持続化給付金の不正受給で日本の未来がわかる? 週刊プレイボーイ連載(449)

新型コロナウイルスの影響で売上が減った事業者などを支援する持続化給付金で、大量の不正受給が発生しました。給付金の上限は中小企業が200万円、フリーランスなど個人事業者が100万円ですが、トラブルが多発しているのは申請要件の甘い個人事業者向けです。

報道によると不正受給の手口は、

  1.  税理士などが前年度の架空の確定申告書を作成する
  2.  申請者はそれを使って税務署で期限後申告し、控えを受け取る
  3.  今年度の架空の売上台帳で売上が減少したように見せかけて、確定申告書類とともに給付金を申請する

という単純なものでした。この手口が広範に行なわれていたことは、不正受給を報じた地方新聞社で複数の社員の不正受給が発覚したという、笑えない話でもわかります。

不正受給の指南で、紹介者や偽の申請書類を作成した税理士は半分程度のキックバックを受け取っていたようです。1人につき50万円ですから、10人で500万円、不正受給者を100人集めれば5000万円のボロ儲けです。反社会的組織の関与も疑われていますが、大金に目がくらんで手を染めた素人もたくさんいたでしょう。

不正が許されないのは当然として、不思議なのは、なぜ「どうぞズルしてください」のような制度にしたかです。申請者が継続的に事業を行なっているかどうかは、確定申告を3年ほどさかのぼれば確認できます。そうしたケースはすぐに支払い、「去年事業を開始し、しかも期限後申告」という疑わしいケースの事業実態だけを調べればじゅうぶん防げたはずです。

それにもかかわらず、なぜこんなかんたんな不正防止策を講じなかったのか。その理由のひとつに、1人10万円支給で「給付が遅い」「申請したのに給付されない」とメディア(とりわけワイドショー)がさんざん行政を叩いていたときと、不正受給の手口が広まって疑わしい申請が届きはじめた時期が重なったことがあるのではないでしょうか。その結果、「性善説」に立って迅速な給付をするしかなくなったとしたら、これはまさに「人災」です。

しかしさらに考えてみると、そもそもこんなアナログな方法で給付していることが異常です。マイナンバーは国民全員に付与されているのですから、それを税務申告データと銀行口座に紐づけ、申請内容と照合すれば不正をはたらく余地はなくなるでしょう。

このようなシステムが整備されていれば、本人がいちいち売り上げの減少を申し立てる必要すらなくなります。マイナンバーで銀行口座の入出金額を把握し、新型コロナ以降に収入が減ったひとだけを効率的に抽出して適切な給付をすればいいのですから。これなら、富裕層や収入の安定した公務員、年金受給者にまで1人10万円を配るようなバカげたことをする必要もなくなります。

日本政府は2000年に、「5年で世界最先端のIT国家を目指す」と宣言しました。それにもかかわらず20年かけてこの体たらくでは、電子政府化を進める世界各国との距離は逆にどんどん開いていくばかりです。菅新政権は「デジタル化」を掲げて発足しましたが、このままではきっと、2040年になっても同じ愚痴をいうことになるのでしょう。

『週刊プレイボーイ』2020年10月19日発売号 禁・無断転載

第92回 日弁連「脱法」が暴露したこと(橘玲の世界は損得勘定)

神奈川県弁護士会の元会長が、在任中の報酬全額を返納するとともに、その額に相当する月額顧問料15万円を2年間受け取る顧問契約を結んでいた。なぜこんな奇妙なことをするのかというと、年金事務所から厚生年金の加入義務を指摘され、それを逃れようとしたのだという。同会所属の弁護士4名がこれを悪質な「脱法行為」として提訴したことで、この興味深い事例が明らかになった。

さらに驚いたのは、弁護士会の総本山である日本弁護士連合会(日弁連)の会長と、15名いる副会長も厚生年金に未加入だとわかったことだ。そうだとすればこれは氷山の一角で、他の都道府県の弁護士会でも同様の「脱法行為」が常習化している可能性がある。

弁護士は法律の専門家だが、なぜ「法に定められた」厚生年金加入を忌避するのだろうか。

その理由のひとつは、厚生年金に加入すると、国民年金を脱退すると同時に、弁護士国民年金基金や個人型確定拠出年金(iDeCo)の加入資格を失うからだろう。これによって保険料が上がったり、将来の年金額が減るなどのデメリットがあるかもしれない。

しかしそれより大きな問題は、厚生年金の保険料が「労使折半」になっていることだろう。

日弁連会長の報酬は月額105万円とのことなので、厚生年金の保険料は上限の月額11万8950円。これを弁護士会と折半するから、本人負担は5万9475円だ。それに対して国民年金の保険料は月額1万6540円で、弁護士会の負担はない。

