【書評】日本の景気は賃金が決める


エコノミストの吉本佳生氏は、スタバの価格から世界経済まで、あらゆる経済現象をわかりやすく解説することで人気がある。だがいちばんの魅力は、経済統計などの基礎データを徹底的に読み込んで、そこから思いもよらない結論を導き出す手際の鮮やさだ。

『日本経済の奇妙な常識』はそうした特徴がよく出た一冊で、あまりに驚いたので「日銀の金融緩和がデフレ不況を生み出した」で紹介した。新刊『日本の景気は賃金が決める』はその続編というか、「アベノミクス版」だ。

最近になってようやく経済メディアでも話題にされるようになったが、吉本氏は前著で、「日本の不況の本質は賃金デフレだ」ということをいち早く指摘している。投機マネーによる資源価格の高騰で輸入物価が大きく上昇したものの、中小企業はそれを価格に転嫁できず、従業員の賃金を減らして生き残ろうとしたのだ。

その結果なにが起きたかを、この本ではさまざまな国際比較によって明解に示している。詳しくは本をお読みいただくとして、どれもきわめて興味深い(というか衝撃的な)データなので、そのいくつかをここで紹介してみたい。

まず、「フルタイムの労働者に対するパートタイム労働者の(時間あたりの)賃金」。時給に換算すると、日本ではパートタイム労働者に支払われるお金はフルタイム労働者(正社員)のわずか6割弱だ。それに対して「同一労働同一賃金」が原則のヨーロッパでは、イギリスで7割、ドイツ、スウェーデンで8割、フランスでは9割ちかい賃金をパートタイム労働者が受け取っている。

次は男女の賃金格差で、日本では女性の賃金が男性より3割も低い。それに対してアメリカ、イギリス、ドイツは2割、フランスとスウェーデンは1割程度しかちがわない。日本は先進諸国の中で、韓国に次いでもっとも男女間の賃金格差の大きな国だ。

3つ目は、勤続年数による賃金格差。勤続1~5年(日本のみ1~4年)を100とした場合の賃金を見ると、日本は勤続年数が15年を超えると44.5%、20年を超えると73.4%、30年以上だと93%も高くなる。これに対して、ヨーロッパでもっとも年功序列が残っているドイツでもその差は最大で53.8%、“理想の福祉社会”スウェーデンにいたっては勤続年数と賃金はなんの関係もない。徹底した能力主義で、資格を取得して昇進・昇格しなければ何年働いても給料は同じなのだ(イギリスとスウェーデンで30年以上のデータがないのは、そんなに長くひとつの会社に勤める労働者がいないからだろう)。

4つ目は、企業規模による賃金格差。日本では、従業員1000人以上の大企業の賃金を100とすると、5~29人で51.2、30~99人で61.9と、中小企業では5~6割の賃金しかもらっていない。アメリカやドイツでも、従業員1~9人の自営業・家族経営の賃金は低いが、10人を超えると約7割になる。イギリスやスウェーデンでは、大企業よりも中小企業の方が逆に賃金が高いという驚くべき結果が出ている。

このように見てくると、私たちが当たり前のように思っている「日本人の給料」が、世界のなかではきわめて特殊なものだということがわかる。日本は、「男・大・正・長(男性・大企業・正社員・中高年)」の賃金が高い一方、「女・小・非・短(女性・中小企業・非正規・若者)」の賃金がきわめて低い、世界でも最悪の格差(差別)社会なのだ。

その結果、中高年の正社員が多い業界と、女性や若者、非正規社員の多い業界で大きな賃金格差が生じている。それを示したのが下図で、公務員の所得を100とした場合、建設業、卸売業・小売業、サービス業の所得は7割弱しかなく、宿泊業・飲食サービス業に至っては半分を割っている。

こうした賃金格差(というか差別)の最大の犠牲者が子どものいる家庭だ。

相対的貧困率は、日本の全国民の所得(年収)を上から順に並べて、ちょうど真ん中のひとの所得(中央値)を調べ、その半分より少ない所得しかもらっていないひとの割合だ。

貧しさというのは相対的なものだ。みんなが貧しければ、お金がないことはさして苦にならない。それに対して、まわりがみんな金持ちで、自分1人が貧乏ならその絶望感はとてつもなく大きいだろう。相対的貧困率は、国民の幸福度を測る重要な指標なのだ(だからといって、絶対的な貧困はどうでもいいというわけではない)。

OECD30カ国の相対的貧困率の平均は10.6%で10人に1人。「世界一幸福な国」デンマークでは、相対的に貧困なひとは20人に1人しかいない。それに対して日本の相対的貧困率は14.9%で、先進国中、下から3番目だ。

次に子どものいる現役世帯を見ると、大人が2人以上(両親や祖父母と同居)の家庭の貧困率は10.5%と若干改善されるものの、大人が1人(そのほとんどが母子家庭)の貧困率はなんと58.7%、10世帯中6世帯が貧困線以下という惨状で、先進国のなかでも最悪だ。

驚くべきは、こうした悲惨な状況を日本国が意図的につくりだしていることだ。

国家の重要な役割のひとつが所得の再分配で、社会保障政策などでゆたかなひとから貧しいひとにお金を移転して、より平等な社会をつくることだとされる。ところが日本の子どもの相対的貧困率を調べると、所得再分配の前が12.4%なのに、所得を再分配すると13.7%に悪化してしまう。国家がなにもしない方が、子どもの貧困率は1.3%改善するのだ。

なぜこんな理不尽なことが起きるかというと、国民から徴収したお金を高齢者に優先的に配っているからだ。日本の「少子化対策」というのは、子どもを経済的に虐待することなのだ。

吉本氏はこうした衝撃的なデータを次々と示した後で、アベノミクスが狙いどおり物価の上昇をもたらすと、「女・小・非・短」の労働者や母子家庭がそのしわ寄せを受けてきわめて厳しい経済状況に陥ると予想する。2%の物価上昇というのは、すべての国民の平均的な生活コストが2%上がることではなく、特定の階層に属するひとたちだけがとんでもなくヒドい目にあうことなのだ。

こうした悲劇を避けるためにいったいどうすればいいのだろうか? それこそが本書のテーマなので、ぜひお読みになったうえで吉本氏の提案をじっくり考えてみてください。

最後にひとつだけ。

若者の貧困や失業を解決するのに「教育」こそが大事だというひとがたくさんいる。だが私は、この理屈に違和感を持っている。こうした主張を声高にするひとのほとんどが教育者(大学の教員)だからだ(「教育格差」を憂えるひとたちの奇妙な論理)。

この疑問についても、吉本氏は一枚のグラフで簡潔にこたえてくれる。

90年代以降、消費者物価はたしかに下落しているが、そのなかで教育費だけが一方的に値上がりしている。これが子育て世帯の家計を直撃したことが、2人目の子どもを産めない大きな原因だ。「教育は素晴らしい」というひとのなかには経済学部の教員も多いが、だとしたらこの現実についてもきちんと言及すべきだろう。

机上の空論を弄ぶのではなく、客観的なデータに基づいて、日本をより公平(公正)な社会に変えていくべきだと考えるひとにお勧めします。

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49件のコメント

  1. 格差に焦点をあてているだけですよね。
    世界的には日本の賃金は高すぎます。
    だからこそ、海外から労働者がやってきたがります。
    世界同一賃金。ユニクロが宣言しましたよね。びびっているのっは日本人。
    いかに日本企業がこの高い賃金に悩まされてきたか
    わかっているのでしょうか。
    橘さんが自らおっしゃっておられました。
    日本で稼いでニュージーランドで住んで香港で貯金する。と。
    まだまだ日本の賃金は高い 高すぎるのです。
    時給1000円が最近では高くないと思われてきてるのが現実です。

  2. 為替や物価も考えずに賃金に焦点を当てているだけですよね。
    日本だけデフレな理由は企業のせい。物価が高くて、賃金も高いから。
    20年デフレでも世界的に物価が高いのって異常では?
    あとは経済学では下方硬直性があるはずの賃金を非正規雇用を拡大して下げたこと。

    格差って大事だと思います。
    ジニ係数が高い国、日米韓、メキシコ、イスラエル。
    前政権は分配政策と批判されましたが、低迷しながらも欧州の方が格差がなく幸福感が強いのでは、と実体は不明ながらも思います。

