国民の3人に1人が「敬老」される国 週刊プレイボーイ連載(447)

世界でもっとも早く超高齢社会に突入した日本では、「敬老の日」で敬う高齢者の数がどんどん増えています。65歳以上の人口は1年間で30万人増えて3617万人となり、高齢化率(人口に占める高齢者の割合)は28.7%で、団塊ジュニア世代が高齢者となる2040年には35%を超えて国民の3人に1人が「敬老」される側になります。

誰も未来を知ることはできませんが、その(ほぼ)唯一の例外が人口動態です。戦争や内乱、疫病などで大量死する恐れがなくなった現代では、先進国だけでなく新興国でも半世紀後までの人口をほぼ正確に予測できます。

なんらかの「奇跡」が起きて若い女性がどんどん子どもを産むようになったとしても(そんなことはあり得ないでしょうが)、その子たちが成長して納税者になるまでには20年以上かかります。高齢者の急増で財政が逼迫し、社会保険制度が維持困難になることはずっと前からわかっており、いまからなにをしようが日本の未来はすでに決まっているのです。

「そんなことはない。若い移民にどんどん来てもらえばいい」という意見もありましたが、最近ではそうした声もだいぶ小さくなってきたようです。ヨーロッパで「移民問題」が、アメリカで「人種問題」が噴出し、社会が大きく動揺しているからで、ひと昔前には想像すらできなかったことですが、いまや欧米のリベラルな知識人が「移民の少ない日本社会は安定している」と評価するようになりました。

とはいえこれは、「多様性がない方がうまくいく」ということではありません。日本企業の幹部・役員は「日系日本人、男性、中高年、特定の大学卒(学士)」というきわめて一様な集団で占められており、これがリスクをとらずイノベーションを起こせない理由になっています。グーグルのようなシリコンバレーのテクノロジー企業は、多様な文化的背景を持つ社員たちの交流から、世界を変えるようなとてつもないアイデアを「創発」しているのです。――世界じゅうから学生を集めるアメリカの大学の魅力も同じでしょう。

しかしさらに考えてみると、こうした「多様性」の背後には「一様性」があることが見えてきます。GAFAのようなテック企業の従業員には、「きわめて高い知能を持つ」という共通点があるのです。

多様性が大きなちからを発揮するのは、優秀なひとたちが共通のゴール(収益の最大化、研究実績、あるいは世界を変える“ムーンショット”)を目指すときです。さまざまな国籍のひとたちが雑然と集まっただけでは、「よいこと」は起こらないのです。

そればかりか最近の研究では、「移民が多いほど社会資本の水準が低下する」ことがわかってきました。アメリカでは移民の割合が多いコミュニティの住民ほど、(自分と同じ民族を含め)他人を信用する気持ちが乏しく、政府や行政、メディアを信用せず、慈善活動のような社会参画にも消極的だったのです。

日本の場合、高齢化と人口減で外国人労働者がいなければ経済が回らず、かといって移民が増えると社会が不安定化し、それ以前に、高齢化に押しつぶされそうになっている国に優秀な若者たちが来てくれるのかすらこころもとなくなってきました。この難問に解はあるのでしょうか?

参考:Robert D. Putnam(2007)E Pluribus Unum: Diversity and Community in the Twenty-first Century, Nordic Political Science Association
ハッサン・ダムルジ『フューチャー・ネーション 国家をアップデートせよ』NewsPicksパブリッシング

『週刊プレイボーイ』2020年10月5日発売号 禁・無断転載

どんどん貧乏臭くなった日本をふたたび「憧れの国」に 週刊プレイボーイ連載(446)

いまから10年以上も前の話ですが、バンコクで暮らしている日本人の知人から「日本大使館の対応がひどすぎる」という話を聞きました。タイ人女性と結婚したにもかかわらず、妻が日本に行けないというのです。

当時、日本政府は外国人の不法就労を警戒し、タイ人への観光ビザの発給をきびしく制限していました。その結果、妻を連れて里帰りすることすらできなくなってしまったのです。

しかし、驚いたのはここからです。

配偶者の観光ビザをめぐって理不尽な思いをするのは彼だけではなく、バンコクの日本大使館のビザ申請窓口では、連日のように担当者とのあいだで険悪なやり取りが交わされていました。大使館の担当者はタイ人で、交渉するのは日本人の夫とタイ人の妻です。そうするとある日突然、ビザ申請窓口がミラーガラスになってしまったというのです。

「“あなたの結婚は信用できません”といわれて、頭にきて相手を怒鳴りつけようとするでしょ。そうすると、目に前に映っているのは自分の顔なんですよ」と、知人は嘆いていました。

バンコクは狭い社会で、ビザの発給でもめると、それを恨んだタイ人の妻が伝手をたどって担当者の身元を洗い出し、嫌がらせをすることがある。大使館のタイ人職員がそんな不安を訴え、担当者が誰かわからないように窓口をミラーガラスに変えたのだそうです。