「年金保険料が上がったとしても、そのぶん将来の受給額が増えればいいではないか」と思うかもしれない。本人負担についてはたしかにそのとおりで、厚生年金の受給額は保険料に応じて国民年金より多くなる。

しかし、弁護士会が負担する保険料については話がちがう。厚生年金の会社負担分は社員の年金に反映されるのではなく、国家に「没収」されるのだ。

「そんなわけない!」と驚いた方は、毎年1回送られてくる「ねんきん特別便」の加入記録を見てみるといい。そこには、(会社負担分を含む)厚生年金保険料の総額ではなく、半額の自己負担分しか記載されていない。そして厚労省は、この自己負担分をもとに、「厚生年金は支払った額より多く戻ってくる」と主張しているのだ。

しかし、法律家はさすがにこんな「詐術」にだまされない。弁護士会が負担する保険料がドブに捨てるようなものだとわかっているからこそ、「脱法的」に逃れようと画策したのだろう。

ちなみに、日弁連会長の厚生年金保険料(総額)は年142万7400円、15人の副会長分を加えると年1000万円は超えるだろう。これを10年放置していたら、未払い保険料は1億円。傘下の弁護士会も同じようなことをしていたなら、債務総額はさらに膨らむことになる。

法律の専門家がこの“難問”をどのように解決するのか、楽しみに待つことにしたい。同じようなことで悩んでいるひとにもきっと役に立つだろう。

橘玲の世界は損得勘定 Vol.92『日経ヴェリタス』2020年10月4日号掲載
禁・無断転載

ダークトライアドとしてのトランプ 週刊プレイボーイ連載(448)

「史上もっとも見苦しい」と酷評された米大統領選の最初のテレビ討論が終わったと思ったら、トランプ夫妻が新型コロナに感染したというニュースが飛び込んできました(その後、回復しました)。アメリカ社会の混沌は深まるばかりですが、ここでは現実からすこし距離をとって、この事態をパーソナリティ(人格/性格)から考えてみましょう。

マキャベリズム、サイコパシー、ナルシシズムは社会的に好ましくない代表的な3つの性格で、これがすべて揃うことを「ダークトライアド(闇の三角形)」といいます。このタイプは他者への共感がなく、すべてが自分本位で、ささいな利益のために他人を操ろうとします。愛情や友情などとうてい期待できず、かかわった相手を片っ端から破滅させる、まさにモンスター的人格です。

このダークトライアドにあてはまる人物像として、トランプ米大統領ほどぴったりの例はないでしょう。トランプはことあるごとに、世界は強者(捕食者)と弱者(犠牲者)に二分されており、優れた者がすべてを手に入れ、敗者はなにもかも失うのが当然だと述べているのですから。

トランプ=ダークトライアド説はたしかに説得力がありますが、それが究極の「反社会的」人格だとすると、現実に起きていることがうまく説明できなくなります。ヒトは徹底的に社会的な動物ですから、「反社会的」なメンバーは真っ先に共同体から排除されるはずです。それにもかかわらずトランプは「世界最強国家」の権力の頂点に居座り、アメリカ人のおよそ半分がいまも熱烈に支持しているのです。

この矛盾は、次のように考えれば理解可能です。

感謝や思いやりの気持ちにあふれ、共同体のために生命を捧げることを厭わない「向社会的」な人物は、誰からも好かれ、高く評価されるにちがいありません。しかしこの「高徳なひと」が生存と生殖に有利かというと、そんなことはないでしょう。みんなのために真っ先に犠牲になれば子孫を残すことはできないし、平時であっても「いいひと」は一方的に利用されるだけかもしれません。とはいえ、向社会的なひとは共同体から排除される恐れがなく、そこそこの暮らしができるでしょうから、これは「ローリスク・ローリターン戦略」です。

それに対していっさい社会性がない人物は、一歩まちがえるとみんなの怒りを買って殺されてしまいますが、うまくすれば「いいひと」たちを出し抜いて大きな成功を収められるかもしれません。こちらは「ハイリスク・ハイリターン戦略」です。

だとすれば、ダークトライアドがたんに忌み嫌われるだけでなく、多くの追従者が生まれる理由がわかります。なぜなら、一発当てれば大きな権力を握る可能性があるのですから。社会的な動物である人間は、「反社会的」な人物を恐れながらも、称賛し憧れる「本能」をもっているのかもしれません。

向社会性というのは、ある意味、共同体の圧力から身を守る鎧のようなものです。ところがダークトライアドは防御をすべて放棄しているため、批判や中傷のような共同体からの攻撃にきわめて脆弱です。盾をもたない以上、すべての「敵」に全力で反撃し、殲滅しなければ生き延びることができません。

このように考えると、トランプの特異な性格をかなりうまく説明できるのではないでしょうか。

『週刊プレイボーイ』2020年10月12日発売号 禁・無断転載