  3. 結局、日本の給料が高くなってしまうのは不動産価格に有る程度リンクしているのではと思うようになりました。先日も日本に帰ったのですが親の住んでいるマンションは5千万ぐらいします。
    その中で驚いたのが小さい子供のいる人間の多い事。
    当人たちと話しましたが会社が3000万位資金を貸し付けて家の購入補助に出来ます。アメリカ、欧州で若い人たちが一般銀行からそれだけの与信を受けようとしても、銀行は“もっと小さい家で我慢しなさい、稼げるようになったら買いなさい”と。もちろん会社が住宅資金を貸し付けするなんてありません。
    日本では大企業に入って家の購入資金を借りて。会社側でも返済期限のある期間、安い給料で良質の若年労働者の囲い込みが出来ます。その支払いが終わるまではその会社の庇護の下、安定した職場が保障されるわけですね。
    結果、学生から大きな会社に入り、終身雇用を維持してもらう。

    でも、企業は住宅貸付金が労働の固定化、従業員は会社と言う囲いから逃げ出せなくなります。アメリカには企業は住宅購入に当たって取引銀行は紹介してくれる事は有るかも知れませんが融資の手助けまではしません。

    さて、これがいつまで出来るか。住宅の持ち方の考えの選択が広がることにより、終身雇用が壊れていくかもしれません。
    (橘氏の住宅に関する本は読ませていただきました。日本の先を読んでいると思います)

  4. 子供の貧困率についてですが今の日本では裕福な家庭が子供を
    生み育てやすいですので普通に計測したら子供のいる家庭から収入の少ない高齢者に対して
    年金や保健の形で所得の再分配がされるというのは自然のことと思います。

  5. アメリカの企業に関係した身からすると、国によって「パートタイム」の考えが必ずしも同じではないので、賃金格差だけを考慮してもあまり意味がありません。
    経験として述べますと、そもそも日本と違って、アメリカのパートタイムは日本で言う時短労働に近いところがあって、時間が減る代わりにその分給与が下がるという仕組みです。仕事の割り振り自体が立場によらず最初からはっきりしているので、経営が悪化した時に一部社員の労働時間を減らして、収益を持ち直させますようにしますが、仕事内容や立場は正社員と変わりありません。日本の「パートさん」は、事務作業や売り場などの半肉体労働をイメージすることが多く、これと比較すると、パートタイム労働の内容はかなり違います。こっちは、常勤のアルバイトと言って良いでしょう。
    なので、上記のような比較をする際には、数字だけではなく、内容も考慮しないと、意味不明な比較になってしまいます。

  6. 格差が固定され逆に強化されるのは、あらゆる分野において流動性が少なくて、
    裁定が働かないからで、賃金だけのモンダイでは無く、景気と賃金はニワトリとタマゴ。

    橘さんみたいな名うての投資家達が、日本固有のスパゲッティ状法律を無視して良いから、
    自由に自己資金を「日本」にブチ込んで良いとなったら、そら、すぐに裁定が働いて、
    株主総会では次々と無能な経営者のクビが飛んで、役立たずの中高年は即日解雇されるし、
    有能な女性、若者なら高額のスカウトが来るでしょう。なんてったって従業員への慈善事業
    として会社を所有してたら、そんな会社は結局ツブレて、命の次に大切な身ゼニをドブに
    捨てることになるから、オーナーは必死で有能な人材を求めます、報酬が高くても。

    日本の法規はヒドイですよ、たとえば交通法規を見て下さい。今時、踏切で一旦停止ですか?
    制限速度は妥当ですか?天下り団体のバカ高い信号機はイナカでも乱立していませんか?
    シートベルト取締りなど大きなお世話、子供か? 免停の簡易裁判、なんなのあれ、
    大人のママゴトか?
    (すいません、今までの記憶がフラッシュバックしてしまい、私は暴走族ではございません)

    お箸の上げ下げまで規定するスパゲッティ法規を何とかしないと、それこそお役人様の思う
    ツボ、裁定がはたらかない限り、ニワトリとタマゴの責任の押し付け合いは終わりません。 

  7. 今回の橘さんの記事は今までとは違って少し違和感がありました。失礼ですがなんとなく書籍の宣伝っぽい気がしました。コメント欄の他者の方々の書き込みも同意が少ないようです。橘さん自身の、キレキレの理論をそっと期待しています。

  8. あの~物価が上がらないと賃金は上がらないんじゃないですか?

    先に賃金が上がる事はないですよね。

  9. 橘センンセーの興奮が伝わる書評でした。
    さらに踏み込んでちょっとデータを集めて自分の頭で深く考える前に、興奮と衝撃が理性を超えてしまうのですね(笑)。
    かなり人気があるのは知っていたものの、これまで吉本氏の本を読んだことがなかった私のような人間には有益な情報でした。
    彼の一番の魅力は、「経済統計などの基礎データを徹底的に読み込んで、そこから思いもよらない結論を導き出す手際の鮮や(か)さだ」なんですね。
    ただ、橘センセーには統計リテラシーがないですがね(笑)。自分の頭で考えもせず、盲目的に「客観的なデータ」と信じ、事実として受け入れる態度はいかがなものか。国際比較、特に日本の役所の出典ものはけっこうワナが多いんですがね。
    まあコストを考えれば、(橘氏とは違い)統計リテラシーがある吉本氏のフィルターを通ったということで、「客観的なデータ」として受け入れるのが経済合理的でしょう。
    といっても、時間の制約のある一般の人の話で、“経済作家”を名乗るのなら、統計データを読み解く技術が必要だと思いますがね。
    いったい、どこに“衝撃”を受けたんでしょうかね。紹介されたものは、どれも標準的な話でしょう。ずっと前からわたしは知っていましたが。
    ただ、一番最後の「教育こそが大事」という主張の根拠のなさをつく指摘は爽快ですね。吉本氏。教育とシグナリングとかいうのは、経済学の輸入元のアメリカでは意味があっても、日本の制度・慣習との整合性はあまりないですからね。
    デフレの原因は、吉本氏が言うように人口動態と賃金の下落が原因でしょう。だいたいマトモなエコノミストはこの主張をしていますね。
    この主張がどんなに客観的にみて正しくても、決して政治家に受け入れられないのはある意味では当然なんですけどね。いまの日本の民主主義制度あるいは権力構造では解決不可能でしょう。

  10. インフレはデフレでお金が余って仕方ない金持ちには追い風で紙一重の生活をしている方々には苦痛でしかない。タイムイズマネーという諺を用いて外国の友人がこういう話しをしてくれたのですが、いくら不景気になったとしてマネーを失うのは仕方ないとしてもタイムまで奪われるのは許せないそうです。個人的には今の日本はデフレになってからマネーはおろかタイムすら失い奪われる社会だと思う、賃金より人生設計からして他の先進国からみると特殊かもしれない。人生設計といえば橘先生の著書:お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方…もう10年以上経ちましたが参考になります。一度限定的な労働者階級用のタックスヘイブンを施行してはどうか。例えば日本国籍で経済研究関連のレポートを提出した就業予定の未成年者が金融取引において大きな利益が生じても一度に限り無税とする…など。もちろんこの文言のままでは諸外国の富裕層が移住してきたり養子縁組や名義貸しなど悪用する輩などが出て取り締まりが必要ですが、ラッキーに思える制度もなければ宝くじやネットにすがるとかの人生しかみえてこないでしょう。あとは資産に余裕がある企業は利子付きでもいいから退職金の前借制度とか…自分サラリーマンじゃないし人を雇うのは大変なんです。ブラック企業は逆に楽なはずですが。

  11. 賃金の低下がデフレの原因と言う人が、

    別のところでは賃金の高さが

    日本の産業競争力低下の原因と言ってる。

  12. 物価が上がれば実質賃金が下がるので雇用が増えるといっている人が、
    物価が上がる前に賃金を上げてくれと企業をつついている。

  13. 労働組合の賃上げ要求パンフレットに

    「賃上げなくしてデフレ脱却なし」と書いてあったが、

    因果関係が逆だろう。

  14. 組織率が低下し、政治力が低下した労働組合より
    農協、漁協、医師会、といった「組合」の方が…

    因果関係は関係がある程度立証されている関係に使用されるものだと思います。

  15. デフレ論者が、デフレから脱却できないというのは、

    日銀券(紙幣)の価値が高いままという意味だが、

    一方で国債が暴落するというのは理解できない。

    日銀券も国債も広い意味での政府の債務なので、

    どうして一方は価値が維持されて、

    一方が暴落になるのだろうか???

