『専業主婦は2億円損をする』ニュースリリース

『専業主婦は2億円損をする』のニュースリリースをマガジンハウスの広瀬桂子さんがつくってくれました。読者の声も集められているので、テキストデータでアップします。

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「専業主婦」「2億円」に大反響!

橘玲著、『専業主婦は2億円損をする』。発売後早々に、この本の紹介記事がYahoo!ニュースに紹介されるや、たちまち33万PVを記録。

書き込みは1000件に迫り、「子育ても家事も大変なのに」、「共働きがそんなに偉いのか」、「子育てこそが大事では」 といった専業主婦からの怒りの声をはじめ、コメント欄が騒然となりました。一方、「一部のよっぽどのエリートでなければ、女性が2億円も稼げるわけはない!」 という声は男性からも多く上がりました。
2億1800万円は、大学・大学院卒の女性が、60 歳で退職するまでフルタイムの正社員を続けた場合の生涯賃金(厚生労働省調べ)。

金額には、退職金は含まれておらず、従業員1000人以上の企業で働く女性の平均は、2億5000万円を超えています。「2億円より子どもとの時間が大事」とのコメントもありました。一方で、「好きで専業主婦になったわけじゃない」、「転勤について仕方なく」、「本当は働きたかった」という女性の声も多数見られました。

本を読まないで発言している人が多いため、発売1ヶ月半で、異例のKindle無料サービスに踏み切る。

Yahoo!ニュースという性質上、記事だけを読んでのコメントになります。本自体を読んでほしいと、期間限定で無料ダウンロードを開始。その日のうちに、Kindle無料ランキング総合1位に。ツイッターには本の感想が大量に書き込まれ、#専業主婦、#2億円ほかのハッシュタグも続々誕生。アマゾンコメントも急増。

朝日新聞でも、年明けの記事で専業主婦をテーマに特集。

●「覚悟して選んだ」専業主婦、でも…「女性活躍」にざわつく焦燥感 ●「専業主婦も輝ける」 女性活躍への疑問「家族を支えているのは私。/安倍政権の「働き方改革」のもと、専業主婦をめぐる状況がどんどん変わってきています。

本書で伝えたかったのは、
女も男も幸せになる、
新しい働き方と生き方。

読者の皆さんの生の声は次の頁で⇒

*想定通り。共働きが今後の解決策だと思っていたけど、その通りの内容が書いてあった。

*高校生から20代くらいの賢い女性をターゲットに書いたそうだが、人並み以上の頭がある子にはおすすめの本だ。

*男性こそ読むべき。若い女性を対象に書かれてはいるものの、根底に流れている思想は橘玲さんの書かれた今までの書籍と考えがぶれることはありませんでした。女性の置かれている真の問題がわかり、興味深い内容になっています。

*日本が今、男女の区別なく働きやすい労働環境が整う社会に向かって試行錯誤を重ねているのは間違いないでしょう。日本社会の未来を展望した啓蒙書です。

*専業主婦が収入を得る機会を損失しているというのは当たっていると思えます。お金の面だけではなく、心理的な自由、社会参加の機会損失など、さまざまなデメリットがあります。多少の税制面でのメリットなどたいした問題にならないほど…。

*専業主婦に憧れる若い女性が増えているということへの警鐘的な意味合いを感じる本で、バッシングではありません。若い子たちがそういう側面があることを知っておくのは良い事だと思うし、専業主婦に育てられた娘さんが読むのもありでしょう。しかし、自分の幸せや人生を決めるのは自分自身。皆違って皆良い、で。

*本書は若い女性に向けて書かれたものではあるが、男性にとっても良い指針となるものである。なかなか給与が増えないし定年まで雇用があるか不明確な時代であるから、男性は専業主婦希望の女性との結婚はためらいがちである。女性が経済的自立をしていれば、パートナーとして一緒に暮らしたいと考える男性も多いだろう。女性にとっても共同生活に不満があればさっさと関係を解消できるメリットがある。

