「派遣」をめぐる議論はなぜいつも下らないのか 週刊プレイボーイ連載(172)


労働者派遣法の改正案が国会で審議入りしたことで、派遣労働のあり方をめぐる議論が再燃しています。法案を提出した安倍政権は「身分の不安定な派遣社員の待遇改善や正社員化につながる」と力説しますが、野党は逆に「派遣を増やすだけだ」と反発しています。

とはいえ、この法案が世論を二分する論争になっているわけではありません。当の派遣社員も、「どうでもいい」「関心がない」と突き放しています。

この徒労感はどこから来るのでしょうか。それは政治家やメディアが、問題の本質から目を背けているからです。

「派遣」という働き方が悪いわけではありません。それが政治問題になるのは、日本の社会では派遣が「非正規」とされ、同じ仕事をしていても「正規」の社員と待遇が異なるからです。

ILO(国際労働機関)は同一労働同一賃金を基本的人権としており、「正規」「非正規」の区別は現代の身分制と見なされます。「日本は前近代的な差別社会だ」という批判を避けようと政府は四苦八苦しているのですが、この問題を解決するのはものすごく簡単です。非正規という身分を法で禁止し、すべての労働者を「正社員」にしてしまえばいいのです。

なぜこれができないかは、「A=BはB=Aに等しい」という単純な論理で説明できます。非正規と正社員の区別をなくすことは、「すべての正社員が非正規になる」ことでもあるからです。

しかし、これのどこがいけないのでしょうか?

日本では働き方をフルタイムとパートタイムに分け、フルタイムの労働者を会社の正式なメンバーとしています。しかし考えてみれば、労働時間の多寡で身分を決めるのも同一労働同一賃金の原則に反します。パートやアルバイトであっても、正社員と同じ仕事をしていれば平等に扱われるべきです。

こうしてオランダでは、1996年の「労働時間差別法」でフルタイムとパートタイムの区別をなくし、2000年の「労働時間調整法」で労働者に労働時間の短縮・延長を求める権利が認められました。

自己決定権を最大限尊重する社会では、出産や介護、学位の取得などの人生のステージに合わせ、「正社員」の身分のままパートタイムで働くことや、それが一段落したらフルタイムに戻ることを、会社ではなく労働者が決めます。これが労働制度の最先端だとすれば、派遣社員の待遇改善などどうでもいい話で、さっさと差別を撤廃すればいいのです。

しかしこうした世界標準の改革は、終身雇用・年功序列の日本型雇用の根幹を覆すので、経営側も労働組合も強く反対しています。民主党は同一労働同一賃金の法制化を主張しているようですが、政権党の時代は支持母体である連合の顔色を伺って放置していたのですから、「なにをいまさら」という感じです。野党になって実現可能性がなくなったから、また口にするようになったのでしょう。

「あらゆる差別に反対する」はずのリベラルなメディアも同罪で、「非正規は身分差別だ」と書くと「お前の会社にも派遣社員がいるじゃないか」と批判されるので、問題の所在を報じないようにしているのです。

こうして派遣をめぐる議論は、どんどん下らないものになっていくのです。

『週刊プレイボーイ』2014年11月17日発売号
禁・無断転載

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「派遣」をめぐる議論はなぜいつも下らないのか 週刊プレイボーイ連載(172) への20件のフィードバック

  • hideyuki のコメント:

     正社員、非正社員、アルバイトの身分差別をなくすために、まずは最低限、健康保健、厚生年金、できれば各種手当てや福利厚生、退職金も、働いただけの「日割り」を強制すればいいと思うのですが、不可能なのでしょうか?
     技術的には、たいしたことないと思うのですが。

  • POP45 のコメント:

    民主党のマニフェストは、同一労働同一賃金を謡いながら、
    同時に解雇の金銭解決反対を唱えています。
    同一賃金は労働市場における一物一価の法則ですから、
    規制緩和して競争市場にすることなしには成立し得ないはずなのですが。

    まったく、やる気もないのがミエミエですね。

  • 匿名 のコメント:

    民主党が難しいと感じるのは、民主党自身の職員が非正規職員、パート、アルバイトがいること。民主党職員にも非正規職員がいる

  • 大岩四丁目 のコメント:

    持ち合い株にして経営責任を追求されない雇われ経営者。働かない高給オジサン。
    彼等のコストは、誰かが負担しないといけない。

    その報酬・給与の始末をするのが、下々の役目。非正規・派遣・パート・バイト君です。
    よって、安倍さんの自慢するように、下々の役目に対する求人倍率は高くなってきました。

    株主の立場から見れば、無能な経営者も稼げない奉公人も要りません。クビでOKです。
    それが実力主義の資本主義です。仕事をした者が報酬を取るのです。正規や非正規など
    名称は関係ありません。

    既得権益層が多すぎるのでしょう。報酬が下らないハズです。終末の社会主義ですねぇ。

  • 親指王 のコメント:

    日本には社会はそんざいせず、世間だけが存在するので海外の例をそのまま適用できないのです。

  • hiseiki のコメント:

    “いけないかいけなくないか”ではなく、その制度が維持された方が都合がよい人の方が多いということなのではないでしょうか
    この先労働者がどんどんへって、非正規雇用の割合が半数を超えたあたりになれば、変化が起きるかもしれませんね

  • アメ在住 のコメント:

    逃げ切れる世代か、逃げ切れない世代か。
    自分が日本に帰る時までは年功序列、終身雇用は是非とも維持していて欲しい。
    でも、退職金を貰った瞬間からどうでも良いという立場になるであろう。

    基本的には国家の有り様なんていう面倒臭い事は考えないで自分の懐の財布の中身と相談しながらガンガン!!自己主張していくのが無難な道ではないのだろうか?。無責任では有るが急には変わらん。10年以上余裕でかかる。

  • 出井智将 のコメント:

    日本の労働者派遣法は、法の名称にこそ「派遣労働者の保護」があります(民主党政権時の改正で変更)が、その原則には今も「常用代替の防止」が定義づけされています。
    「常用代替の防止」とは派遣労働者によって、派遣先の正社員の雇用が代替されることがあってはならないという考え方であり、これが原則とされる以上、派遣法で保護されるのは、あくまでも正社員ということになります。
    また派遣法は、その施行以降、常に政争の具とされ、一度たりとも派遣労働者のために改正されたことはありません。メディア各社の一面側だけを切り取った報道も「派遣」をめぐる議論がいつも下らなくなる原因だと思います。
    「派遣」に携わるもののひとりとして、国会ではぜひ冷静な議論をお願いしたいと思います。

  • 匿名 のコメント:

    中抜きしたい派遣会社が、必死に抵抗してるのでしょうか?
    大手の会社(トヨタ自動車とか)にも、派遣会社がグループにありますが、
    自社内で、カネを回したいのかもね。

  • 論屋 のコメント:

    橘先生がよく触れるように社会は「高度な分業制」で成り立っているのだから、こういうことは内包されてる問題ですけどね。
    なぜ派遣論議はくだらなくなるのか?それは
    1、「正規社員を派遣並待遇にする」
    2、1に対して「正社員の権益を守る」、といういつもの構図が出来上がっているからです。
    同じような形式は国の安全保障とか、ちょっと図式が違うけど農産品輸入問題にあります。
    派遣社員に正規社員並みの社会保障を用意すればいいんですけどね。
    それがあってようやく「非正規という働き方もいいな」という話が出てくる。
    しかし「引き下げ民主主義」ともいうべき大衆の暴走はどうにもなりません。
    一度保護を解除すればどうなるか正社員にはわかっているので、必死の抵抗を試みるでしょう。
    そして正規と非正規が食い合っているさまは経営サイドから見たら理想的ですらあります。
    かくて延々くだらない議論が、砂時計を引っくりかえすように続くのです。

  • k2y のコメント:

    そもそも、その大前提の「同一労働同一賃金の原則」は唯一絶対的に正しいのでしょうか?
    その根本的な考え方は、共産主義と変わらないように感じます。
    10人の人が1時間働いたとして、全員が同じ成果をあげられるのならば何の問題もありませんが、果たしてそうなのでしょうか?
    作業の成果に対して正しい報酬が与えられる事の方が、大前提となるべきではないでしょうか?

  • ケンシロウ のコメント:

    私は零細企業の経営者ですが、この問題の根は割とシンプルです。
    要するに、日本は社会保険費用の企業負担が高すぎることが大問題なのです。
    いや、企業負担というかそもそも費用自体が高いので、負担も高額になります。
    給与だけでも払うのに大変なのに、その上高額の保険費用が上乗せされます。
    そんな負担を抱えてまで、人を雇う必要が有るのでしょうか?
    当然、負担の少ない派遣やアルバイトに流れてしまいます。
    企業に福祉の肩代わりをさせるのは、いい加減にすべきでしょう。
    海外企業との競争に足を引っ張られるし、企業の国外流出にも繋がるからです。

  • 阿部 のコメント:

    まず年功序列と終身雇用が駄目だと言うことと、こういう文化でやってきた日本でなぜ非正規社員が増えたのかの議論をするのがさきじゃないですか?
    企業が派遣社員に払っている金額はかなり高いですよね。

  • アメ在住 のコメント:

    アメリカには何故派遣会社が無いのか?
    あるにはあるが特殊な仕事のみで高給人材が派遣会社にいます。コンサルタント的な役割の社員も派遣です。
    通常の会社ではパートタイマーとフルタイマーのみがいます。違いは社会保険料をどう払うかによる、勤務時間の管理のためでしょう。

    派遣のいない理由の答えは簡単です。ある仕事の人材が必要になり部署で求人するとします。
    すでに会社側ではレストランのメニューのように“この仕事はいくら払う”と言う値段表があります。自社に無いときは加盟している経営者協会に聞くか、ネットで“人間の値段表”を拾ってきます。人間+労働の質で階級付けされた値段表がそこらへんに転がっています。経理でもレベルによってC.B.A.マネージメント、コントローラーレベルと値段表があります。
    基本的に同じ仕事をしていると給料は上がりません。上がってもインフレ率にしたがって上がるだけです。定期昇給も無し。ひたすら運がよければインフレ率にしたがって上がるだけ。運が悪ければインフレ率にも追いつかない。時給25セントとかのレベルの昇給です。