    これを指摘すると急にハイパーインフレ説が出てくる。

    まったく見苦しいものだ。

  16. 何年も何十年もポジションを変えられない取引なら格別、

    1分後でもポジションを解消し反対の形にも変えられる極めて流動性の高い通貨ペア、

    例えばドル円に関しては、

    国の長期的な財政問題などはポジションの取り方に影響を与えません。

    今この瞬間どの通貨の方が実質金利が高く付くかだけでお金は動くのです。

    名目金利ゼロに期待デフレ率を足していた日本の期待実質金利が、

    名目金利ゼロから期待インフレ率(それが額面通りに実行可能かどうかは別として、

    ある程度のインフレ期待が醸成されたことは間違いありません)を引く期待実質金利、

    即ちマイナスの期待実質金利になったので、

    円はどんどん売られている訳です。

  17. 日本国債市場は巨大な市場です。

    世界中に、日本国債市場ほどに流動性があり、

    或る意味で信頼されている金融商品は、

    他にはアメリカ国債とドイツ国債市場ぐらいしかないのではないでしょうか?

    各国の外貨準備などの巨大なお金を置く場所は、

    そう色々あるものでもありません。

    株式では価格変動が大き過ぎる。

    不動産では取引コスト(ビッド・オファー)が大き過ぎる。

    大きくて流動性があり取引コストの低い金融市場は、

    成熟した国債市場くらいしかありません。

    ドイツ国債はユーロ建てなので、その国の通貨で発行された国債で、

    これら条件を満たすものはアメリカ国債と日本国債だけです。

    大きなお金が行く場所は限られているのです。

    この状態が続く限り、アメリカ国債と日本国債の暴落はないでしょう。

    インフレになれば債券は売られると考えるのは早計で、

    他に買うものがなければ債券は売られないのです。

    あくまでも比較論での話ですが。

    日本国債のこのバランスを崩すものは、日本国内の要因ではないと思います。

    日本の銀行・生保・年金が日本国債を拙速な売り方をして、

    その結果値が崩れ巨大なポートフォリオの価値を減らすような、

    自らの首を絞めるようなことをするでしょうか?このバランスが崩れる時は、

    アメリカ国債や日本国債と同じくらい流動性のある安心して買える国債市場が

    新たに出来る時です。

  18. ハーバード大のカルメン・ラインハート教授とケネス・ロゴフ教授は、
    公的債務が国内総生産(GDP)の90%を超えると経済成長が鈍化すると主張する。
    しかし、英国経済の歴史をみると、そのような鉄則は存在しないことがわかる。

    低成長と債務増加は関連している。だが、高い水準の債務は決して低成長の原因とならない。
    今の英国の低成長も、高水準の債務のせいではない。
    危機の前、純公的債務の対GDP比率は、過去300年で最低に近かった。
    債務が増えたのは低成長の結果だ。

    債務の経済成長への影響を評価するには、まず債務がなぜ増えたかを問わねばならない。
    戦争予算のためか、好況時の放漫財政のせいか。
    良質の公共資産への支出が成長をもたらしたのか、
    公的債務の増加は民間の金融部門の破綻の後に起きたのか、問うべきだ。

    金融危機の後は、金利がゼロに近くても民間貯蓄が過剰に増えやすいため、
    即時の緊縮財政は非生産的だ。赤字や債務の減少は小幅なのに、
    景気後退を進めてしまう。

    「常に財政刺激が正しい」と考えるわけでないが、
    「緊縮派」と違って刺激策が常に間違っているとは思わない。
    問題は金融危機後の高水準の公的債務を避けるコストだ。
    危機に見舞われた国で財政支援が弱かった理由の一つは、
    公的債務への懸念にある。
    ハーバード大の2人の教授はその懸念を正当化した。

    ユーロ圏で借り入れをできない国は、引き締めるべきだ。
    だがユーロ圏の仲間の国々は支出継続を支援できるはずで、
    引き締めを相殺する政策も実施できるはずだ。

    米国、英国も含めて機動的に動く余地のある国は、
    異なる路線を取れたはずで、そうすべきだった。
    そうしなかったため、景気回復の足取りが弱く、
    景気後退のコストが必要以上に膨れあがった。
    これは大きな間違いだった。まだ考え直すのに遅くはない。

  19. 1つの間違いは、
    1千兆円の債務や高齢化による社会保障費の増大に直面した日本の財政問題と、
    10兆円前後の財政刺激策による財政拡大策とは次元の違う問題であるということだ。

    財政健全化は重要な問題であるが、
    それは当面のデフレ脱出のために財政刺激策を利用するかどうかとは、
    別の問題である。

    もう1つの間違いは、
    今デフレ脱却の政策を積極的に打ち出していかなければ、
    日本の財政破綻のリスクはさらに高くなるという点である。

    寝た子を起こすような経済活性化策が財政危機のリスクを高めるというのではない。
    いつまでもデフレの「安定感」に甘んじて、問題を先送りし、
    公的債務を増やし続ける方が、将来の国債暴落のリスクをさらに高めてしまうのだ。

  20. 日本の購買力平価は、ビッグマックレートで見れば円安すぎるという議論がある。
    この意味するところは、すでに円安すぎるから、
    金融を緩和して円安にするなどとんでもないということだ。
    さまざまなところで聞いた話なので、発信源は同じだと思うが、
    日本のビッグマック(320円)がアメリカ(4.37ドル)と同じ値段になるレートは
    1ドル=73円22銭(320÷4.37=73.22)となる。
    だから、90円を超えるレートは円安過ぎる。
    アベノミクス以前の80円を切る円レートでも少しも円高ではないという。

    しかし、なぜビッグマックだけなのか。
    すべての財・サービスの価格を考慮した購買力平価によると、
    円レートは少しも安くない。

    フランス、ドイツ、イタリア、日本、韓国、台湾、イギリス、アメリカ、中国について、
    IMFが計算した購買力平価と通常の為替レートを示したものがある。
    これによると、日本の為替レートが79.3円/ドルのときに、購買力平価は102.8円である。

    購買力平価とは、すべての財・サービスの価格を考慮したものだから、
    平均の平価と言える。ということは、日本のマクドナルドは他のものに比べて、
    きわめて安くビッグマックを売っているということだ。安く売りながら、
    高い利益も上げている。これは、マクドナルドの効率が高いということだ。

    為替レートが79.3円とは、日本の製造業は投入コストの平均が102.8円のときに、
    79.3円で海外企業と勝負しなければならないということだ。これは可哀そうで、
    不公平ではないかとわたしは思う。

    しかも、海外の為替レートと購買力平価の関係を見ると、
    先進国は皆、購買力平価の方が為替レートより高いが、その差は大したことはない。
    日本だけが、102.8円と79.3円と23.5円、すなわち29.6%ものハンディを負っている。
    しかも、韓国を見ると、為替レートが1137ウォン/ドルに対して、
    購買力平価が807ウォン/ドルと、購買力平価より為替レートの方が割安なのだ
    (韓国のレートは、作図のために、図の縦軸での値を10分の1にしてある)。

    韓国の輸出企業は、国内の投入コストが807ウォンのときに1137ウォンで
    海外企業と勝負すれば良いということになる。これでは日本企業がかなわないのは当然だ。
    為替レートと購買力平価の逆転は、韓国だけではなく、台湾、中国にも共通である。
    日本企業は大変なハンディを背負って輸出をしている。

    ■実質実効レートが安定していたのはデフレだから

    日本は円高で大変だというが、実質実効為替レートで見ると円高ではないという人もいる。
    実質為替レートとは、各国間の物価上昇率の違いを調整した為替レートだ。
    為替レートが上昇しても、自国の物価が他国に比べて下がれば、国際競争力は低下しない。
    だから国際競争力は、実質為替レートで見るべきで、
    実質為替レートで見れば日本の為替は上がっていないのだから
    心配することはないと言うのである
    (なお、実効為替レートとは日本の貿易相手国のウエイトを勘案して調整した為替レートである。だから、実質実効為替レートとは、日本の貿易相手国のウエイトを勘案しながら、これらの国と日本の物価上昇率の違いを調整した為替レートということになる)。

    しかし、実質実効為替レートが上昇していないということは、
    物価が下がっているということである。なぜ物価が下がったかと言えば、
    国際的に競争しているのだから、価格を下げないかぎり売れないからだ。
    設備投資を止め、研究開発を行わず、配当を払わず、賃金を下げ、首を斬り、
    必死の努力の結果、価格を下げたのだ。
    価格が下がっているから競争で不利になっていないとは、価格が下がって大損し、
    将来のために投資もできなくなっていることを無視している。