*これから社会に出る女性に必読のサバイバルガイド。橘玲さんの本を一冊も読んだことのない人(とくに若い女性)に、ぜひ手に取ってもらいたいと心から思います。

*とりあえず、若い人に読んでほしいです。これからの人生戦略を練るために、男性にも女性にも有益だと思います。

*仕事をするということは決して、お金だけのメリットではないと思うのですね。社会とのつながりを持ち、自分自身の誇りの一助ともなります。あらゆる面からみて、働くことはデメリットよりもメリットの方が上回ります。これから結婚や子育てを考えている女性には必読の本でしょう。

*専業主婦になるのはもったいない的な内容については非常に共感できます。夫婦家事などをシェアしてうまくやりくりしてでも専業主婦という檻に能力のある女性を閉じ込めてしまうのはもったいないと思います。

*専業主婦です。子供は可愛いし産んで後悔はしてません。ですが、本当に子供を産むと180度世界が変わります。知らないより知ってた方がいいと思うので、独身女性に是非読んでもらいたい1冊です。

*私自身は、ずっと働こうと思って日々仕事をしていますが、ときどき辛くなることも事実。でもこの本を読んだら、私は間違ってなかった! と強く思い、俄然、勇気が沸いてきました。

*私は著者が想定したターゲットの20代女性で、専業主婦から現在フリーランスで細々とやっています。キャリアを途絶えさせることの恐ろしさを再認識しました。

*既に事情があって専業主婦になってしまったので悲しい気持ちで読んでいました。でも自分の子供世代には読んでもらいたいと思っています。結婚しても子供が出来ても働いていける社会にしていきたいし、自由に選択できるような気持ちにしてあげたい。

*専業主婦の立場です。主人の転勤で公務員を辞めて次々と赴任してきました。これからの時代の選択肢としてこの本を娘大学1年に読ませようと思います!自分の選択に後悔はないですが、娘も自分の選択肢を広げて生き生きと過ごしてもらいたいです。そして私にも活力になりました。

*社会に出でて働きながら、常に感じていたけど言葉に出しづらかった内容をズバリといってくれています。同じ教育を受けながら、同じ能力をもちながらも子育てや家事という「生活」に翻弄されがちな女性の立場を、厳しい視線ではありますが応援してくれてます。

*全ての内容が奇をてらわず、当たり前のことをきちんと調べて整理して、わかりやすく伝わってきて真面目な本だと思いました。男女問わず就職前の高校生、大学生に読んでほしいです。

*日頃感じていることを代弁してもらった良書。タイトルはやや過激ですが、内容は合理的な分析に基づいた納得感のあるものです。

*女性社会進出や男女平等が叫ばれる日本で、なぜか漠然と「まだまだ女性って不利じゃね?」と思っていた気持ちがクリアになった。本来ものすごく難しいテーマだと思うけど驚くほどスッキリ、しっくりハラオチするようにまとまっている。日本人全員が読むべき。

*人生は金銭の損得では測れませんよね。しかし、若い女性には一度読んでみて欲しいです。現代の社会環境を知らずに「専業主婦になりたい」と思っている女性がいかに危険かという問題提起の本です。分かりやすい文章で書かれているし、実例も豊富でとても読みやすいです。

*専業主婦の立場で読みました。簡潔で分かりやすい文で読みやすく、なるほどなと思う部分もたくさんありました。私くらい専業主婦が長いとこれから変えていくのは若干遅いですが、若い世代には読んでおいて損はありません。うちの子にもすすめてみたいと思います。

*専業主婦を目指したい今の若い女性たちに、経済面から良いアドバイスを与えてくれる本です。

*結婚への漠然とした抵抗感を言語化してくれた本。説明の流れの中に、例や研究結果、データがスムーズに組み込まれていてスラスラ読める。

*安倍首相のアベノミクス以降、女性の社会進出は、大きく変わったと思うので、世界的な変化を、日本人は、知るべきだし、古い考え方に、縛られている人は、まだ多いと思う。

