「独立国家」はどうやってつくるのか?

書名を見たとたん、「うわっ、やられた!」と思った。坂口恭平『独立国家のつくりかた』のことだ。

10年くらい前に、これと同じタイトルの本を考えて、資料を集めたことがあった。しかしけっきょくうまくいかず、企画を放棄してしまった。

国家というのは、一般に以下の3つの要素が必要とされている。

①領土
②国民
③主権

このうち領土と国民はなんとかなったとしても、主権の獲得はきわめて困難だ。主権は近代国家のインナーサークルの既得権で、アメリカなどの大国が承認し、国連の議決を経て、インナーサークルの正規メンバーにならなければ手に入らないのだ。

そうはいっても、「国家をつくる」という発想は魅力的だ。私が当時調べたなかでは、次の3つのプロジェクトに想像力を刺激された。

①シーランド公国(Principality of Sealand

シーランド公国の“領土”は第二次世界大戦時にイギリスが北海に建設した対空防衛施設のひとつで、当時の3マイル領海域の外側にあったため、1967年に元英国軍少佐パディ・ロイ・バイツが領有権を取得し、主権を宣言した。翌68年、イギリス治安当局はロイ元少佐を拘束したが、エセックス州裁判所はシーランドが領海外に位置することから英国法は適用できないと判断した。“プリンセス・ロイ”を名乗るロイ元少佐は、この決定によってシーランド公国の主権が承認されたと主張している。

シーランド公国は独自の国旗や紋章を持ち、500人あまりの非居住者の“市民”にパスポートを発行した。このパスポートは後に大量の偽物が出回り、銀行口座の開設などに悪用された。

2000年にはインターネットが導入され、ヘイヴンHaven Co. Ltdなる会社が領内にサーバーを設置し、「いかなる国の法律からも自由な世界初の“データ・ヘイヴン”」をうたった。

2006年6月、シーランド公国は火災により大きな被害を受けたが国家活動は継続しており、ホームページでは貴族の称号(29.99ポンド)を含むさまざまな記念品を販売している。

②ロマール共和国(Republic of Lomar)

“領土のない国家”にもっとも近かったのがロマール共和国(Republic of Lomar)で、1998年にインターネット上で“建国”された。国連加盟を目指すとして市民権(パスポート)を79ドルで販売し、最盛期には40ヶ国に2万人あまりの“国民”を獲得したが、やがて詐欺の格好の道具とされるようになった。

ナイジェリアでは、ロマール共和国の偽パスポートが、「アメリカへの移住許可が得られる」として大量に販売された。それ以外でも、ロマール共和国の名はネット詐欺の常連となった。

その後はRegency of Lomar Foundationと名前を変え、難民救済のNGOとして活動していたが、現在はホームページも存在せず消滅したものと思われる。

③フリーダムシップ(Freedom Ship)

フリーダムシップは外洋に浮かぶ巨大な建造物で、計画によれば、1万8000人の暮らす居住区にはショッピングモールのほか学校や病院を完備し、1000室のホテルには24時間カジノがオープンし、どの国の領土でもない外洋を低速で移動することになっていた。この巨大船の住人は主権国家に対して非居住者の身分を保証され、合法的にすべての納税義務を免除されると考えられた。2005年にいちど資金調達が頓挫したが、ふたたび活動を再開した模様だ。

フリーダムシップ構想は“サイバー・リバタリアン”とでも呼ぶべきひとたちに引き継がれ、アメリカの領海外に巨大な船を浮かべ、そこを「自由」の拠点にしようという計画が進んでいる。驚いたことに、シリコンヴァレーの企業のなかにもこの計画に賛同するところは多く、資金も集まりはじめているという。経済学者ミルトン・フリードマンの孫、パトリ・フリードマンThe Seasteading Instituteもそのひとつだ。

こうした ドン・キホーテ的試みが注目される背景には、2001年の同時多発テロを機に成立した「愛国者法」によって、シリコンヴァレーが海外から優秀なエンジニアを集められなくなってきた、という事情がある。これまでならかんたんに就労許可が出た、一流大学の修士号や博士号を持つ外国人が、いまは帰国を余儀なくされている。こうした状況に危機感を抱いた西海岸のベンチャー経営者たちが、サンフランシスコ湾の領海外に停泊する船をオフィスにして、嵐の時だけ港に停泊する、という計画を真剣に考えるようになったのだ。

ところで、坂口恭平の「独立国家」はどのようなものなのだろうか。さっそく読んでみたのだが、それは上記のいずれにも該当せず、「今日から独立国家だ、と勝手に宣言する」というものだった。これは故・北杜夫のミニ独立国「マンボウ・マブゼ共和国」と同じだなあ、と思っていたら、坂口自身も躁うつ病を患っていることが書かれていた。4カ月の重いうつ状態のあと、躁になって一気に書き上げた(Twitterで発信した)文章がこの本の元になったという。

ということで、私はこの「独立国家」をうまく評価できない。一種の地域共同体(新しい公共)の試みかもしれないし、新しいライフスタイルの提案なのかもしれない。その行動力が瞠目すべきものなのは間違いなく、うつ病に苦しんでいるひとは、この本から闘病のヒントが得られるかもしれない。

坂口恭平はホームレスについての画期的なフィールドワークを行なっていて、それをモチーフした映画『My House』監督・堤幸彦)も公開される。私が思うに、坂口の魅力は『ゼロから始める都市型狩猟採集生活』などのほうがよりはっきりわかる。それについては、あらためて書いてみたい。