非居住者とは誰のことか? 〈武富士元会長長男、巨額追徴訴訟1〉

非居住者とは誰か?

所得税法第3条によれば、国家公務員または地方公務員は、海外在任中も「国内に住所を有するものとみなす」とされている。公務員以外の個人については、「国内に住所を有するかどうかの判定について必要な事項は、政令で定める」となっている。

その政令が所得税法施行令第14条と第15条で、これが居住・非居住を判断する法的根拠となっている。重要な条文なので、その全文を掲載しておこう。

(国内に住所を有する者と推定する場合)

第14条 国内に居住することとなつた個人が次の各号のいずれかに該当する場合には、その者は、国内に住所を有する者と推定する。

1)その者が国内において、継続して1年以上居住することを通常必要とする職業を有すること。

2)その者が日本の国籍を有し、かつ、その者が国内において生計を一にする配偶者その他の親族を有することその他国内におけるその者の職業及び資産の有無等の状況に照らし、その者が国内において継続して一年以上居住するものと推測するに足りる事実があること。

2 前項の規定により国内に住所を有する者と推定される個人と生計を一にする配偶者その他その者の扶養する親族が国内に居住する場合には、これらの者も国内に住所を有する者と推定する。

(国内に住所を有しない者と推定する場合)

第15条 国外に居住することとなった個人が次の各号のいずれかに該当する場合には、その者は、国内に住所を有しない者と推定する。

1) その者が国外において、継続して1年以上居住することを通常必要とする職業を有すること。

2) その者が外国の国籍を有し又は外国の法令によりその外国に永住する許可を受けており、かつ、その者が国内において生計を一にする配偶者その他の親族を有しないことその他国内におけるその者の職業及び資産の有無等の状況に照らし、その者が再び国内に帰り、主として国内に居住するものと推測するに足りる事実がないこと。

2 前項の規定により国内に住所を有しない者と推定される個人と生計を一にする配偶者その他その者の扶養する親族が国外に居住する場合には、これらの者も国内に住所を有しない者と推定する。

それぞれの条文の第1項は明快だ。すなわち、「国外において、継続して1年以上居住することを通常必要とする」業務に従事すれば、その他の事情にかかわりなく無条件に非居住者であり、「国内において、継続して1年以上居住することを通常必要とする」仕事であれば、たとえ国内に住民登録がなくても居住者と見なされる。

この規定により、期間1年を超える海外業務を発令された場合、日本に妻子を残した単身赴任であっても、成田空港を飛び立ったその瞬間から法的に「非居住者」となる。この非居住者が、海外到着後すぐに海外資産を売却したとして、その翌日に業務命令が撤回され帰国を命ぜられても、非居住者として得た利益に課税されることはない(税務当局と争いになった場合は、本人の意思とは無関係なやむを得ざる事情があったことを証明しなければならない)。

それに対して、35億円の所得税申告漏れを指摘された「ハリー・ポッター」シリーズの翻訳者の場合、自身が出版社の代表取締役を務めており、税務当局はそれをもとに「国内において、継続して1年以上居住することを通常必要とする」と判断した。武富士元会長の長男の事案では、本人は香港に設立した法人の代表者となっていたが、仕事の実態は武富士取締役としての業務の一部であり、「継続して1年以上居住することを通常必要とする」ことにはならないとして課税され、裁判においてその是非が争われることになった。

裁量と租税法律主義

日本に限らず、属地主義を課税の原則とする国々ではどこも居住と非居住の判定に頭を痛めている。税法の規定はさまざまだが、一般に滞在日数で居住者と非居住者を区別するのが主流だ。

たとえば「183日ルール」では、1年間に183日(半年)以上国内に滞在した場合を居住者、それ未満の場合を非居住者とする。滞在日数はパスポートで容易に確認できるから判定は明快だが、その一方で海外居住による租税回避が容易になるというデメリットもある。

それに対して日本の税法はかなり特異で、仕事の性質によって第一義的に居住・非居住を区別したのち、その基準を適用できないケースを実態基準で判断する。そのためたった1日で非居住者になる場合もあれば、何年も日本を離れていても居住者とみなされる可能性もあり、租税回避を防ぐ意味では有効かもしれないが、租税法律主義(憲法84条)が確保しようとした課税の予見可能性の面からはかなり問題がある。自分が居住者か非居住者か判断できなければ、納税者はどのように行動したらいいのかわからないからだ。

所得税法施行令第15条によれば、職業によって居住の有無を判定できない場合、非居住者としての推定を受けるためには外国の永住権(市民権もしくはグリーンカード)を取得していなければならない。ただし永住権がなくても非居住者として認定される余地はあり、ほとんどの争いはこの領域で発生している。法律上、外国の永住権を持たないからといって日本国の居住者と推定することはできず、そこに広大なグレイゾーンが生じることは避けられないからだ。