*今、娘がいる父親としてこの子が幸せな人生を歩んで行くためにどんなことを考えてあげれば良いのかとてと興味深く読ませていただきました。自分の人生に責任を持って生きていける力をつけさせてあげたいと思います。

*「好きで専業主婦になったわけじゃない」人も大勢いる、という話がおもしろく、その理由がデータで示されているのが目からウロコでした。ここを読んで、ほっとする女性は多い思う。女性の応援をしてくれる本だと思った。

*日本社会はやっぱりおかしい、社会を変えるのは時間がかかる、ではどうしたら少しでも幸福な生き方ができるのか…を分かりやすく書いている。

*若い女性がメインターゲットの本ですが、40代男性の私も大変興味深く読みました。本書はこれまでの著者のエッセンスを若い女性向けに分かりやすく平易な言葉でまとめています。少子化対策への指南書やキャリア論として非常に強力で、下手な専門書よりも役立ちます。

*嫁は、住宅ローンを完済するまでは正社員を辞めないと言っていた約束を守りませんでした。辞める前にこの本を読んでいたら働き続けていることでしょう。

*面白すぎて一気に全部読んでしまった。何とかして奥さんに働いてもらいたくなった。

*斬新な切り口で面白いです。題名からは想像できないですが、これからの若者、特に女性への希望ある未来を示す本です。

*シングルパパを13年やっています。一から仕事も子育てもやって、専業主婦も共働き主婦も大変なことが良くわかりました。次に結婚するなら、キャリアウーマンの方ですね。家事も育児もできますアピールできるしな~。

*堂々と言ってくれてありがとう。私自身は、この本でいうニューリッチだが、自分の選択は間違ってなかったと改めて思った。今の若い女の子たちにぜひ読んでもらいたい、と同時に日本のジェンダギャップの解消を切に願います。

*人生にためになる事ばかり。これを元に自分の人生を現実的に考えてみようと思った。

*感動しました。私も出産したら働けない…と考えていた一人でしたが、この本に出会って、新しい生き方があることがわかりました。

*今まで、なんとなく不思議だなぁって思ってた事が、「なるほど」と理解できた。

母子家庭を生活保護から切り離しては? 週刊プレイボーイ連載(321)

生活保護費のうち、食費などの生活費をまかなう「生活扶助費」が今年から大幅に引き下げられることになりました。この決定についてはさまざまな議論があるでしょうが、いちど整理してみましょう。

まず、福祉社会の最大の敵はモラルハザードであり、生活保護制度を守るためにはフリーライダー(ただ乗り)を排除しなければなりません。働いてこつこつ年金保険料を払ってきたひとよりも、一銭も払わずに生活保護で暮らす方が得であれば、バカバカしくて誰も年金制度に加入しようとは思わないでしょう。

もちろん、年金保険料を払えなかったやむをえない事情があるひともいるでしょう。しかしその一方で、ネットには「ナマポ(生活保護)で暮らせばいいんだから年金保険料なんて払わない」という書き込みがいくらでも見つかります。世界でもっとも高度な福祉社会である北欧諸国は、「国家の保護に頼ってはいけない」と道徳の授業で子どもたちに教えているといいます。日本も社会保障をもっと充実させるべきだと考えるなら、フリーライダーにきびしく対処することを受け入れなくてはなりません。

年金には「マクロ経済スライド」が導入され、物価水準に応じて支給額が減額されるのですから、生活保護費をそのままにすればいずれ損得が逆転してしまいます。年金保険料を納めてこなかった高齢者の生活保護費を国民年金の水準以下にするのは、制度を守るためにこそ不可欠です。「そもそも低所得者の年金が低すぎる」との批判があるでしょうが、だとしたら1000兆円もの借金を抱えた国がどうすればいいのかも合わせて提言すべきです。

