子どもはほめるとダメになる 週刊プレイボーイ連載(247)

「強く願えば夢はかなう」というポジティブシンキングは日本でも人気です。その源流であるポジティブ心理学では、うつ病や神経症など、こころのネガティブな側面だけを研究してきた従来の心理学を批判し、楽観主義で幸福に生きることを説きます。

水の入ったコップを見て「半分しかない」と思うか、「半分も残っている」と思うかは主観の問題ですが、心理的な効果は大きく異なります。生き物の進化の歴史を考えるならば、私たちがつねに悲観的(ネガティブ)にものごとを見るように「設計」されていることは明らかです。肉食獣がうようよいるサバンナで、天気がいいからとのんびり日光浴を楽しむような原始人はまっさきに死に絶えてしまったでしょう。

とはいえ石器時代より格段に安全になった現代社会で、おなじようにびくびくしながら生きる必要はありません。こころのネガティブな本性を考えれば、楽観的すぎるくらいの方がちょうどいいのです。

ここまでは説得力ある理屈ですが、これを子育てにあてはめ、「子どもはほめて伸ばす(自尊心を高める)」となると話が変わります。さまざまな研究によって、子どもをただほめるのは意味がないばかりか有害でもあるとわかってきたからです。

成績のかんばしくない大学生を無作為に選び、試験前に自信を持たせる応援メッセージ(君ならできる!)を毎週送ったところ、さらに成績が下がって落第必至になってしまいました。自尊心の低さと薬物依存や10代の妊娠などの問題行動のあいだに相関関係があることは間違いありませんが、ここから「自尊心が高いのはいいことだ」という結論は導けません。高い自尊心は、自尊心が低いのと同様に問題なのです。

研究者は、自尊心の高さの利点として実証されていることは2つしかないといいます。ひとつは自主性が高まることで、もうひとつは機嫌よく過ごせること。これにはよいと悪い面があって、信念に基づいて行動し、リスクを引き受ける強い意志を持ち、困難を克服したり失敗から立ち直るのには有効ですが、その反面、周囲の反対を無視して破滅的な行動に走ったり、自分が他人より優れていると思い込んだりします。ほめられた子どもは、それだけで満足して努力しようと思わないのです。

プロスポーツの世界では、アスリートに成功したプレイの映像を見せてポジティブなイメージを高めるのではなく、ミスをした場面を繰り返し見せるメンタルトレーニングが行なわれています。これは失敗を反省させるためではなく、試合でミスをしても過剰に反応しないようにする訓練です。どんな選手でもミスはします。勝敗を分けるのはそのときパニックを起こさず、不利な状況に冷静に対処できるかどうかなのです。

とはいえ、ポジティブシンキングがまったくのムダというわけではありません。

ドイツの小学校で英語を習いはじめた子どもたちに、「英語が話せたらどんないいことがあるか」作文を書かせたところ、夢を語ることで成績が大きく伸びることがわかりました。しかしこれには条件がひとつあります。

もっとも効果があったのは、英語の勉強がどれほど大変か、ネガティブなこともいっしょに考えた子どもたちだったのです。

参考:ロイ・バウマイスター、ジョン・ティアニー『WILLPOWER 意志力の科学』 インターシフト

『週刊プレイボーイ』2016年6月20日発売号
禁・無断転載

『不愉快なことには理由がある』の文庫版が発売されます。

『不愉快なことには理由がある』が集英社文庫になりました。発売は23日(木)ですが、都内の大手書店には明日から並びはじめます。Amazonでも予約注文できます。

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女は男より競争が得意? 週刊プレイボーイ連載(246)

「女性は男性より競争に消極的で、出世争いで不利だ」といわれます。これは根拠のない偏見ではなく、次のような実験で確認されています。

男女2人ずつのグループに計算問題を解いてもらい、正解すると100円の報酬を支払います。5問解けば500円もらえる「出来高払い」の条件では、男女に成績の差はありませんでした。

次に4人を競争させ、もっとも多く問題を解くと賞金の全額を受け取れるという「勝者総取り」にルールを変えてみます。自分が6問解き、残りの3人が5問なら2100円もらえるのですから、みんな必死に問題に取り組みます。この競争によって全体のパフォーマンスは向上しますが、やはり結果に男女差はありませんでした。

最後に研究者は、男性と女性の参加者にどちらのルールが好ましいか訊きます。すると、勝てる確率は同じにもかかわらず、男性の7割強が「勝者総取り」を選び、女性の7割弱は「出来高払い」を望んだのです。

女性の「競争嫌い」は脳科学でも説明できます。脳の後部に位置する視覚大脳皮質は相手の表情から感情を読み取ることに関係しますが、ストレスを与えられると女性はこの領域が著しく活性化するのに、男性は逆に活動が抑制されます。これは緊急事態への対処法が男女で異なるためで、強いストレスを受けると女性は周囲のひとたちの共感を捜し求めるのに対して、男性は周囲の反応を無視して問題に集中しようとするのです。

進化の歴史を通じて、男性(オス)は「競争する性」、女性(メス)は「投資する性」として淘汰の強い圧力を受けてきました。女性を獲得できなければ子孫を残せない男にとって失うものはありませんが、女性は妊娠から授乳まで大きな投資をして子どもを産み育てます。失うものが多ければ、リスクに対して慎重になるのは当然です。

あらゆるゲームに共通するのは、「リスクをとらなければ勝利はない」ということです。男女の生理的な差を考えれば、競争社会の勝者に男性が多いのは「ガラスの天井」のせいではなく、参加者の数のちがいということになります。

しかし、競争にはもうひとつ、「負ければなにも得られない」という現実があります。リスクをとった勝者の背後には、敗者となって脱落していく膨大な数の男性がいます。彼らが社会の底辺にふきだまるようになったのが「格差社会」です。

こうして、問題はじつは無謀なリスクをとる男性の側にあるのではないか、との主張が出てきます。男性は自分の能力を過信して「勝てる」と錯覚しており、女性は自分の実力を冷静に判断して不利な競争を避けているのです。この仮説を証明するように、勝つ見込みがあると思えば、女性は男性よりも積極的にリスクをとり、勝負に執着するとの研究も現われました。

現代のような複雑な社会では、勝ち負けはスポーツのようにすっきりとは決まらず、優勢と劣勢が入れ替わりながらずっと続くのがふつうです。男性は決着のつく「有限ゲーム」は得意ですが、終わりのない「無限ゲーム」を生き延びるには、不利な競争を避けて有利なときだけリスクをとる女性の戦略の方が効果的です。

こうして先進国では、徐々に女性が社会の中核を占めるようになってきました。日本は男女平等ランキングで世界最低レベルの101位ですが、「女性が活躍できない社会に未来はない」のです。

参考:ポー・ブロンソン、アシュリー・メリーマン『競争の科学-賢く戦い、結果を出す』 実務教育出版

『週刊プレイボーイ』2016年6月13日発売号
禁・無断転載