第63回 マイホーム偏重のワナ (橘玲の世界は損得勘定)

地球温暖化の影響からか世界的に台風が大型化し、今年は日本各地で大きな被害が出た。それに加えて熊本を中心に大地震が起き、いまも避難生活を余儀なくされているひとたちがいる。

東日本大震災で明らかになったように、被災者の生活再建で最大の障害は住み慣れた家を失うことだ。住宅ローン返済中に家が地震で倒壊したり、津波で流されても負債はそのまま残る。新たに家を建てようとするとまた住宅ローンを組まなければならないが、最初のローンが免責されるわけではない。

さまざまな支援策が整備されてきたとはいえ、「二重ローン」問題の解決は容易ではない。一方的な債務放棄を認めれば債権者の権利を侵害するばかりか、余儀ない事情で二重ローン状態になったほかのひととの平等に反するからだ。

根本に立ち返ってこの問題を考えると、被災者を経済的苦境に追いやったのは家を失ったことではなく、資産を失ったことだ。

資産運用の基本は分散投資で、「タマゴはひとつのカゴに盛るな」の格言で知られている。大航海時代に新大陸に向かう貿易船に出資した商人たちは、難破や海賊のリスクに対処するために複数の船団に資金を分散し、出資額に応じて利益の一部を受け取ることにした。これが株式会社の起源で、利益が減るかわりに船が沈んで全財産を失うようなこともなくなる。

日本人の資産運用は、「マイホーム」という不動産資産に大きく偏っている。これは日本にかぎったことではなく、アメリカでも(資産を持つ)国民の6割は不動産以外の資産を保有していないという。

借金(ローン)でマイホームを取得するのは、資産運用理論では株の信用取引と同じだ。レバレッジをかけた信用取引は利益も大きいが、株価が下落すると損失も膨らむ。「ハイリスクハイリターン」のこの仕組みは住宅ローンによるマイホーム取得でも同じだが、このことを指摘する専門家はほとんどいない。

自然災害などで不動産資産が毀損すると、レバレッジがかかっている分だけ損失が膨らみ、資産の大半を失ってしまう。断っておくが、これは被災者の自己責任を問題にしているのではなく、経済的な苦境の理由を正しく認識しなければ効果的な対策は立てられないということだ。

では、どうすればいいのか。それは基本に立ち返って、資産を分散投資することだ。賃貸物件に暮らし、株式やREIT(不動産投資信託)で資産を運用していれば、自然災害で住むところを失っても、別の賃貸住宅に引っ越してすぐに生活を再建できる。不動産の損失は、REITであれば、世界じゅうの投資家が出資額に応じて負担することになる。いうまでもなく、このほうがずっと経済合理的だ。

だったらなぜこんな簡単なことができないのか。その理由はいうまでもなく、マイホームへの欲望をかきたてないと困るひとたちがたくさんいて、彼らが賃貸物件に住みにくくさせ、「タマゴをひとつのカゴに盛る」よう国民を政策的に誘導しているからなのだ。

橘玲の世界は損得勘定 Vol.63:『日経ヴェリタス』2016年11月13日号掲載
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