しかしこうした事情は、母子家庭ではまったく異なります。高齢者の多くは健康上の理由で働くことができませんが、母子家庭の母親は20代から40代ですから、適切な支援があれば仕事をして収入を得、税金を納めることができます。子どもは学校を卒業して働きはじめ、やはり納税者になります。そのように考えれば、母子家庭の生活保護費を高齢者に合わせて引き下げることに合理的な根拠はありません。

母親と子どもにとっても、日本の社会と納税者にとっても、もっとも望ましいのは母子家庭の収入を最大化するような制度です。そのためには保育園や託児所の充実など、母子家庭の母親が独身女性や共働きの母親と同じように働ける環境をつくっていくことが必須です。

日本社会の大きな問題は、母子家庭の世帯収入が、児童扶養手当などを入れても一般世帯の3分の1程度しかないことです。一人あたりの平均所得の半分に満たない額が「貧困線」ですが、日本のひとり親世帯では、貧困線以下の割合が54.6%と先進国のなかで群を抜いています。それなのに、母子家庭の就労率は85.4%と、女性が働くのが当たり前のデンマークやスウェーデンより高いのです。これは、生活保護を受給すると子どもがいじめられると危惧しているからでしょう。

生活保護費の切り下げで母子家庭を罰してもなにひとついいことはなく、未婚率が上がって少子化がますます進むだけです。いま必要なのは、負のイメージしかない生活保護制度から母子家庭を切り離し、子どもを連れて離婚することがハンディキャップにならない社会をつくっていくことなのです。

『週刊プレイボーイ』2018年1月22日発売号 禁・無断転

幸せになろうね、と約束した美樹(『80’s(エイティーズ)』未掲載原稿)

新刊『80’s(エイティーズ)』に掲載できなかった原稿をアップします。「少女雑誌」をつくっていたときのインタビュー記事で、紙幅の関係でカットしました。本文と合わせて読んでいただくと、当時の雰囲気がわかると思います。

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ちょっと恥ずかしいが、24歳のときに書いた記事を紹介する。しゃべっているのは陽子という16歳の女の子で、編集部に手紙をくれて知り合った。いちど自宅に行ったけれど、世田谷の瀟洒な一戸建ての家だった。1980年代半ばの、ちょっとツッパってるけど、ごくふつうの女の子の話だ。評価はまかせるけれど、まったく忘れていたこの文章を読み返して、自分はなにひとつ進歩してないんじゃないかと本気で思った(註と誤植の訂正を除き、原文をそのまま掲載する)。

美樹って、すごくステキな友だちがいたんだ。あたし、その子といっしょに、高1の春、家出したことがある。

美樹の家、母子家庭っていうのかなあ、お父さんがいないんだ。すごくビンボーでさ、つらいことも多かったみたい。6畳と3畳のせまいアパートに、お兄さんと3人で暮らしてた。お母さん水商売やってるから、朝まで帰ってこないしね。

4つ年上のお兄さん、スペクター(暴走族)の頭(カシラ)やっていた人。2年間年少(少年院)にいて、いまは関西のほうでヤクザやってるはず。あたしはもちろん会ったことないけど、エンペラー(スペクターとライバル関係にあった暴走族)の子をひとり殺したんじゃないかってウワサが流れたこともある、すごい不良だった。

だけど美樹って、小学校のときはすごく大人しい子だったんだ。頭はいいし、笑った顔なんてドキッとするほどカワイクて、よくハーフに間違えられたりしてたから。普通のカッコウして、ちゃんとお化粧すればすごい美人なんだろうなあって、いつも思ってたよ。