    1990年から現在まで、名目実効為替レートが100から200にまで上昇したのに、
    実質実効為替レートが100のままとは、この20年間余りに、
    他の国に比べて日本は物価が半減したということである。
    これが日本経済になんの影響もないとは考えられないことである。

    ■円レートは構造ではなく金融政策で決まる

    円が上昇するとき、円高という歴史的、構造的変化に、
    小手先ではない抜本的な対応をしなければならないなどという議論が盛んになるが、
    まったくの誤りである。
    円高とは、円という通貨とドルなど他の国の通貨との交換比率において、
    円の価値が高くなるということである。

    どんなものでも供給を増やせば価格が下がり、減らせば上がる。
    通貨も同じである。歴史的でも構造的でもなんでもない。
    これはハリー・ジョンソン、ジェフリー・フランケルなどの経済学者が1970年代に、
    厳密に示したことである。前日本銀行総裁の白川方明氏も、このことを、
    30年以上も前になるが、両氏の論文を引用しながら認めている
    (白川方明「マネタリー・アプローチについて」『金融研究資料』第3号、1979年8月)。

    円レートが金融政策で決まることは、
    安倍総理の掛け声による金融緩和で円安になったことで明らかである。
    もっとも、現在まででは大して緩和していないのだが、
    将来十分に緩和するだろうとの期待で円安になったのである。
    新しい日銀総裁、副総裁は、大胆な金融緩和をするだろう。
    だから、実際にそうなる前に円を売っておかなければならないと、
    市場が読んだことで円安になったのである。

    ■為替切り下げ競争は起きない

    各国が競って金融緩和をして、自国通貨を切り下げれば、
    為替切り下げ競争が起きて大変だという議論もある。
    しかし、そんなことにはならない。

    まず、全世界で金融緩和競争をすれば、景気が良くなりすぎて、
    過度のインフレになる国が出てくる。
    そのような国は自国の利益のために金融を引き締める。
    インフレは国民の嫌うものだからである。
    実際、先進国が為替切り下げ競争をしていると非難していたブラジルで、
    インフレ率が高まっている。インフレのときに自国通貨が高まることは、
    国内需要を犠牲にせずにインフレを抑える効果がある。

    さらに、為替切り下げ競争など起きないという、もうひとつの理由がある。
    輸出が増えるときには必ず輸入も増えるということである。
    しかも、輸出が増加したときには、輸出額から輸入額を引いた純輸出は減少し、
    輸出が減少したときには純輸出が増加する傾向がある。
    なぜなら、長期の輸出拡大は、設備投資の拡大をももたらすからである。
    投資の拡大は内需の増加で、当然、輸入の拡大ももたらす。

    ■経済はゼロサムゲームではない

    経済はゼロサムゲームではない。
    輸出を増やすためには、日本は原材料を輸入しなければならない。
    また、輸出が増えれば景気が良くなって、人々は支出を拡大する。
    グローバル経済となった現在では、日本人がお金を使えば、
    必ず輸入が増えるのである。輸出増加は日本の景気を回復させ、
    さらには世界の需要も拡大させる。金融緩和で輸出が増加しても、
    何も心配することはない。
    ドイツや韓国が不満であれば、自分たちも金融緩和すればよい。
    インフレが怖くてできないのなら自分の国の都合である。

    一部の歴史の教科書では、大恐慌期に為替切り下げ競争が起きて、
    世界恐慌が激化したとなっているが、これは間違った歴史の解釈である。
    全世界が金融緩和すれば全世界の景気が良くなるだけだ。
    良くなりすぎてバブルやインフレになりそうな国があれば、
    そんな国から引締めを始めればよい。

  21. >「ハーバード大のカルメン・ラインハート教授とケネス・ロゴフ教授は、
    公的債務が国内総生産(GDP)の90%を超えると経済成長が鈍化すると主張する。」

    これは、エクセルの計算式が間違ってたらしいです。実際はプラス2%ちょっとの成長。

    こんな感じで右往左往。人間の脳の限界を認めるほうが早い。
    無理はしても無茶はするな。
    慣れてもいいが、ナメたらあかん。

  22. {異次元の金融緩和に取り組む黒田東彦氏は終始冷静に次のように語り続けた。
    30年余に及ぶ彼との議論から、彼を支えているものについては私なりに見当をつけている。
    確かめたかったのは、てらわず、おもねらず、
    思ったことを口にできる彼の因って来たる心に秘めた確信である。}

    ――20代半ばの時期のオックスフォード大学への留学が、
    旧大蔵省での実務よりもより強烈な影響力の源泉であったことについては、
    常々感じていたが。

     (黒田) 4月8日にサッチャー元英国首相が亡くなったね。
    現代史の泰山北斗ポール・ジョンソンが述べていることが面白い。
    彼女は自らの因って立つものについて、
    カール・ポパーとフリードリヒ・ハイエクの著作からの感銘としているが、
    実際には父親のアルフレッド・ロバーツの生き様だったというのだ。
    青果を中心とした小売商だった彼は、英国の社会階級からすれば中の下というところだろう。
    ジョンソンによれば、彼を表現する3つの要素は“勤勉、正直、期限通りの弁済”だったという。
    彼女は奨学金ガールであり続け、オックスフォード大学のときも然りだった。
    首相のときの行動を説明するのならばこの3要素で十分だし、
    それを哲学者の著作で説明する必要はない、というわけだ。
    しかし私はジョンソンよりも彼女の肩をもつ。

    <カール・ポパーへの共感>

    ――ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの教授を長く務めたカール・ポパーへのあなたの共感は、オックスフォードでの体験からなのか。

     (黒田) 東大の法哲学では彼の『開かれた社会とその敵』がしばしば取り上げられていた。
    しかし英国ではオーストリアから彼を受け入れたこともあり、
    全体主義との対抗という脈絡から、より広範な読者を獲得しているという事情があった。
    もちろん、オックスフォードでも影響は大きかった。
    プラトン、ヘーゲル、マルクスのそれぞれの考え方の根源を、時代を縦に、
    それぞれの社会の内部の不安定性については横串を入れながら述べる手腕に唸ったものだ。
    白川方明さんの趣味は金融政策だそうだが、私はオックスフォード以来、
    趣味は歴史哲学となった。
    宮沢喜一蔵相(当時)は海外出張の機中ではジ・エコノミスト誌を手離さなかった。
    到着すればすぐやりとりが始まるからね。世界経済の概観は欠かせなかった。
    しかし、補佐の任に当たる私は、機中で哲学書を読んでいればよかった。

     ――社会科学の命題は、反証可能性(リフュータビリティ)がなければならない、つまり、「どんな証拠を突きつけてもその命題が間違っていることを証明できないなどという命題は、経験に基づく社会科学の命題たりえない」というポパーの問題提起は、共産主義をはじめとする全体主義批判の根幹となった。

     (黒田) 世界に「悪」が存在することと神の善性は
    矛盾しないことを証明しようとする弁神論と史的唯物論とには類似性以上の関係がある、
    というのがポパーの見解だ。
    いずれも論拠が「反証可能性を欠く」のである。
    「下部構造」によって「上部構造」が規定されるとする有名な命題も、
    反証しようにもその手掛りとてない。
    しかし歴史的にはこうした反証可能性を欠く命題を根拠に、
    次々と屁理屈と断定とが飛び出してくるというわけだ。
    プラトンとヘーゲルとマルクスとを結びつけるものは、
    反証可能性を欠く命題に依拠した論理展開とみるのだ。
    全体主義が登場するにはそれぞれにそれなりの背景があるが、
    閉鎖社会への退行には共通の論理構造がある。

    <「何も言ったことにならない」日銀の理屈>

     ――ナチズムが生まれたのは、王なき王党派(ドイツ皇帝は退位)と革命を成就できなかった敗北せる左派との対立のなかで、埋め切れない政治空間が生まれ、その隙に国家社会主義が忍び込むというワイマール共和国の悲劇が起きた。ポパーはナチズムにオーストリアが支配される脅威が高まったとき離国し、のちに英国を選び取った。単なる政治主義的主張によっては状況の克服は難しいという歴史的現実が、ポパーを駆り立てたわけだ。