    だから企業側では高いお金を払って派遣会社から雇う必要ない。解雇に頭を悩ます事も無い(無能なしがみ付くだけのマネージャーは別)。いつまでたっても890円の最低賃金レベルの時給はインフレ率しか上がらないと言う事。嫌ならやめるか、実績を見せて昇進しろと。同一労働、同一賃金とはこのようなものです。能力の無い人間は中高年になって、家族が出来ても貧困層に固定されるだけです。

    日本で“正社員”と言うカテゴリーが減りつつあるのはある意味でアメリカ化が進んでいるのでは?。いずれ派遣、契約と言う制度そのものすらなくなり“部門採用+昇給の無い世界”になるのでしょう。
    アメリカもレーガン前は年功序列+正社員と言う制度があったのですが時代の流れと共に恐竜の世代交代のように世代がいなくなった時点で絶滅種になりました。

  • 匿名 のコメント:

    >>12
    会社勤めをされてる方に、年金や保険の会社負担も「人件費」と、
    思わない人がいますね。
    給金で受け取るだけが、人件費と。

    アベノミクスの失敗は、
    売り上げ上昇分を、年金や保険の負担増、増税で、上昇分以上を喰ってしまったこと。
    実質では賃上げしてるんだが、実感は無いわね。

  • F2007 のコメント:

    派遣やパートアルバイトの賃金上昇が止まらないよ。
    このまま行けば、労働条件も含め、派遣のほうが正社員のほうがよい、という時代が来るかもしれない。

    ちなみに今の若い子たちは、実は正社員になりたくない人も多くいる。
    サービス残業や責任を嫌うんですよ。
    入れても中途なんだから、どうせ出世できないって分かってますからね。
    実家に住んで年収300万あれば生活には困りません。
    結婚?そんなこと考えてませんよ今の若者は。
    責任を負わされるのが嫌ですから。

    つつましく自由に生きて死んでいくことを選んだ世代が、そこにいます。

  • アメ在住 のコメント:

    一馬力300万でも子供を預けて二馬力でやれば600万円
    ノープロブレム!

  • 時代遅れ のコメント:

    >16・17

    まさか本当に非正規雇用の人々が年収300万も稼げているとでも!?
    実際は200~250万が関の山ですよ。2人合わせて4~500万。
    子供を預けたら年間100万以上が消し飛んで3~400万。

    これで子供二人を大学まで卒業させれるだけの貯金が出来ると本気でお思いですか。
    責任が嫌で結婚出来ないのではなく、したくても経済的に出来ないんですよ。

    あと、派遣やパートに責任やサビ残がないというのは間違いです。
    普通にありますよ。そんな甘い世の中じゃありません。

  • よしろう のコメント:

    >>14
    アメリカに派遣会社はない?
    私は外資系人材サービス会社に14年勤めておった者ですが、
    誤解されているようですね。
    人材派遣は、1960年代にアメリカで誕生しました。
    今でもアメリカは世界最大のマーケットであり、売上の世界ランクを見ても上位はほとんどアメリカです。
    アメリカの派遣社員数は約250万人、売上は10兆円を超えています。
    (日本は150万人、4兆円)
    仰せの通り、職種はもちろん特殊な分野にも及んでいますが、事務系は50年前も今でもバンバン派遣しております。

    契約社会のアメリカが日本化することはあり得ず、日本がアメリカ化へ向かっているのです。全面的にではありませんが私もそうあって欲しいと思っています。

    正規と非正規のどっちがいい悪い、という議論は下らないと思います。
    仕事をし対価を得る、という構図は労働契約です。正規であれ非正規であれ、事前に確認した内容を労働契約として結び、双方いずれかにフォルトがあれば法によって正される。
    冷徹な関係のようですが、対等な関係になってすっきりして良いと思います。
    労働者の甘えは今ほど許されなくなりますがね。

  • 通りすがり のコメント:

    労働者は初めから甘えてなどいないんじゃないか
    非正規の問題なんて、猫の手も借りたい金持ち企業が
    「社員よりも給料を払うから、手伝ってくれ!」
    という名目で始めた雇用形態に対して
    不景気になったとき、法律で保護されていないからという理由から賃金を下げたら
    奴隷とそう変わらない非正規労働が出来上がっただけの話でしょ
    これは非正規という雇用形態が当時に確立していなかった日本特有の問題

    根本的な問題は、景気が悪化しているのに、好景気の基準で若い頃の賃金を回収したがっているお偉いさんの存在
    結果として、他人の労働にケチをつけ、価値が無いと主張して、売上の元となるはずの賃金から自らの資産を築こうとしている
    方向性はどうあれ、時代が進むにつれて労働の価値は一貫して下げられっぱなしなことに触れられなければ問題の所在が一向に見えてこない

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