第2の消えた年金問題 日経ヴェリタス連載(121)

いまから30年くらい前、30代半ばで独立を考えている頃に年金制度について調べてみた。

会社員が加入する厚生年金は、保険料の半分を会社が負担し、(当時は)1階が基礎年金、2階が厚生年金、3階が厚生年金基金とされていた。私の疑問は、厚生年金の基礎年金と、自営業者らが加入する国民年金のちがいだった。いろいろ調べてみたものの、その説明がどうしても見つからないのだ。

仕方がないので自分であれこれ考えて、基礎年金と国民年金が同じものだと気づいた。ではなぜ異なる名前がつけられているかというと、会社員が納めた基礎年金が国民年金の穴埋めに「流用」されているのを隠す必要があるからだろう。

私はこの“発見”を繰り返し本に書いた(そのなかにはよく読まれたものもある)が、誰からも相手にされなかった。

その後、「消えた年金問題」をきっかけに2009年から「ねんきん定期便」が郵送されるようになった。ところが会社員の定期便には、これまで納めた厚生年金保険料の累計額の欄に、「被保険者負担額」として本人が払った保険料しか記載されていない。会社負担分はどこかに消えてしまっているのだ。

なぜこんなことをするかというと、厚生年金には「不都合な事実」があるからだ。

定期便では、将来受け取ることのできる年金の概算が記載されている。会社員の場合、その額は納付総額のおよそ倍になっているはずだ。

ところがこの納付額は本人負担分だけで、会社負担を含めた「本当の」納付額はその倍になる。そうなると、新卒から定年まで年金保険料を納めても運用利回りはほぼゼロで、定年後に戻ってくるのは払った分だけということになる。これは要するに、社員の代わりに会社が負担した保険料が、年金制度を維持するために勝手に使われているということだ。

ところがメディアも年金の専門家も、定期便を見れば一目瞭然のこの“詐術”に触れようとはしなかった。私はこれを“ディープ・ステイト(暗黙の談合)”と呼んでいたのだが、数年前から、このことがSNSでしばしば話題になるようになった。会社負担分を記載しないのは、年金給付額を過大に見せるためではないかというのだ。

そしてとうとう、この4月から厚生労働省は、定期便に「事業主も加入者と同額の保険料を負担している旨を明記する」ことにした。

昨今、SNSはフェイクニュースの温床として評判がよくない。だがこの問題では、事実を“隠蔽”していたのは政府や既成のメディアで、SNSのちからによって“真実”が暴かれたのだ。

そもそも国家は、国民から徴収した社会保険料を半分に見せるような姑息なことをするべきではない。そしてメディアの役割は、こうした「国家の嘘」を報じることだろう。だが現実には30年以上、こうした自浄作用はまったく機能しなかった。

この小さな一歩によって、厚生年金保険料を収めているすべての現役世代が、国家からどれほど惜しみなく奪われているかを直視することを願っている。

橘玲の世界は損得勘定 Vol.121『日経ヴェリタス』2025年4月26日号掲載
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