     (黒田) 衰退、右傾化、孤立化という表現が日本に関してつきまとうようになった。
    中国にはGDPで、韓国にはコモディティ(汎用品)で劣後したという総括のなかで、
    日本社会の内部の亀裂線の拡大とでもいうべきものも気になる。
    もちろんポパーが論究の対象とした全体主義が、日本に登場する気配があるわけではない。
    しかし閉鎖された社会という構図は、改めて見つめ直されるべきではないか。
    となればその基準は、
    反証可能性のない命題で自らを防衛してきた者たちを
    「敵」として意識化することから生まれるのではないか。

    日本経済のデフレ持続によって、雇用基盤が脆弱化し、
    投資意欲の衰えによって付加価値生産性の伸び率が損なわれた。
    社会内部の亀裂から目をそむけることはできない。
    これが日本社会の実情だ。デフレを単に金融現象とみるべきかどうか、
    については諸説ある。
    しかし日本銀行が果すべき役割が無視できるほど小さいわけではない。

    反証可能性のない命題のひとつが
    “セントラル・バンカーは常に物価上昇に対して警戒的でなければならず、
    セントラル・バンカーの正統派は常に厳しめの金融政策を実行する”というものだ。
    経済については物価だけでなく、雇用や投資なども含めて総合的な検討が必要だ。
    日銀がもし物価の庭だけをきれいに掃き清める一方、
    落葉が隣地や公道にまであふれ出しているとすれば、
    それは重大問題であろう。

    ところが日銀は反証可能性のない「セントラル・バンカー仮説」で武装したまま、
    開かれた社会において具体的な目標提示をしてこなかった。
    私が過去20年近く日銀の金融政策の組み立てに問題点が多いと指摘してきたのは、
    この点だ。
    ヘーゲルは白馬にまたがるナポレオンがロシアを
    目指して烽火に染まるイエナの地に入城するとき、
    「見よ世界精神が行く」と評したというが、
    「世界精神」とは何を意味するのかがそもそもわからないし、
    したがって反証の仕様もない。それと同じような話だ。

     史的唯物論による未来社会透視の基本も「世界精神」に類したものだ。
    われわれは反証可能性のある命題を提示しつつ、細い尾根道を歩き続けねばならないのだ。
    何も言ったことにならない荒唐無稽な命題に束縛されるという傾向が、
    敗戦後の日本で見られた。イデオロギーというやつだ。
    今日までの日銀がこの当時の左派に該当するとは思わないが、
    日銀イデオロギーが存在したことは間違いない。
    ハイパー・インフレ批判は当然だが、金融政策の打ち出す基準について言えば、
    1つひとつが反証可能性のあるものであったかどうか。
    異次元の金融緩和には、1つひとつ反証可能性が埋め込まれていると考えてくれてよい。
    私はポパーの徒としての道を歩みたいと思う。

    <競争を忌避する既得権益勢力>

    ――政府の赤字を日銀が貨幣化していく財政ファイナンスが開始されたのではないか、という警戒心も市場の一部には広がっているが。

     (黒田) 私は5年間の金融政策を預かった。
    2年で2%の物価上昇率にコミットしている。
    当然のことながらその後のことも考えている。
    財政規律の確立だけは、いかに経済のグローバル化が進行しようとも、
    主権国家がその運営について自らの責任をとらねばならない領域だ。
    日銀は国債を買い続ける銀行として突出しようとしている。
    自らの貸借対照表の資産の部に計上するものについて、
    バンカーとしてその価値維持に関心を払わないということはありえない。

    ――いざとなれば、荒唐無稽な命題を振りかざす勢力と、対決していくということか。

     (黒田) 反証可能性のない命題を提供し続けてはならないその第1は政府である。
    日本経済の内部に競争を忌避する勢力が巣食っているという指摘が登場して久しい。
    既得権のようにしてこうした勢力が力を保ってきたのは、政治との癒着のゆえである。
    日本社会を絆の維持とかコミュニティの連続性とか、
    反証可能性のない命題で覆うことから日本の政治は退出すべきである。
    具体的な基準と工程表とが、財政規律の確立を巡って政府から提示されるべきは当然だろう。
    社会保険会計の赤字も広い意味での政府赤字であり、政府が責任を持つべき領域である。

    日銀が反証可能性のある命題の提示という責任をまず明らかにした。
    政府は規制撤廃などを含め、同様の視点から命題の提示を行なうべきであろう。
    「開かれた社会」を維持し続けるためには、相応の責任遂行が、
    あらゆる部門で行なわれねばならない。

    ――黒田日銀によって「開かれた社会」に向けての水門が開かれたというわけか。

     (黒田) そうした受け止め方が広がれば、私はうれしい。

    {私はここで目が醒めた。春の宵の心地よい夢だった。日本の言論に基準がなくなっているとの思いが私にも強いだけに、ポパーの徒の活躍を願いたい。そしてわれわれもまた言論を通じて基準づくりの一助を担うという決意を固めねばならないだろう。}

  23. なんか、すごいコメントが来てるなぁ。

    二(三かも)流大学卒の私では、テンから頭に入っていきませんよ。

    何故、中銀が未来の納税者からの徴収金を担保にして、通貨を異次元にバラまくことが、
    そんなに素晴らしい事なのか腹に落ちてゆきません。

    投機で儲かれば、私的には中銀が何をしようが知ったこっちゃないですが、
    日本の現状は、金融政策でどうのこうのできるファンダメンタルズじゃない(15年の蓄積)
    ので、「一発かましたれ」の日銀のイチかバチかの投機的政策と思います。

    だから、勝手に家族名義でサラ金で大金をファイナンスして競馬に行く穴狙いのオヤジが、
    そんなに御大層にエライわけありませんって。ギャンブラー魂は尊敬しますけど。

  24. 「日銀券も国債も広い意味での政府の債務なので、

    どうして一方は価値が維持されて、

    一方が暴落になるのだろうか???」

    国債は、すでに霞を喰ってるようなものと広く認識されてるから分かるとして、ニッポン、いや日本銀行券はそもそも政府の信用を担保としていることを忘れがち。「オレ銀行券」「子ども銀行券」になぜ価値がないのか意外と整理できてない気が。。銀の純度を政府が刻印して保証するのが貨幣の起源とすれば、すでに紙、電子データとかに変わったし。金塊はいったい何トンこの世に存在するのでしょう?

    ニッポン銀行券を目に見えないマジックで「日本銀行券」と修正してあるように見えたり見えなかったり。ま、透明人間も見えてしまったら半透明人間ってことになりますわな。半透明人間の出現のほうが、見えない透明人間よりも人類はパニックになるでしょうな。

    バブルは、それが膨らませた風船で、中身はカラッポで、破裂するものなんだと破裂してから気がついた。それまでその風船はほとんどの人の目には「価値」にしか見えなかった。そしてそれは繰り返す。サブプライムも。ポンズィスキームも。

    そろそろ「第3の目」の出現が待たれる。

  25. インフレ期待が醸成されたといいながら、市場は2%の物価上昇には懐疑的。
    広い意味での政府債務?の中央銀行券で国債をフローで7割、ストックで3割買い占める。
    通貨の信用を無くしたハイパーインフレと、普通のインフレ、国債のデフォルトはそれぞれ意味合いが違う。
    3割が高齢者、雇用の半分が非正規の状態で年2%の物価上昇が予想されたからと言って、
    1日4食食べたり、車や家をローンで買いますか?
    貸出金利が1%下がったからといって、設備投資を増やしますか?

