最低賃金を上げても若者は都会を目指す 週刊プレイボーイ連載(599)

少子高齢化にともなう人手不足でアルバイトやパートの時給が大幅に上がっています。東京では風俗でなくても時給1500円を超える募集が珍しくなくなり、これまでは「ありえない」とされた時給2000円時代が到来するかもしれません。

そうなると、若者はますます東京など都市部に惹きつけられ、地方は空洞化してしまいます。そこで地方議会から、最低賃金を「全国一律」にすべきだという声が相次いでいるといいます。

「東京の方が給料がいいならそっちに行くのは当然。都市との生活で差がありすぎるから、どんどん担い手がいなくなる」というのですが、はたしてこの理屈は正しいのでしょうか。

最低賃金の引き上げを求めるひとたちの大きな勘違いは、法律で賃金を上げればみんなの収入が増えると考えていることです。もしこんなに簡単に経済格差が解消できるなら、さっさと時給3000円にすればいいでしょう。

しかし実際には、最低賃金を上げると人件費コストが大きくなるので、企業は従業員を減らそうとするかもしれません。これでは本末転倒で、逆に失業者が増えてしまいます。最低賃金引き上げの経済効果については経済学者のあいだでも議論が分かれていますが、急激に引き上げた韓国ではこのような負の効果が見られました。

また、人件費コストを賄うために商品やサービスの価格を上げると、物価が上昇して実質賃金がマイナスになることも考えられます。日本は「デフレから脱却」したあと、2年ちかくも実質賃金が減りつづけています。

はっきりしているのは、東京で賃金が上がっているのは政府が命令したからではなく、市場原理によって、需要(求人)に対して供給(応募)が足りないからだということです。それに対して地方で賃金が上がらないのは、そもそも需要がないからでしょう。

しかし、高校を卒業した若者が地元を離れるのは、給料のいい仕事を探しているからだけではありません。それよりずっと差し迫った理由は、「恋愛や性愛の自由市場がない」ことでしょう。

子どもの数が少なくなった地方では学校が統合され、町で会うのはどこかで知っている顔ばかりです。学校時代のいじめなどの理由で、地元の「友だちの輪」のなかで性愛のパートナーを見つけるつもりがないのなら、都会に出る以外に選択肢はありません。

そうでなくても、そもそも思春期は、新しい経験をして、新しい友人や恋人をつくることに大きな魅力を感じる時期です。しかし地方では、こうした冒険の機会がなく、まわりにいるのは「同級生」「先輩」「後輩」か、そうでなければ高齢者ばかりなのです。

日本の人口動態は、20代の若者が都市に集まり、そこでパートナーを見つけて結婚すると、子育てのために地価の安い郊外に転居するという流れになっています。コロナ禍でリモートワークが定着したことで、こうしたライフスタイルはますます広がっていくでしょう。

それに加えて、都市部の賃金が需給によって上がっているのだから、最低賃金を「全国一律」にしたところで地方に太刀打ちできるはずはありません。その結果、利益率の低い脆弱な地元の会社の廃業が相次ぎ、地方からますます若者がいなくなると予想しておきましょう。

参考:「生活費大差ないのに 都市と地方最低賃金には開き」朝日新聞2024年3月3日

『週刊プレイボーイ』2024年4月15日発売号 禁・無断転載

ニューヨーク版「セレブという生き方」

ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。

今回は2017年11月9日公開の「気鋭の社会学者が見たニューヨークの最底辺とセレブの意外な共通点と超えられない壁」です(一部改変)。

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スディール・ヴェンカテッシュはインドで生まれ、カリフォルニアで育ち、シカゴ大学で社会学を学んでいた。文化人類学や社会学にはエスノグラフィーという分野があり、文明と接触した経験のない伝統的社会(かつては「未開社会」と呼ばれた)や、先進国のなかのマイノリティー集団などと長期間行動をともにし、フィールドワークによって独特の文化や行動様式の解明を目指す。スディールのやりたかったのは、このエスノグラフィーの手法を使って、「アメリカで貧しい黒人として生きていくのはどういう経験か」を調べることだった。

スディールはシカゴ大学の近くに、学生たちが「ぜったいに足を踏み入れてはならない」と指導されている団地があることを知る。そこで、社会学の調査票をもってその団地を訪ねることにした。

――ということではじまるのが『ヤバイ社会学』(望月衛訳/ 東洋経済新報社)で、日本でも話題になったから知っているひとも多いだろうが、そのさわりだけ紹介しよう。 続きを読む →

グローバル資本主義に抵抗するアートも資本主義化していく

ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。

今回は2018年5月10日公開の「ニューヨークで生まれた「武器としての文化」が
やがて権力に取り込まれディストピアになるまで」です(一部改変)。

GSPhotography/Shutterstock

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今回は、ネイトー・トンプソンの『文化戦争 やわらかいプロパガンダがあなたを支配する』(大沢章子訳/ ‎ 春秋社)を紹介したい。

本書の原題は“Culture as Weapon The Art of Influence in Everyday Life”で、『武器しての文化 日常に潜む影響力のアート』になる。著者のトンプソンは、「ニューヨークでもっとも刺激的かつ著名な芸術家集団「クリエイティブ・タイム」のチーフ・キュレーター」で、現代アートの最先端にいるひとだ。本書の面白さは、そんなトンプソンが現場の視点から、反権力のはずのアートが権力(政治や資本主義)に奉仕する現状をシニカルに分析していることにある。 続きを読む →