この曖昧な領域では、居住者か非居住者かは以下のような個別状況を検討して判断される。

  1. 居住の実態(生活の本拠はどこにあるか)。
  2. 職業活動はどこでどのように行なわれているか(日本国内に居住の必要がある職業かどうか)。
  3. 家財道具や個人資産(日本国内に私物や個人資産を残しているか)。
  4. 親族の状況(「国内において生計を一にする配偶者その他の親族」がいるか)。
  5. 居住の意思はどうか(「その者が再び国内に帰り、主として国内に居住するものと推測するに足りる事実」があるか)。

(1)から(4)までの規定によって、退職者であっても、退職者ビザなど1年以上の長期滞在ビザを取得したうえで家族とともに海外に渡り、1年以上の賃貸契約で居所を確保し、日本国内に自宅不動産などの資産を保有していないならば、外形的な基準からは非居住者とみなされる。だがそれでも、(5)の包括規定によって、税務署は裁量によって非居住者の身分を否認することができると考えられてきた。

だがこうした恣意的裁量に基づく同条の運用は租税法律主義の観点から好ましいことではなく、裁判でも厳しく判断されるようになってきた。こうして、非居住の認定にかかわる訴訟で国税側の敗訴が目立つようになったのだ。(つづく)

橘玲『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)の原稿を一部改稿した。

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【追記】

いただいたコメントで、所得税法と相続税法の関係についての説明が前後してしまったことに気づいたので、補足します。

相続(贈与)は所得の一部ですが、その取扱については相続税法によって別途、規定されています。相続税および贈与税の納税義務者の規定は下記です。

(相続税の納税義務者)

第一条の三  次の各号のいずれかに掲げる者は、この法律により、相続税を納める義務がある。

一  相続又は遺贈(贈与をした者の死亡により効力を生ずる贈与を含む。以下同じ。)により財産を取得した個人で当該財産を取得した時においてこの法律の施行地に住所を有するもの

二  相続又は遺贈により財産を取得した日本国籍を有する個人で当該財産を取得した時においてこの法律の施行地に住所を有しないもの(当該個人又は当該相続若しくは遺贈に係る被相続人(遺贈をした者を含む。以下同じ。)が当該相続又は遺贈に係る相続の開始前五年以内のいずれかの時においてこの法律の施行地に住所を有していたことがある場合に限る。)

三  相続又は遺贈によりこの法律の施行地にある財産を取得した個人で当該財産を取得した時においてこの法律の施行地に住所を有しないもの(前号に掲げる者を除く。)

四  (略)

(贈与税の納税義務者)

第一条の四  次の各号のいずれかに掲げる者は、この法律により、贈与税を納める義務がある。

一  贈与により財産を取得した個人で当該財産を取得した時においてこの法律の施行地に住所を有するもの

二  贈与により財産を取得した日本国籍を有する個人で当該財産を取得した時においてこの法律の施行地に住所を有しないもの(当該個人又は当該贈与をした者が当該贈与前五年以内のいずれかの時においてこの法律の施行地に住所を有していたことがある場合に限る。)

三  贈与によりこの法律の施行地にある財産を取得した個人で当該財産を取得した時においてこの法律の施行地に住所を有しないもの(前号に掲げる者を除く。)

これによってわかるように、相続(贈与)においては、国内に「住所」を有するかどうか、および相続(贈与)財産が国内にあるかどうかで納税義務の有無が決まります。

次に、所得税法に定める「居住者」と、相続税法の「住所を有する者」の関係(あるいは「非居住者」と「住所を有しない者」の関係)が問題になります。

一般には、相続・贈与が所得の一部である以上、「居住者」とは「住所」を有する者(「非居住者」とは「住所」を有しない者)ということで、両法の規定は整合的であると解されています。武富士裁判でも、一審では、居住/非居住の認定基準を援用するかたちで、長男が贈与時点で国内に「住所」を有していなかったと判断しています。

それに対して二審では、税務当局は所得税法上の「居住者/非居住者」の規定と、相続税法の「住所」の規定は異なるものであり、所得税法上は非居住者であっても、相続税法上は「住所」を有するものとして課税できるという「住所複数説」を提起しました。ただし裁判所はこの争点については判断せず、所得税法施行令の実態基準に則って、贈与時点では長男が国内に「住所」を有する「居住者」であったと認定しています。

裁判の経緯については、こちらをご参照ください。

いずれにせよ、適切なコメントありがとうございました。