    インチキな経済学より常識的な行動で判断しましょう。

  26. 黒田氏の政策を議論する基本姿勢は、一言で言えば哲学者のカール・ポパーの文献から彼が受け取ったものが大きいと思う。ポパーの著書の中で最も有名なのは『開かれた社会とその敵』だろう。

    ポパーは、社会科学の命題を経験によって修正していく命題の積み重ねとしていかに編むことができるのか、ということに心を砕いた人であった。逆に言うと経験的なもので命題を修正することができないある種イデオロギーのようなもの、どんな事実が出てきても揺らがない命題に従って判断するということに対して根底的な拒否反応を示していた。我々の知っている20世紀の歴史ではこれは「マルクス主義」であったと言えるだろう。
     
    マルクス主義の規定はいくつかあるが、例えば「下部構造が上部構造を決める」という命題がある。これは、経済における関係が上部構造としての政治システムを決めるというものである。ポパーはこうした命題に頭から反対した。湯気を立てて論駁していた。

    そうした中で彼の行きついた社会科学の命題は「refutable(反証可能性がある)」ということであった。即ち、一つの命題が定義されたときに、その命題が真であるかどうか論拠を挙げて反駁できるかどうか、これこそが命題であるということだった。これがマルクス主義との長い対立を強いられた時代にポパーが行きついた命題であったのだ。
     
    これを今日の経済政策で考えると、命題は真か偽かというとき、真とも偽とも言えない、一種のtautology(同義反復)を続けるものが命題として数々存在することは我々も良く知っている。

    金融政策に関して黒田氏がこの10年以上に亘って感じていたのは「金融政策の目的、あるいは金融政策展開における拘束条件は、やはり客観的に一度提示するべきだ」いうことだったのではないだろうか。それが正しいかどうかはまさにrefutableなものであり、違っていれば変えればよい。しかしrefutableなものとして提示すべきであると彼は考えたのではないか、というのが私の感想である。

    日本銀行について考えてみると、伝統的な考え方として「そもそもセントラルバンカーとは」という命題があった。これは日本銀行に限らず、由緒正しい組織には常にあるテーマだと言えるだろう。そして「そもそもセントラルバンクとは」、「立派なセントラルバンカーとは」という命題は、状況の中で簡単に変わったりするものではないという認識があった。

    もちろん20世紀の世界経済の歴史においては、スーパーインフレを経験した地域、時代はあった。誰がどう考えてみても、貨幣価値の安定が中央銀行の役割として重要であることは間違いない。しかし、中央銀行は常に物価の安定に配慮しなければいけないという否定できない命題の中から「しかし経済の変数は他にもある」というテーマも出てくる。
     
    例えば企業収益の改善が長期に亘って阻まれていると、それはやがては雇用情勢の悪化を招く。あるいは投資が見られないことによって、生産性の伸びが低くなる。次第に国際競争の中においてはその立場が悪くなる。

    そう考えると「生産性を引き上げる投資が持続的に出続けているのか」、「社会において雇用の場は多くの人が満足する形で提供されているのか」等々のテーマは、物価の安定と同時に議論されるべきテーマであるという命題も、決して間違っているわけではない。
     
    黒田氏が日本銀行のこれまでの在り方に対して違和感を持っていたとすれば、物価の安定はもちろん重要なテーマであるが、それは他の無視することのできない命題と並んで立っているものの一つだという点だろう。

    議論の仕方や命題の立て方はrefutableな命題としていくつかを立てるという手法になる。例えば、「職場は増えているのか」、「生産性を引き上げる投資は我が社会で続けているのか」の二つはつけ加えることができるだろう。
     
    一見、日本銀行の政策は安定的のように見えるが、物価の安定は自分の庭を綺麗にするだけで落ち葉を庭の外に掃き出している行為であり、例えば、外が公道だとすると、公道に落ち葉を出しているだけで、自分の庭が綺麗だからと言ってそれで悦に入ってもらっては困ると黒田氏は感じたのではないだろうか。

    もちろん日本銀行の中からは「とんでもない。我が庭さえ良ければ、公道に落ち葉を押しやって良いと考えているわけではない」という反論が出てくるだろう。ただ社会科学の命題をrefutableなものを重ねることを通じて、即ち経験値から学び、命題そのものの修正を図るという態度が決定的に重要だというポパーの主張に若き日に同感した黒田氏にとってみると、物価の安定以外の経済目標に対して鈍感過ぎるのではないかという感触があったのではないだろうか。

    「上部構造は下部構造によって決定される」という命題を覆すのは容易ではない。同様に「貨幣価値の安定は重要である」という命題は極めて重要であり、正確な目的描写である。しかしそれはrefutableなものとして、即ち、他の経済条件等々との兼ね合いについて何か述べているものではない。この点に問題があるというのが黒田氏の判断だったのではないだろうか。

    黒田氏が日本銀行総裁に就任した今日、日本経済の金融を巡る情勢は決して容易なものではない。今後はまさに複数の目標を同時に達成していかなければならない。「果たしてそのための手段に見合うだけ我が社会は持ち得ているのかどうか、財政規律の喪失があるのではないか」これは命題であり且つ恐れでもある。

    今後は、常に背後から、財政規律の喪失という刃を突き付けられながらの金融政策であり、容易ならざることは間違いない。今までとは違う立場に置かれた黒田氏がどのような形で自らの姿勢をrefutableなものとして提示するのかについて、この命題を彼にぶつけつつ、議論をする機会を持ちたいと思っている。

    真偽はわからないが、よく「日銀総裁はこの日本橋界隈の蕎麦屋に昼食をとりに出ることもままならない」と言われている。この本石町あるいは日本橋室町付近で蕎麦でも食べようと言えるのかどうか、近いうちに「蕎麦屋に昼食をとりに行けますか」という命題がrefutableかどうか試してみたい。

  27. フランス革命の展開を横目に見ながら、ヘルダーリンとシェリングの2人はカントの観念論哲学への批判に没頭したが、ヘーゲルは当初それには加わらなかった。

    当時彼は、大衆哲学(popular philosophy:哲学を、学問的修練を積んでいない大衆にも理解されるよう著述する動き)の仕事を成し遂げることの方に興味があったからである。大衆哲学者は著述を通じ、哲学の今日的な問題を紹介したり、啓蒙主義を普及させる方法を議論したりしており、多くがロック・リードなどイギリス思想に精通していた。

    ヘーゲルは、大衆哲学のやり方でカントの批判哲学を完成させたいと思っていた。こうしてテュービンゲン時代において、ヘーゲルはヘルダーリンやシェリングが関わった高度に神学的(かつ技巧的)な議論には懐疑的な立場をとった。

    彼がカント哲学の実践の試みよりもむしろ、その問題点の解決が重要であると認めたのは、1800年になってからのことである。

    その後家庭教師を経て、1801年、ヘーゲルはイェーナ大学に私講師の席を手に入れる。このときの就職論文『惑星の軌道に関する哲学的論考』(惑星軌道論)で、かねてから興味のあった天文学で尊敬するヨハネス・ケプラー(出身が同じであった)こそが惑星の運動法則の本質の発見者であり、アイザック・ニュートンは数学的に発見したのみであるとニュートン批判を論じた(これは後に『自然哲学』で再び論じられる)。

    彼の講座は絶大な人気を誇るようになり、同じ時間にショーペンハウアーが講座を開いたが、1人の出席者もないほどであった。その後、員外教授 (Extraordinary Professor) に昇進。

    しかし1806年、イエナ・アウエルシュタットの戦いに破れたプロイセンがナポレオンに征服されると、イェーナ大学は閉鎖せざるを得なくなった。ナポレオンはイェーナに入城し、それをヘーゲルは見た。ヘーゲルはこの時の事を「世界精神が馬に乗って通る」と表現している。

  28. ハイパーインフレが起きたジンバブエでそれを沈めた政策は、通貨の放棄(=ドル)
    だったとか。
    独自の通貨を持つ中央銀行はそれにより「通貨=金融政策」を行うことができます。
    よく「物価の安定(番人)」といいますが「貨幣的現象」の物価であり実質は「大人銀行」の
    「通貨の信用=番人」が実体。
    グローバル経済、巨額の投機マネー、変動為替、など昔の経済学を構築した土台が変化していると考えないで「普遍的な経済学」を唱えている20世紀の経済学者は信用に値しないと。

    まあ、割安レベルに放置されていた株を持っていた私は儲かったので劇薬・毒薬・カンフル剤も
    不利益にはなっていませんが、リフレ派の将来責任は誰も取らないでしょうね…

  29. 大体、ただ金預けるだけで自分で考えもせず儲けようという考え自体が間違っているのでMRI事件もそうだが、預ける方が100%悪い。

    まあ、程度の差はあれ、金融業界はいかに騙して金を集めて、手数料ふんだくるかという商売だから。

  30. 「ある人が西暦元年に1マルク預金したとして、それを年5%の複利で計算すると、その人は現在、太陽と同じ大きさの金塊を四個分所有することになります。別の人が西暦元年から毎日8時間働き続けてきたとします。彼の財産はどの位になるのでしょうか。わずか1.5Mの金の延べ棒一本に過ぎないのです。」
    ミヒャエル・エンデ

  31. エンデのやるせない気持ちには同情しますが、預金も立派な投機商品ですよ、キプロスを
    見て下さい。平和ボケしたヤマト国の住民の多くが、普段気付いてないだけです。