1980年代のバブルの時代には、海外旅行とは日本人が外国に行くことで、外国人が物価の高い日本に観光に来ることなどないと思われていました。2000年代になっても、中国や東南アジアから日本に来るのは出稼ぎ目的に決まっているとされ、タイから観光ツアーの受け入れを決めたときも「不法就労者が増える」との批判が沸騰しました。

しかしその後、状況は一変します。新型コロナが明らかにしたのは、外国人観光客の「インバウンド」がないと地方や観光地の経済が立ち行かないという現実でした。

1990年以降、中国の高度経済成長に牽引され、東アジア・東南アジア諸国の経済は大きく発展しました。それに対して日本は、平成の「失われた30年」でほとんど経済成長できなかったのですから、経済力の差はどんどん縮まっていきます。

しかし多くの日本人は、この事実(ファクト)を無視してきました。なぜなら「不愉快」だから。こうして、気づいたときには全国の観光地にアジアから観光客が押し寄せ、日本人でもめったに行けないような高級料理店が外国人富裕層の予約で埋まるようになったのです。

この変化をひと言でまとめるなら、「日本がどんどん貧乏くさくなった」でしょう。書店に反中・嫌韓本が並び、SNSで「ネトウヨ」が跋扈するようになったのは、「アジアでは圧倒的に一番」という日本人のプライド(アイデンティティ)が大きく揺らいだからです。

現実を否定しても現実は変わりません。日本人の「誇り」を取り戻すには、アジアのひとたちから「ゆたかで安全で“民度”の高い社会だ」と評価されるようになるしかありません。

新しい政権が、この課題に真正面から取り組んでくれることを願っています。

『週刊プレイボーイ』2020年9月28日発売号 禁・無断転載

意志力をふりしぼって成功すると寿命が縮む!? 週刊プレイボーイ連載(445) 

成功への鍵として自制心や自己コントロール力が注目されています。これは「やり抜く力(GRIT)」とも呼ばれ、「生まれつきの才能」はもはや重要ではなく、誰もがこのちからを伸ばして傑出した人材になれるともいわれます。

これは、半分正しくて半分間違っています。現代社会で、社会的・経済的な成功にもっとも重要な能力が「知能」であることは繰り返し証明されています。知識社会とは、「言語的知能と論理・数学的知能に優れた者が特権的な優位性をもつ社会」のことなのですから、これはトートロジー(同義反復)でもあります。

とはいえ、たんに「頭がいい」だけでは成功できないこともわかってきました。地頭はいいけれど勉強もせずに遊び呆けている子どもがどうなるかを考えてみればわかるように、成功するためには、目の前の欲望をすぐに満たそうとする「キリギリス」ではなく、将来の自分のためにこつこつ努力する「アリ」でなくてはならないのです。――偏差値70で自己コントロール力が低いよりも、偏差値60で「やり抜く力」をもっているほうが、ずっとゆたかで幸福な人生を手にすることができるでしょう。

行動遺伝学は、一卵性双生児と二卵性双生児の比較などを通して遺伝と環境の影響を推計する学問です。それによると、(成人後の)知能の遺伝率が70%以上であるのに対して、堅実性などのパーソナリティの遺伝率は50%前後とされています。思春期を過ぎると教育によって知能を伸ばすのは難しくなりますが、自己コントロール力の半分は環境の影響で、それを鍛えるのはいくつになっても可能なのです。

ここまではとてもいい話ですが、最近になって困惑するような研究が出てきました。意志のちからで欲望を抑えようとすると、勉強や練習の成果が落ちてしまうというのです。

なぜこんなことになるかというと、「意志力をふりしぼることで脳のリソースを使い果たしてしまうから」だそうです。「徹夜で勉強したけどぜんぜん頭に入らない」という経験は誰にもあるでしょうが、これは限りある資源を別のところで使っているからなのです。

さらに不穏なのは、貧困家庭に育った若者が高い自己コントロール力を使って成功したとしても、さまざまな病気を発症し老化が早まるという研究です。比較的恵まれた家庭で育った若者には、このような現象は見られませんでした。

ハンディキャップを乗り越えるために意志力をふりしぼると、身体がストレス反応を起こし、血圧が上昇したりします。これが長期間つづくと、やがては健康に重大な影響を及ぼすかもしれないのです。

このような負の効果を避けるにはどうすればいいのでしょうか? そのもっともシンプルな解決法は、「好きなことをする」でしょう。勉強でも仕事でも、好きなことであれば、そもそも意志力を使って身体を痛めつける必要ありません。「努力は寿命を縮める」のだとしたら、私たちは「やり抜く力」ではなく、「頑張ってもストレスにならない生き方」を身につけるべきなのかもしれません。

参考:Jane Richards and James Gross (2000) Emotion regulation and memory: The cognitive costs of keeping one’s cool, Journal of Personality and Social Psychology
Gregory E Miller et al(2015)Self-control forecasts better psychosocial outcomes but faster epigenetic aging in low-SES youth, PNAS

『週刊プレイボーイ』2020年9月14日発売号 禁・無断転載