日本の税制をハックし海外で暮らす若者たち(週刊プレイボーイ連載661)

イーロン・マスクの資産が一時5000億ドル(日本円で約75兆円)を超えたように、グローバル資本主義によって格差がとめどもなく拡大しているとされます。これは間違いではないものの、その一方で欧米や、日本をはじめとする東アジアでは、富裕層が急速に増えています。

プライベートバンクが毎年公表している富裕層レポートでは、2024年末時点で純資産100万ドル以上のミリオネアは全世界で約5200万人、そのうちアメリカが約2400万人と半数ちかくを占めています。次いで中国(633万人)、フランス(290万人)とつづき、日本は第4位で約273万人の億万長者がいます。

これらのミリオネアをみな世帯主として概算すると、アメリカではなんと5世帯に1世帯、日本でもおよそ20世帯に1世帯が純資産100万ドルを超えていることになります。富裕層の増加は主に先進諸国の都市部で地価が上昇したのが理由で、格差拡大が騒がれる一方で、わたしたちはとてつもなくゆたかな社会で暮らしているのです。

こうした「富の爆発」の象徴がビットコイン長者です。暗号とブロックチェーンのイノベーションを組み合わせたネットワーク上の通貨が登場したのは2009年1月で、翌年にはピザ2枚が1万ビットコインと交換されました。このピザの値段は、いまでは12億ドル(約1800億円)になっています。

このクリプト(暗号資産)に初期の頃から夢中になり、テクノロジーが社会を変えるという確信、あるいは国家が発行する通貨を忌避するリバタリアンの信念からその後も保有しつづけたひとは、短期間で大きな富を獲得しました。熱烈なビットコイン信者は「ビットコイナー」と呼ばれます。

日本では、株式・債券などの金融商品は分離課税で、配当や売却益に約20%の税を納めると課税が完結します。ところがビットコインなど暗号資産は金融商品と認められていないため、雑所得として総合課税され、その最高税率は地方税を含め最高55%です。

その一方で、金融商品でないことのメリットもあります。2015年の税制改正によって、国外に転出することで日本国の非居住者になり、なおかつ1億円相当以上の資産を保有している場合、その資産の含み益に所得税が課税されることになりましたが、暗号資産は課税対象の「資産」とは見なされないのです。

このようにしてビットコイン長者の若者たちが、不合理で理不尽な税制を嫌って日本を捨てるようになりました。いったん日本の非居住者になってしまえば、もはや日本国に税を納める必要はなくなるのです。

そんなビットコイナーの若者が東南アジアや中東のドバイなどで暮らしていることを知ってから、小説の題材にできないか考えはじめました。日本の税制を「ハック」して、一生使いきれないほどの富をもっていても、現地の言葉を話せない国で生きていくのは退屈でさびしいかもしれません。

そんな若者が「冒険」を求めたとき、なにが起きるのか。新作『HACK』(幻冬舎)ではそんな物語を書いてみました。書店で見かけたら、ぜひ手に取ってみてください。

参考:Global Wealth Report 2025 (UBS Global Wealth Management)

『週刊プレイボーイ』2025年10月27日発売号 禁・無断転載