    ですから預金とは、リスクを取って他人に命の次に大事なゼニを貸すギャンブルです。
    不労所得をもらわねばやってられません、元金を割る危険もあるわけですから。
    大変危険な証拠に、現在、太陽と同じ大きさの金塊を四個分所有する人類はいません、
    どこかの時点でギャンブルに負けたのです。

    労働者として毎日8時間働くことは、その点リスクは少ないです。労働をして給料日に
    お金をもらえず、逆にお金を取られたなんて、タコ部屋・マグロ船のたぐいを除いて
    ありません、どんなにスズメの泪の額だとしても貰えます。そのかわり不労所得を得ら
    れないので、いつまで経っても石川啄木状態で手をジッと見るだけです、労働者本人は
    気付いていませんが、ギャンブルに不戦敗し続けているからです。

    橘さん流に言えば、生命そのものが誕生以来、ギャンブルをして進化してきたので、
    喰われるシマウマは喰うライオンに比べてやるせない、と言っても詮無いことです。
    たしかに、美しい話ではないですけど。

    アベノミクスで、一般個人投資家の中にも「億り人」が出て来ているそうです、他方に
    ブラック企業で低賃金で働かされ心身とも疲弊している人もいます。この事実は変えよう
    がありません、要は自分がどちら側に行きたいのか個人の選択です。

    全人類が、平等に、自分の能力を社会の為に生かして、その報酬をもらい、幸福に生きてゆく
    のは素晴らしいですが、スターリン、毛沢東、ポル・ポト、金日生 やらのお世話になるのは
    エンデの本懐ではないでしょう。

  32. 非ケインズ効果って、極限とれば、

    政府が所得を全部没収して、

    政府が必要な分を全部引いた残りを国民に渡せば、

    国民は将来不安がなくなって安心して生活できるようになる、

    という「国民総ドM+官僚=貴族化」で中世ヨーロッパの貴族社会にしたいと言っているようにしか思えない今日この頃。

  33. インフレはいついかなる場合も貨幣的な現象でしたか。

    マネタリズムとケインズ経済の家庭内別居経済とは言いえて妙ですね。

  34. エンデ氏もいい歳してドヤ顔でそんなこと言わなくていいのにな( ・´ー・`)
    中二病かよ。

    皆さんもそういう事は小学校で掛け算習ったときに気づくでしょ。
    俺も同じで、電卓使って1.06✕1.06✕・・・・・・を数百回やりましたよ(笑
    で、世紀の大発明したようなドヤ顔で親父に言ったら、
    大岩四丁目さんの32番書き込みと同じ事を教えられました。
    (大航海時代の船乗りと投資家の話。定番ですよね。)
    そういう事は、子供のうちに学んで当然で、そういう恥ずかしい経験を通じて
    やがては指数や対数を概念を学んで行けば、勉強など余裕です。

    で、教育費高騰とか言ってますが、そんなのバカが払う税金だと思えば、何の問題も
    ないじゃないですか。
    ここを見てる皆さんだったら、子供の勉強くらい簡単に教えられますよね。
    受験生の学年だけ、塾に行ってテクニックを身につければ十分で、
    大学生になって塾講師バイトやれば、1年程度の塾代なんて余裕で元がとれます。
    私立大学?そんなのお金を出してもいいって親御さんの家だけ行けばいいじゃないですか。
    そんなの、生きていくのに必要な教育投資とは無関係な消費ですよ。

  35. 緊縮財政は宗教。

    理屈は関係ない。

    財務省OBや御用学者の発言を聞いているとそんな感じがするな。

    世界恐慌の原因となった金本位制信者とおんなじ。

    カルト信者と議論してもしょうがないじゃん。

  36. 頭の悪いマネタリストが若干名いらっしゃる(笑)。
    しかも一番レベルの低い、素朴に貨幣数量説を信じるタイプですね・・
    彼らの脳内はどういう論理で動いているのか。自己矛盾だらけ。
    ラインハート/ロゴフの議論を、反例をひとつだけ挙げて否定してみたり、購買力平価=ビックマック指数という前提で議論したり、支離滅裂で突っ込みどころ多すぎだな…
    極め付けは「為替レートは金融政策で決まる」という妄想。
    アホはおいといて、白川総裁時代の日銀が批判されたのは「期待への働きかけ」の面だろう。
    海外でも、ヘリコプターマネーのメリットを公に肯定するコロンビア大のマイケル・ウッドフォード教授のようなエコノミストの影響力が大きい。マーケット・マネタリストの主張に近いこのグループの議論では、人々の期待に働きかけることで中銀はゼロ金利下でも政策効果を達成し得るということになっている。去年ジャクソンホールで発表されたウッドフォード教授の有名な論文(http://kansascityfed.org/publicat/sympos/2012/mw.pdf)によれば、フォワードガイダンス(中銀が明確な将来の政策見通しを与え期待に働きかける手段(時間軸政策も含まれる))とバランスシート政策(バランスシートの大きさや構成の変化を実際に行うことでフォワードガイダンスを強化する政策(広義の量的緩和))を使うことで、一般価格レベルに影響を与えることが可能。ただ、マネタリーベースの拡大がなぜインフレ予想を高めるのかという理論的根拠が乏しく、学者特有の机上の空論感は拭い得ない。
    答えは実際にやってみないとわからない。財政状況の厳しい日本のような国が社会実験をしているわけだから、彼らは、実験が成功しようがしまいが、喜んでいるだろう。
    ただ、ハーバードのグレゴリー・マンキュー教授が20年近く前に書いた論文(http://www.kc.frb.org/publicat/sympos/1995/pdf/s95manki.pdf)が素朴に真実を示していると、わたしは思いますがね。
    日本についていえば、デフレは不況の原因ではなく、結果であるという事実がすべてでしょう。金融政策だけでは何も解決しません。
    日本の雇用慣習では価格調整がスムーズに行われるため、新興国との競争で名目賃金が下がる一方、欧米では下方硬直性があるため賃金は下がらない(レイオフで調整される)。この数十年の欧米と日本の名目賃金の変化をグラフで見れば明らかだ。この賃金変化率の差で、日本と欧米のインフレ率の差をすべて説明できてしまう。
    通常、企業収益が増加した結果として賃金は上昇する。だが日本では、このメカニズムが働かない雇用制度・慣習のため、好調な業績でも企業は賃上げではなく、一時金で対処しようとする。逆に不景気には、正社員を守るために労使一体となり賃金を抑制する。
    また、この国では貧乏な若者から金持ち老人に所得移転されるため、所得再分配後に貧困が悪化するという結果になっている。消費性向の高い層から金を取り上げて、「健康」くらいにしか金を使わない消費性向の低い老人に移転されている。
    こんなシステムの下で、じゃぶじゃぶマネーだけ増やしたところで、実体経済にはたいした影響はなく、財政危機を引き寄せているだけのように見えますがね。
    結局、重要なのは構造改革。まあ無理でしょうけど・・

  37. pt さん:
    >消費性向の高い層から金を取り上げて、「健康」くらいにしか金を使わない消費性向の低い老人に移転
    要は、派遣の女の子が不遇で、老人が優遇されている現状を
    逆転させる制度が望ましいってこと?

    派遣の女の子を一般職正社員にすれば、そりゃあ、バブル期のOLみたいに
    ファッションだ旅行だと、ガンガン消費するかもしれませんね。
    でも、そんなことしたら、この先何十年も、これまで以上に「お局様」が会社に大量発生しますよ。
    そんなとんでもない不良債権の処理を、中年になってからやらされるのは
    俺たちじゃないですか。
    マックジョブしかできない子が、「同じ釜の飯を食う仲間」なんですか?

