楽天的すぎるくらいがちょうどいい 週刊プレイボーイ連載(94)

 

「とりたてて理由はないものの、毎日が憂鬱でなにもする気がしない」

「近い将来、とんでもなくヒドいことが起こるにちがいないと思う」

「ときどき不安でいてもたってもいられなくなる」

こんなふうに感じることはありませんか?

うつ病はなぜあるのでしょうか。現代の進化論では、この謎を次のように説明します。

人類がその歴史の大半を過ごした石器時代では、サバンナの真ん中で昼寝をする太っ腹より、ささいな物音にもびくびくしている小心者のほうが子孫を残す率が高かった。火と武器を手に入れるまでは、ヒトはマンモスなどの大型獣を狩る狩猟者ではなく、肉食獣のエサだったからだ――。

もちろんいまでは、街を歩いていたらいきなりライオンが襲ってきた、などということはありません。しかし遺伝子は文明の進歩に追いつくほど早く変化できないので、私たちはまだ石器時代のこころのままコンクリートジャングルを生きています。必要以上に将来を悲観したり、実体のないものを恐れたりするのは、原始人だった頃の名残なのです。

とはいえ、いつもおどおどしているだけでは新天地を開拓することなどできません。どんな環境でも生き延びて子孫を増やすには、好んでリスクをとる冒険者が必要です。

不安神経症的な傾向はすべてのヒトに共通しますが、うつ病の出現率は人種によって異なることが知られています。うつ病は日本、中国、韓国など東アジアの国に多く、アメリカやイギリスなど欧米諸国ではそれほどでもありません(「うつ状態」の出現頻度は米国人の9.4%に対して日本人は30.4%)。

これまでこの現象は、集団主義的で抑圧的な文化と、自由で開放的な文化のちがいだと考えられてきました。ところが最近、「東洋にうつ病が多いのは遺伝的なものだ」という研究が出てきました。

うつ病の治療に有効なセロトニンの伝達に関係する「セロトニントランスポーター遺伝子」にはS型とL型があります。この遺伝的なちがいは性格に反映し、S型の遺伝子を持つひとは不安を感じやすく、逆にL型の遺伝子は快活で楽天的です。

日本をはじめ東アジアの国々では、S型の遺伝子が70~80%を占めます。それに対して欧米諸国では、S型の持ち主は40%程度しかいません。アメリカ人が底抜けに陽気なのは、彼らの遺伝子がL型だからかもしれないのです。

うつ病が遺伝子型で決まるなら、そこから文化を説明することも可能です。

日本や中国、韓国、シンガポールなどで集団主義的な社会が生まれたのは、ひとびとの不安感が強く、人間関係をできるだけ安定させようとしたからだ。それに対してヨーロッパの個人主義は、自主独立と冒険を好む遺伝子から生まれた……。

もちろんこの生理的な解釈が正しいと決まったわけではありません。しかし、人種(民族)間の遺伝子の差が文化のちがいに反映されるという証拠は徐々に増えてきています。

S型遺伝子が大半を占める日本人は、自分が過度に抑うつ的になりやすいと考えて、羽目を外して楽天的になるくらいがちょうどいいのかもしれません。

 参考文献:安藤寿康『遺伝子の不都合な真実』

『週刊プレイボーイ』2013年4月8日発売号
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