第27回 詐欺師が弄ぶ「こころのクセ」 (橘玲の世界は損得勘定)

 

振り込め詐欺や架空請求詐欺の被害はなぜ減らないのだろうか? 被害者がうかつだったとか、高齢で判断力が鈍っていた、というのが常識的なこたえだろうが、現実はもうすこしやっかいだ。

神経生理学という新しい科学では、ひとは無意識に自分の行動を正当化すると考える。

たとえば、次のような実験がある。

男性の被験者に2枚の若い女性の写真を見せて、気に入った方を選んでもらう。その後、写真はいったん裏返されて被験者の目の前に差し出され、もういちど写真をよく見て、その女性を気に入った理由を述べるよういわれる。

この手順を被験者に対して20回ほど繰り返すのだが、ちょっとしたトリックを使って、5回に1回の割合で裏返された写真を別のものとすり替える。

すると驚いたことに、3分の2の被験者は、数秒前に自分で選んだにもかかわらず、ちがう女性を見せられたことに気がつかない。そのうえ、実際には黒髪の女性を選んでいたにもかかわらず、「ブロンドが好きだから」などと説明し始めるのだ。

こうした錯覚の実験から、ひとには一貫した好みがあるのではなく、「選択した」という行為がまずあって、その行為を正当化するように好みがつくられていくことがわかる。恋愛というのは、無意識に相手に魅かれた後で、「好き」な理由を次々と思いつくことなのだ。

振り込め詐欺にひっかかるのも同じ理由だ。

電話口で「オレだけど」といわれた瞬間に息子(孫)だと思い込んでしまうと、その後の話がどれほど矛盾していてもまったく気づかない。ひとは無意識のうちに、最初の判断を正当化しようとするからだ。

熟練した詐欺師はこうしたこころの性質を熟知しているから、ほとんどのひとは手もなく騙されてしまう。その意味で誰もが被害者になる可能性があるが、それでも個人差はある。

催眠術がまったく効かないひとがいる一方で、暗示にかかりやすいひともいる。欧米の研究では、人口の10~15%が催眠術にかかりやすいとされている。

進化論では、生物の特徴にはなんらかの理由があると考える。騙されやすいひとがいつも損してばかりなら、上手に子孫を残すことができずに淘汰されてしまうだろう。それにもかかわらず暗示にかかるひとがたくさんいるのは、信じることに進化論的な合理性があるからだ。人間は社会的な生き物なので、身近なひとたちを疑ってばかりいると誰からも相手にされなくなってしまうのだ。

催眠術のかかりやすさにちがいがある理由はよくわかっていないが、遺伝的な要素が関係しているとの説もある。もしそうなら、努力や訓練で信じやすさを変えるのはとても難しい。

私たちの社会には、他人の言葉を素直に信じてしまうひとが一定数いる。彼らはとてもいいひとで、健全な社会にはそのような美質が必要なのだけれど、困ったことに、それを詐欺師が利用しているのも事実なのだ。

橘玲の世界は損得勘定 Vol.27:『日経ヴェリタス』2013年2月17日号掲載
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