「一寸先は闇」のような社会では、就職や結婚、子育てなどとうてい無理でしょう。

ところが世の中には、それを逆手にとって、予測不可能性で優位に立とうとするひとたちがいます。典型的なのはヤクザで、彼らが時に暴力を躊躇しないのは感情に流されるからではなく、相手の予測を撹乱する冷徹な計算に基づいています。

ヤクザが殺人を犯せば情状酌量の余地はほとんどなく、被害者が一般市民なら重罪として懲役20年や30年は覚悟しなければなりません。まともに考えればこんな割の悪いことをするはずはありませんが、それでもお金がからむとヤクザは暴力をちらつかせます。

ヤクザのビジネスでは、かならずしも発言(恐喝)と行動(犯罪)を一致させる必要はありません。そんなことをすれば、組員の大半は刑務所に入ってしまうからです。しかしその一方で、相手に口先だけだとバレてしまえば、いくら脅してもなんの効果もないでしょう。

そこでヤクザが利用するのが「不確実性」です。99%の確率でなにも起こらないが、1%の確率で殺されるかもしれないと思えば、生命はひとつしかないのですから、要求されたお金を払うのが合理的な判断になります。このようにしてヤクザは、暴力の行使による損失を最小限にしつつ、最大の恐喝効果を実現することができるのです。

これと同じ手法を使うのが、第45代アメリカ大統領に就任したドナルド・トランプです。

「アメリカ・ファースト」のトランプが、メキシコに工場を建設する企業をTwitterで批判するだけで、フォードは工場の新設計画を撤退し、トヨタは今後5年で100億ドル(約1兆1000億円)の対米投資を発表しました。

常識的に考えれば、合法的にビジネスする民間企業に対して政府が超法規的な報復措置をとることはできません。予測可能性の高い安定した経済環境を前提にこれまでの対米投資は行なわれてきたのですが、トランプは、米国市場から撤退する選択肢がない以上、これは罠にかかったのと同じだということを正確に理解しています。

「あいつはなにをするかわならない」という不穏なイメージさえつくりあげておけば、あとは140文字のTweetだけで相手は理不尽な要求を受け入れます。それによって米国内に工場がつくられ就業者数が増えれば、トランプの支持率は上がるでしょう。もちろんこんなやり方は長続きしませんが、これまでの遺産を食い潰して自分の利益に変えようとするなら、じゅうぶん効果的なのです。

皮肉なのは、この「錬金術」を可能にしているのが、リベラルなメディアが行なう反トランプの報道の洪水だということです。ここでトランプは「なにをしでかすかわからない狂人」として描かれますが、こうしてつくりだされる不確実性こそがトランプの権力の源泉になっています。

SNSという「自分メディア」を手にしたトランプは、もはや既存のメディアやセレブリティ、知識人の支持を求めてはいません。新大統領にとって世界は善と悪の対決で、彼がほんとうに必要としているのは、自分をモンスターとして描く“敵”なのです。

『週刊プレイボーイ』2016年1月23日発売号
禁・無断転載

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トランプの権力は誰がつくっているのか?週刊プレイボーイ連載(273) への8件のフィードバック

  • ちんた のコメント:

    このモンスターに4年間振り回される世界はいい迷惑です。それでも、彼を大統領に選んだのは米国民ですから、これを歴史の教訓としてほしいものです。

  • 論屋 のコメント:

    まさにそうなのですが、まさかマスメディアもトランプ支持批判を止める訳にはいかず(自殺行為ですから)……敵として描き続けるしかありません。

    >これまでの遺産を食い潰して自分の利益に変えようとするなら、じゅうぶん効果的なのです。
    トランプ大統領、アメリカ合衆国が長らく積み上げてきた貴重な財産を、大安売りで叩き売っております。「自分の利益」とは、トランプ氏の集票力です。合衆国が自由や民主主義を掲げていたのはそれなり利益があるからで、いつこの遺産を食い潰すか、食い潰したらどうなるか見ものです。

  • ozn のコメント:

    食い潰される「これまでの遺産」って、具体的にどんなものなんでしょうか。

  • 尖沙咀 のコメント:

    >食い潰される「これまでの遺産」って、具体的にどんなものなんでしょうか。

    「自由の国 アメリカ」が
    どんどん吸収してきた

    シリコンバレーに象徴される、
    「世界中の叡智」
    といったところでしょうか?

    一つ提案なのですが、
    アメリカと欧州が排外主義に陥っているこのときこそ、

    「世界中の叡智」を
    日本が受け入れる!
    というのはどうでしょうか?

    もちろん、そのためには
    それなりの審査が
    必要ですが。

  • 尖沙咀 のコメント:

    もっとも、
    「トランプ大統領」
    というのは、

    あえて悪役を演じている
    「プロレスのヒール」

    ていうのが適切な見方ではないでしょうか?

    「プロレス」の世界では、
    「ヒール」だからこそ人気があったり、
    (かつての「ダンプ松本」とか)

    「ヒール」が「ベビー」に変わることはよくあります。
    (マンガのタイガーマスクは最初は悪役として登場しました。)

  • 匿名 のコメント:

    みんなもっと変化を楽しもうよ。
    安定が好きなのは知ってるけど、幻想なんだからさ。

  • キャプテン のコメント:

    グローバル化の加速があまりにすぎて、おかしくなったのを少し戻してやり直すくらいがちょうどいいかと思うけどね。氏はそれらに我慢ならなかったのじゃないかな。どう結果に結びつくかは分からないけど。

  • 尖沙咀 のコメント:

    >グローバル化の加速があまりにすぎて、おかしくなったのを少し戻してやり直すくらいがちょうどいいかと
    >思うけどね。氏はそれらに我慢ならなかったのじゃないかな。どう結果に結びつくかは分からないけど。

    ワイキキ・ビーチウォークに

    トランプ インターナショナル ワイキキ ビーチ ウォーク Trump International Hotel Waikiki
    https://www.tripadvisor.jp/Hotel_Review-g60982-d1484551-Reviews-Trump_International_Hotel_Waikiki-Honolulu_Oahu_Hawaii.html

    という富裕層向けの超高級ホテルがあります。

    トリップアドバイザーにはこのホテルのレビューがありますが、
    金持ちシナ人からのレビューでも絶賛されていることからわかるように、

    グローバル化のメリットというのは、
    当の本人が経営するホテルにもあるわけです。

    >SNSという「自分メディア」を手にしたトランプは、もはや既存のメディアやセレブリティ、知識人の支持を求めてはいません。新大統領にとって世界は善と悪の対決で、彼がほんとうに必要としているのは、自分をモンスターとして描く“敵”なのです。

    トランプのような富裕層=セレブリティこそがグローバル化のメリットを享受しているという
    逆説すらあるのです。

    結局のところ、「トランプ大統領」も
    国内向けの政治家としての顔と
    国外も含めた商売人としての顔を
    使い分けているだけの話だと思いますけど。

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