    どうせ後から別の問題が出てくるだけなら、現状のままでいいですよ。

  38. マネタリズムとケインズ経済が、
    このまま融合するか乖離するか。
    目が離せません。

  39. >>38
    マクロの話をしているのに、あなたの私的な恨みを言われても・・・
    君には論理性というものいがないのかい?あなたの言動を見ていると、一般的な人々にとって幸福は相対的なものというのがわかる(笑)。
    まず、消費性向の高い若年層は、派遣社員の女性だけではないのだけど。まあそれはいいとして、デフレを解消するには需給ギャップを埋める必要がある。でも現状の制度では、お金を使う層から使わない層に所得移転されているので、消費が増えない。ならば、金を使う層に所得移転する方がデフレ脱却の助けになる、と指摘しているだけなのだが。ここに価値判断は何もない。
    ま、感情的にはわからなくもないが。実際に、どうしようもないバブル期入社の「お局様」を思い出しましたよ(笑)。
    似たような例で、某総合商社の大学時代の女性の友人が「一般職の女性は結婚相手を探しに会社に来ているので、仕事より化粧の方を気にしている」と嘆いていたね。単なる嫉妬なんだけどね。
    ただ、こういう感情的な話にわたしは興味がない。
    女性に関して言えるのは、日本の社会制度の歪みをうまく利用して生きている層は悠悠自適に過ごせる一方、制度の“ダークサイド”側で生きている層は悲惨でしょうね。悠悠自適といっても、何かに依存しているわけだが・・
    高度成長期に最適化された硬直的な社会システムの下で人口動態が変化し、少子高齢化になった結果、日本の若年層は制度的に差別されている。
    こうした年齢・性別・雇用形態による差別を正当化する論理は存在しないのだけれども。
    リバタリアン的には、日本の制度の下で会社で働くことによる依存の大きさと失うものの多さがわかる。
    個人的には、もう会社にも日本国にも依存していないので、どうでもいいです(笑)。

  40. 小幡さんもかなり苦しそうだな。

    そこまで無理してメディアで露出し続ける理由はなんだろう?

    実は貧乏?

    RーR論文の間違い発見した院生のインタビュー記事読んだが、

    誤りの内容(GDP成長率の平均値の求め方)は、

    実証分析する人間としてはありえない間違いだと思う。

    悪意があったか、

    バカな院生にやらせたかどちらかじゃないと、

    ロゴフたちがトンデモになってしまう。

    っていうか、

    財政再建派の人ってあまりコメント出してない気がするが、

    ちゃんと再推計して、

    擁護すべきなんじゃないのか?

    デフレの時に消費税上げると今のイギリスみたいになっちゃうかもね。

    MBとインフレの相関ないので量的緩和効果ないと短絡的に結論づけれられるなら、

    財政赤字と長期金利の相関もないので、

    どんなに財政赤字拡大しても長期金利上がらないという結論になるが、

    同時に主張する人は皆無。

  41. 日本で世界標準の金融政策が実現しただけなのに、

    「期待を操作するのはいかがなものか」とか、

    市場知らない某氏の見方を支持する、

    シジョーカンケイシャのセンスのなさが、

    これまた素晴らしい。海外でいろいろ話をしていると、

    日本での意味不明な議論って、

    本当に滑稽だよ。。

    ソロスチャートが効かない局面だけに注目する、

    シジョーカンケイシャ。

    センスのかけらも感じられない。

    どう考えてもトンデモでもな論説を必読とか推奨する経済学者って何なんでしょうねw 

    経済学って仲間が書いているなら何でも推奨する不思議な学問というのは、

    ガラパゴスな日本だけで起こること。

    教育者としてかなり問題がある態度だし、

    率直に言って、

    相当な害悪になっていると思うよ。

    こういうメディアの人たちが昔もいたから高橋是清は暗殺されたんだねぇ

    もともと、副作用がなければ、やらない理由はないのだから。

    池田氏は勘違いしているのではないか。

    試されるのは、色々な理由をつけて積極的な政策に反対し、

    FT社説の言う「傍観」、ソロスの言う「緩慢な死」を支持していた彼の側だろう。

  42. 意識高い系のヒトって、

    「銀行が頭を悩ます国債バブル」とかに反応するよね。

    日銀発の記事垂れ流す某新聞とかまじめに読んじゃっているんだろうなぁ。

    だから、これから何が起こるかが、冷静に考えられないんだろうね。

    で、こういう人たちの考えが変わるのが転換点だから、僕は注視している。

    小黒さんや小幡さんといった若手経済学者の金融緩和に関する懸念はよく理解できる。

    しかし、そういうリスクをとって金融緩和を実施したんだから、

    過ぎたことよりも、この先どうすればいいか、考えてくれないだろうか? 

    反リフレ派は敗北感を捨てて先に進もう。。。

    米国10年金利がかなり低下しても円安。

    日本の実質金利が異常に高かったのが、

    日銀のレジームチェンジで米国同様に実質金利がマイナスになり、

    それがインフレと景気回復をもたらす構図が、

    ドル円を依然決めている。市

    場では、「円高リスクw」を言う人間はほぼ皆無。

    さてどうしようかなと。

    米国の経済学者は、経済学の視点から中央銀行について積極的に論じるよね。

    いいことだよ。

    どこぞの国では、おかかえ学者が、

    ガラパゴスでバイアスにまみれた意見しか言わないので、

    議論が全く深まらない。

    でも、心ある経済学者にとって、今チャンスだよね。

    日本ではマネタイゼーションだぁと大騒ぎしている方が多いですが、

    実際に米欧英で圧倒的にマネタリーベースが増えており、

    どこの国も財政赤字をファイナンスしているわけですね。

    MB増/財政赤字の比率は日本が一番低いはず。

    マネタイゼーション騒ぐなら、

    米欧に対してこそまず言ってくれ頼むよ。

  43. 通貨の不信任であるハイパーは起きないと思ってましたが、中銀が国債の3割近くを保有すると
    金利上昇で危険水準になってしまわないか。
    日本では国債=GDP*2。で中銀がその3割を保有。(=GDPの6割)
    欧米は悪くても国債=GDP(100%)程度ということはマネタイが日本以上なら、
    欧米の中銀は(リスク資産も含め)国債の保有はGDPの6割以上?
    たぶん違うでしょう、フローのマネタイ(財政赤字のファイナンス)とストック(累積)の
    問題。
    まあ、世界中で緩和してマネタイ増やして財政赤字をファイナンスして先送りして…
    って大丈夫?って思います。

  44. pt さん:

    >一般的な人々にとって幸福は相対的なものというのがわかる(笑)。
    日本国内で生活するうえでは、相対的といえる面が多いと思いますが。

    要は、デフレだろうがインフレだろうが、自分の所得や資産に対して
    より小さい割合で、より良い生活ができればいいんですよ。

    例えば、現状の年収がフリーターの4倍だったら、
    あくまでそれを保持したうえでのデフレ脱却でなければ、
    その価値も半減します。

    >こうした年齢・性別・雇用形態による差別を正当化する論理は存在しないのだけれども
    年齢:現50代が定年退職すれば解決するから、あと少し待てばいいんですよ。
    性別:女性は就職に不利な新設学科を選ぶ傾向があるから、どうにもなりませんよ。
       国際、心理、コミュニケーション、ネットワーク???何考えてんの?
       医者や技術者といった、まともな専門職に就いている女性が
       出産等で不利になる状況を緩和する措置は個別に必要ですが、
       あくまで個別の課題です。
    雇用形態:若者間に限っては、能力と待遇のバランスはよくとれているので
       そこをいじると、かえっておかしな事になります。
       お局様と派遣の子のバランスがとれてないからといって
       派遣の子を正社員にしてしまえば、今度は総合職正社員との
       バランスがとれなくなります。

    >日本の制度の下で会社で働くことによる依存の大きさと失うものの多
    そんな悲観的な事を仰らないでください。
    制度の歪を積極利用してこそ、リバタリアンの本領ですよ。

  45. マネタリズムとケインズ経済、
    この家庭内別居経済状態に対し、
    中央銀行である日本銀行が取る次なる一手とは・・・!?

    乞うご期待

  46. NINJAローンってアタマ良い人が考えたんですよね?

    アタマ良すぎてアタマ悪いっていういい例ですよね。アタマ良いのはよーく分かったから、周りに迷惑かけんなよって話。アタマじゃなくて運が良かっただけの話を、ドヤ顔で言うんだよね。。

  47. アベノミクスが施行されてしまった以上、その延長線上でどのような日本経済の回復や成長の方途が考えられるか…というのが本書の論旨のようですが。驚いたのは唯一の結論が「地下バブルに期待する」というものであること。

    具体的には、よりいっそうの都市への集中が説かれています。著者のイメージからは違和感もありましたが、読んでみると正当で、銀行出身の著者らしい現実を踏まえた説得力のある内容になっています。

    適正な地価になっていない地方都市の地下上昇と、都市への資本や人口の集中でサービス産業を伸ばすことが説かれています。90年バブルとは異なる適正?なバブル、適正な地価上昇に活路を見出そうとする机上の論議ではない主張はリアルで、日本の将来にまだ期待できることが可能なのだとちょっと感激しました。

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