円高に慌てるな 資産防衛3つの鉄則 (月刊『文藝春秋』10月号)

 国家破産で何が起こるか

ここで慌てて断わっておきたいのだが、私は「財政ハルマゲドン」論者ではなく、この世の終わりを警告したいのでもない。将来、財政破綻による深刻な経済的混乱が起きるかもしれないが、それは大地震や原発事故のように、ある日突然、人生の基盤が消失するような出来事ではない。

私たちは、いつ次の大地震が日本を襲うのかを予測することはできない。原発事故における放射能汚染の影響が、20年後にどのような健康被害をもたらすのかもわからない。これは専門家が怠慢だというわけではなく、地球の内部や生物組織など複雑系のシステムは、原理的に未来を予測することが不可能なのだ。

社会や市場も複雑系のスモールワールドだから、その意味では、ユーロ圏の解体とか、信任を失ったドルの大暴落とか、中国の政治動乱とか、さまざまな可能性が現実のものになるかどうかを私たちは知ることができない。

しかしそれでも、戦争や自然災害とちがって、経済的な混乱にはひとつ大きな特徴がある。それがいつ起きるかはわからないが、もし起きたらどうなるかはあらかじめわかっているのだ。

日本の財政が破綻したら、以下の3つの経済事象が発生する(これ以外のことは起きない)。

  1.  国債価格の暴落にともなう金利の大幅な上昇。
  2. 通貨が信任を失うことによる円安。
  3. 高金利と円安が引き起こす高率のインフレ。

すなわち「国家破産」後の日本は、「低金利・円高・デフレ」の現在とまったく逆の世界になるのだ。だから財政破綻に備えるには、これらの経済事象に対してあらかじめ適切な保険をかけておけばいい。

経済的な混乱のもうひとつの特徴は、破綻の徴候が現われてから本格的なクラッシュまでかなりのタイムラグがあることだ。

米国のサブプライム証券がこげついて金融機関が破綻しはじめたのは2006年末だった。リーマンショックが2008年9月だから、その影響が世界全体に及ぶまで1年半以上の“猶予期間”があったことになる。

それでは、日本の財政が破綻する場合はどうだろう。

最初の徴候は、国債価格が下落して金利が上昇することだ。これは財政破綻の定義で、低金利のまま円安になったり、物価が上昇したりしても、景気の回復や国の債務の減少につながるから国家破産の引金が引かれることはない。

さらに、金利が上昇しはじめてもすぐにインフレや円安が起こるわけではない。為替市場では逆に、高金利で海外からの円買いが進み、短期的にはさらなる円高になる可能性もある。「高金利・円安・インフレ」が同時に、かつ異常な勢いで進行するまでにはすくなくとも半年や1年程度のタイムラグはあるだろう。

国債価格が暴落すれば、膨大な国債を保有する金融機関は時価評価で債務超過になってしまうから、深刻な金融危機の発生は避けられない。だがこれは金利上昇にともなう必然で、それがわかっていれば慌てる必要はどこにもない。

経済的な混乱が起きてから資産にヘッジ(保険)をかけても、けっして遅くはないのだ。

個人でできるリスクヘッジ

「国家破産」でなにが起きるのかあらかじめわかっているのなら、対処するのはそれほど難しくない。

もっとも重要なのは、【その1】変動金利の借入をしないことだ。毎月の返済が楽だからといって変動金利で住宅ローンを組んでいると、金利の上昇で返済に窮し、自己破産を余儀なくされることになる(逆に固定金利の低利ローンは、金利の上昇局面では素晴らしい「資産運用」だ)。

ただたんに金利が上昇するだけなら、資金は預金保険がきく1000万円の範囲で銀行に預けておけばいい。預金封鎖を心配するひともいるようだが、これは明らかに憲法で保障された財産権の侵害だから、そんな“超法規的措置”を決断できる政治家がいるとは思えない。そんなことより、もっと簡単に財政危機を解決する方法があるからだ。

それが、インフレを起こすことだ。

物価が上昇すれば、それに合わせて名目の売上も増えるから、ひとびとの生活が苦しくなっても消費税や所得税などの税収は増加する。それに対して借金の額は固定だから、インフレになればなるほど政府の負債は軽くなって、そのうち財政は健全化してしまう。一方、個人の金融資産の価値は大幅に目減りする。

これはようするに、インフレによって国民から政府への大規模な所得移転が起きることだから、「インフレはもっとも過酷な税」といわれてきた。

【その2】実体のない投機には手を出さない。インフレ対策で誰もが真っ先に思い浮かべるのは金だろう。事実、ドルやユーロの信用不安を受けて、1グラム=4900円超と過去最高値を更新している。

ただしここで注意しなければならないのは、金属としての金そのものにはなんの価値もない、ということだ。ひとびとが争って金を買うのは、ほかのひとも金を買いたいにちがいない、と思っているからだ。これはたんなる幻想であって、それがはがれてしまえば金はただの石ころになる。これは、国家が信用を失えば紙幣がただの紙になるのと同じだ。

もちろん金に対する幻想はきわめて強いから、価格はまだまだ上がるかもしれない。しかしそれが、実体のない投機であるということは知っておいたほうがいい。

【その3】海外への分散投資。将来のインフレに備えるなら、金だけでなく、原油や貴金属、小麦などの農産物を含めた商品指数を購入する方法がある。いまではさまざまな商品指数がETFとして証券市場に上場されているので、それを利用すれば個人でも手軽にインフレのヘッジが可能だ。

金利が上昇し、高率のインフレが起きれば、「この世に錬金術はない」という法則にしたがって、いずれ為替相場は大幅な円安になる。それを見越して外貨や海外の株式・債券などに投資するのも有効なリスクヘッジだ。

私は個人投資家にとって、世界の株式市場に時価総額に応じて分散投資をするのが、もっとも保守的な資産運用だと考えている。といってもこれはぜんぜん難しいことではなく、いまでは東証のETF「上場MSCI世界株」(1554)を買うだけで、欧米はもちろん中国やインドを含む世界市場に投資できる。

ETFは株式と同様に気軽に売買できるので、いざという時のためにネット証券などに口座を開いておくのはけっして無駄ではない。しっかりとした準備ができれていれば、危機にも落ち着いて対処できるだろう。

月刊『文藝春秋』2011年10月号
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