平成最後の年の「確実な未来」 週刊プレイボーイ連載(367)

平成最後の年が幕を開けました。未来のことは誰にもわかりませんが、それでも確実にいえることがふたつあります。

ひとつは、日本社会の少子高齢化がますます進むこと。「真正保守」の安倍政権は、専業主婦モデルを破壊する「女性が輝く社会」を掲げ、定年延長で年金の受給開始年齢の引き上げを模索し、外国人労働者の受け入れ拡大に踏み切りました。どれも保守派が反対する(国際的には)リベラルな政策ですが、「安倍政権はじつはリベラルだった」という話ではなく、人手不足が深刻化する日本では、保守であれ革新であれ、なりふりかまわず「1億+外国人総活躍」に突き進むしかないのです。

もうひとつは、テクノロジーの性能が指数関数的に向上していくこと。AI(人工知能)が囲碁や将棋のプロを次々と打ち負かして衝撃が広がりましたが、技術進歩は後戻りしないばかりか加速しているので、いずれもっと驚くことが起きるでしょう。

専門家の予測があてにならないのは定番ですが、それでも(ほぼ)すべての研究者が合意していることがあります。それは、先進国を中心に格差がますます拡大するだろうということです。

格差拡大の理由は「グローバリスト(ネオリベ)の陰謀」ではなく、知識社会の深化=進化です。仕事に必要なスキル(知能)のハードルが急速に上がっていくのに対し、ヒトの認知能力はそれほど早く変化できないため、プライドをもって働いて家族を養っていた中流層が職を失うようになりました。アメリカでは白人中流層がドラッグ、アルコール、自殺などで「絶望死」しており、これがトランプ大統領誕生の背景にあります。

格差拡大は「陰謀」ではありませんが、その影響を無視することはできません。経済学者は世界各国の膨大な統計を調べ、格差の大きな社会は他人への信頼感が低く、精神疾患や薬物乱用が多く、肥満に悩み平均余命が短く、学業成績が低く、殺人などの暴力事件が多発し、その結果多くのひとが刑務所に収監されていることを統計的に示しました。

これは格差に反対するひとたちが飛びつきそうな話ですが、なぜか日本ではほとんど話題になりません。その理由は、OECD諸国のなかでもっとも経済格差の小さな国が日本で、女性の地位などいくつかの例外はあるものの、ほとんどの指標において北欧諸国と並ぶ「最優等生」になっているからでしょう。「格差社会日本」を批判したいひとたちは、この研究に言及してはならないのです。

とはいえこれは、昨今流行りの「すごいぞ、ニッポン」ではありません。日本社会でも格差拡大で多くのひとが不満や不安を募らせています。欧米では、こうした不満や不安が何倍、何十倍にも膨らんでいるのです。

そう考えれば、イギリスの「ブレクジット(EUからの離脱)」、トランプをめぐるアメリカ社会の分裂、フランスの「黄色ベストデモ」、イタリアや東欧での排外主義政権の登場など、世界を揺るがしたさまざまな出来事の背景が理解できるでしょう。

この「格差圧力」がますます強まっていくことも、私たちの確実な未来なのです。

参考:リチャード・ウィルキンソン、ケイト・ピケット『平等社会』(東洋経済新報社)

『週刊プレイボーイ』2019年1月4日発売号 禁・無断転載

明けましておめでとうございます

明けましておめでとうございます。

今年がみなさまにとってよい1年でありますように。

2019年元旦 橘 玲

ロシアに登場したキャプテン翼/2018年7月3日 日本×ベルギー(ロストフ・アリーナ)

 

官民ファンドの蹉跌は日本社会の象徴 週刊プレイボーイ連載(366)

鳴り物入りで始まった国内最大の官民ファンド、産業革新投資機構(JIC)が経済産業省と対立し、社長や民間出身取締役全員が辞任するという異常事態になりました。報酬や運用方針について経産省官房長と文書を交わしたにもかかわらず、高額報酬への批判が高まると一転して報酬案を白紙撤回し、運営に国の関与を強めようとしたことが混乱の原因とされています。

世耕経産相は「事務的な不手際」があったとして事務次官を厳重注意処分にしましたが、社外取締役の弁護士は「すでに有効に成立した契約の効力について、このような主張をするのは、法治国家の政府機関として法律的に納得を得られるものではない」と述べており、JICの取締役会が官房長の文書を「契約」と見なしていたことは明らかです。そのことに触れられたくないからことさらに「事務的」を強調し、事務次官と大臣の給与を自主返納することにしたのでしょう。

安倍政権の成長戦略の一環として、官民ファンドは各省庁の主導で、「民間が手を出しにくい事業にリスクマネーを提供し新産業を育てる」という目標を掲げて2012年以降に乱立しました。しかし会計検査院の調査では、310億円の投資で44億円もの損失を出したクールジャパン機構(海外需要開拓支援機構)をはじめとして、14ある官民ファンドのうち6つが損失を抱えていることが明らかになって強い批判を浴びました。JICはこの反省から、政府からの独立性を高め、金融のプロが迅速に投資活動できるようにすることで、日本に「エクイティ文化」を根づかせるという高邁な理想でスタートしたとされています。

しかし、官民ファンドはもともと、各省庁が自分たちの権益を強化し天下り先を確保することを目論んでつくったものです。その最たるものが経産省所管のクールジャパン機構なのですから、その官庁に失敗の後始末を任せるのは「盗人に追い銭」というか「焼け太り」そのものです。最初はきれいごとをいってそれなりの人材を集め、あとから自分たちの好き勝手にやろうと画策していたのに、思わぬところで批判の火の手があがったため慌ててちゃぶ台をひっくり返したというのが真相でしょう。

そもそもお役人のいちばんの仕事は国民の税金を私物化することで、政治家の仕事はそのおこぼれに預かることです。「政府から独立した官民ファンド」などというのは定義矛盾で、お役人になんの役得もない組織など最初から成立するはずはなかったのです。

日本は「先進国のふりをした身分制社会」なので、お上は下賤な者との契約などいつでも勝手に反故にしていいと考えています。相手に辞任を迫りながら自分たちは「注意」と「自主返納」でけじめをつけたと言い張るところにも、政治家やお役人の選民意識がよく表われています。そんな国を「法治国家」と勘違いしたことが、ひどい目にあったJICの社長や民間取締役の蹉跌なのでしょう。

個人的には、日本がどのような社会なのかを広く国民に示すためにもうちょっと頑張ってほしかったのですが、バカとつきあって貴重な人生の時間をムダにすることを誰にも強いることはできません。その意味では、こうした終わり方になるのも仕方なかったのでしょう。

『週刊プレイボーイ』2018年12月21日発売号 禁・無断転載

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今年の更新はこれが最後です。よいお年をお迎えください。