日本人を好きだけど嫌いなあなたへ 『(日本人)』発売のお知らせ

みなさまへ

幻冬舎から、『(日本人)』が12日に発売されます。「かっこにっぽんじん」と読んで、「“日本人”をいちどカッコに入れてみよう」という意味を込めました。

都内の一部書店では、すでに店頭に並んでいるようです。Amazonでも予約注文が可能になりました。

私たちはごく自然に、「日本人は」とか、「日本社会は」などといいますが、こうした語り方の背後には、「日本(人)は特別だ」という暗黙の了解があります。論者によって、「日本はスゴい」というひともいれば、「だから日本はダメなんだ」というひともいますが、「世界のなかで特別な私たち」という意識は同じです。

この本では、こうした“日本特殊論”からすこし距離を置いて、「私たちはいったいどんな場所にいるのか?」を考えてみました。それは、「私はいったい誰なのか」という問いでもあります。

これまで日本は、「空気」の支配する社会だとされてきました。しかしここでは、「空気」ではなく「水」から、日本社会を分析しています(「水」がいったいなんであるかは、本書をお読みください)。

私たちはみな、日本(人)が好きで、同時に、日本(人)を憎んでいます。この本を書き得たたことで、私たちの抱えるそんな暗いどうしようもなさの謎を、いくばくかでも解くことができたのではないかと考えています。

私たちは、〈夢〉を語ることが困難な時代を生きています。しかしそれでも、私たちは〈夢〉を見ずにはいられません。

一人でも多くのみなさまに、手にとっていただければ幸いです。

橘 玲

第15回 放置自転車 ハッピーな解決法(橘玲の世界は損得勘定)

放置自転車はどこでも頭の痛い問題だ。駅前を管理する自治体だけでなく、商店街やビルのオーナーも同じで、なかなか有効な対策がない。

仕事場を借りているビルの1階店舗が閉店したら、たちまち自転車の放置が始まった。みんな自転車を置ける便利な場所を探していて、誰かが最初に放置すると、なんの罪悪感もなくそれにならうのだ。そんなわけで、ビルの前はたちまち自転車で埋まってしまった。

翌朝、ビルのオーナーが仁王立ちになって、自転車をとめようとするひとたちを怒鳴りつけていた。70歳はとうに超えていると思うのだが、これでは健康にもよくないだろう。

夕方には業者が呼ばれ、店舗前がロープで囲われた。しかしそれでも、わずかなスペースを見つけて自転車を放置する不届き者がいる。オーナーはその自転車を引きずり出しては、歩道の脇に積み上げている。ますます健康に悪そうだ。

放置自転車は都会のウイルスみたいなもので、どんな場所にも侵入し増殖していく。たった一人で対抗しても、制圧できるわけはないのだ。

むなしいたたかいを数週間つづけたあげく、オーナーは一計を案じて(あるいは営業マンに教えられて)、ビルの前に有料の自転車置き場を設置した。コインパーキングと同じ仕組みで、100円で10時間、自転車をとめておくことができる。

こんな方法でうまくいくのかと見ていたら、驚いたことに、“コイン自転車パーキング”はいつも満杯の大盛況だ。

私はずいぶん前に徒歩生活に切り替えたので自転車ユーザーではないのだが、これを見ると、彼らがじつは自転車の放置にかなりのストレスを感じていたことがわかる。

最近では放置自転車の監視もきびしく、見つかれば怒られるし、撤去されたら取り戻すのも面倒だ。しかし自治体の駐輪場は抽選で、スーパーの駐輪場には行列ができているから、「まあいいや」と放置してしまうのだろう。100円で安心して駐輪できるなら安いものなのだ。

それに、10時間で100円という料金設定も絶妙だ。自転車をとめて会社に行き、8時間働いて戻ってくればぴったりだ。残業のときは追加料金を払わなければならないが、「ついてないや」とあきらめられるだろう。

もちろんコイン自転車パーキングにも、わずかな隙間に自転車を押し込む輩はいる。しかしこれは、そうとうに勇気のいる行為だ。

ほかのひとたちはみんな、100円を払って自転車をとめている。ズルをしているところを見つけたら、注意はしないまでも不愉快に思うにちがいない。以前はオーナーが一人で怒鳴っていたが、その監視をこんどはみんながやってくれるのだ。

自転車の放置は悪気がないから、いくら道徳や倫理を説いても解決しない。撤去にかかる手間や費用を考えると、歩道などの共有スペースもコインパーキング化すればみんながハッピーになれると思うのだが、どうだろうか。

橘玲の世界は損得勘定 Vol.15:『日経ヴェリタス』2012年4月22日号掲載
禁・無断転載

毎月分配型投信の不都合な真実

『日経ヴェリタス』4月29日号の特集「静かなる投信革命」のなかに、「毎月分配型からマネー流出」(山下茂行、松本裕子記者)というインパクトのある記事が掲載されている。とりわけ衝撃的なのは、毎月分配型投信の元本払い戻し度合いを一覧にした表だ。

これは日本の投信業界の歪んだ構造を象徴するものなので、そのまま紹介したい。

この表の見方は簡単で、たとえば人気ナンバーワンのグローバルソブリンは、この1年間の運用成績が0.8%で、投資家に年7.8%の分配金を支払っている。ということは、足りない7%分は元本を取り崩していることになる。ようはタコ足配当だ。

これを見ると、驚くべきことに、31本の毎月分配型投信のなかで、運用成績の範囲で分配を行なっている(元本を取り崩していない)投信はわずか1本しかない(「ダイワ日本国債ファンド」で分配率2.3%)。残りはすべてタコ足配当で、そのうち6本にいたっては、運用成績がマイナスなのに分配金を支払っている

そのなかでも「日興アッシュモア新興国3分法毎月・レアル」(日興アセットマネジメント)は、運用成績がマイナス8.8%なのに投資家に21.4%の分配を行なった結果、なんと元本の3分の1(30.3%)を払い戻すことになった。

また「グローバル・ハイ・イールド 資源国」(野村アセットマネジメント)、「新興国債券ファンド通貨選択 レアル」(三菱UFJ投信)、「米国ハイ・イールド レアルコース」(野村アセットマネジメント)、「ピクテ新興国インカム株式ファンド」(ピクテ投信投資顧問)、「アジア・オセアニア高配当成長株オープン」(岡三アセットマネジメント)も、元本の2割前後を1年間で払い戻している。

投資家の資産を誠実に運用する職業倫理を負っているはずの運用会社は、こんな「運用」にいったいどんな意味があるのか、ちゃんと説明すべきだ(説明できるものなら)。

記事に書かれているように、投信会社は元本取り崩し分に「特別分配金」という紛らわしい名称をつけて、多くの投資家が「ボーナスのようなもの」と誤解していた。それを金融庁に指摘されて、これからは「元本払戻金(特別分配金)」と表記するらしい。

もちろんこうした指導にも多少の効果はあるかもしれないが、金融庁には、そもそもこのような投信の存在が許されていいのか、ぜひ真剣に検討してほしい。

いくらなんでもヒドすぎる。