でも中3の新学期、美樹がトナリの席に座ってるのを見たとき、あたし本気でクラス変えてもらおうかって思ったんだ。そのときまであたし、勉強はできなかったけど、ほんとに普通の子で、ツッパリってすごくこわかったから、街でちょっとスカートの長い子を見かけると、「陽子ちゃんはあんなふうになっちゃダメよ」ってお母さんが言うんだ。その言葉を、そのまま信じてきたって感じ。

そのころ美樹は、「学校はじまって以来」って言われるほどの不良。地元じゃもちろんナンバー・ワンで、とてもあたしのようなハンパな子が話しかけられるような雰囲気じゃなかった。

金髪のカーリー、くるぶしまであるスカート、ブレザーの下からのぞく真っ赤なTシャツ、はきふるしたスニーカー、銀色のピアス。大嫌いな格好だけど、でも、美樹には似合ってた。あの子はなんでも特別なんだ。いつだって、いちばん目立ってたからね。

はじめて美樹に話しかけられたとき、あたし唇まで真っ青になっちゃって、そのときのこと、いまでもはっきり覚えてるよ。

「ねえ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」新学期がはじまって2日めの最初の休み時間、あたしは話し相手もいなくて、ぼんやりと窓の外を眺めていた。気がつくと、美樹があたしのほうを見てる。

「わたしのこと、どう思ってる?」

それは全然おどすような感じじゃなくて、まるで仲のいい友だちに話しかけるような優しい口調だったけど、でも、そんなこと言われたって答えられるはずがない。

あたしはうつむいたまま、震えていた。なにか言わなくちゃいけないって思うんだけど、なにも考えられないんだ。

「こわいんなら、そう言っていいよ」

美樹はちょっとはにかんだように笑った。

「わたしのこと見たら、だれだってこわいと思うじゃん」

「……こわい、と思ってました」

「そうかあ」

困ったように、美樹がつぶやいた。そのひと言で、あたしたち、親友になれたみたい。

美樹って、ほんとはスケバンなんかやるような子じゃないんだ。でも中学に入ると、先輩たちがちょっと目立つ子をグループに入れようとするじゃない。そのとき最初に狙われるのが、片親の子なんだよね。とくに美樹はお兄さんのことがあるから、入学式の日にいきなり先輩10人くらいに囲まれてリンチされたらしい。「その日から美樹が変わった」って、昔からの友だちはみんな言ってるよ。

でもあの子、ほかのツッパリと全然違うんだ。ツッパリってふつう、同じグループの子としか付き合わないじゃない。休み時間になると仲間のいるクラスに行っちゃって、ベルが鳴るまで帰ってこないとか。美樹って、そういうことをほとんどしないんだ。いつもクラスの子と気軽に話してる。1週間に2日くらいしか学校に来ないんだけど、だからマジメな子の間でもすごく人気があったよ。

それにあの子、自分よりいつも他人(ひと)のことを見てるんだ。相談を受けたりすると、本気で悩んじゃう。どんなちょっとしたことだって、いつだって一生懸命なんだ。信じられないくらい優しいの。

いじめられる子っているじゃない。ちょっとトロいとかさ、さわると汚いとか臭いとか言ってみんなでいじめるの。美樹って、そういうことが許せない子なんだよね。カッコつけてるわけじゃないよ。必死になってかばうんだから。

仲間とリンチに行くとき、相手がどんなにイヤなヤツでも、あの子は最後まで許そうとしてた。あたしたちがメチャクチャ頭きてるときも、土壇場まで全然口調が変わらないの。だけど、一回怒っちゃうと、もう手がつけられないんだけどね。他校のツッパリをリンチしたときなんて、素っ裸にして木にしばりつけちゃうんだ。だから、キリッとしたときの美樹にはだれも逆らえなかったよ。

中3の夏休みかなあ、自分のこと、もうフツウじゃ生きていけないだって思ったのは。あのころは、一生ツッパってくんだってマジに信じてた。

制服の下、丸襟から開襟シャツにかえて、スカートの丈も少し長くした。アンモニアとオキシドールで髪の毛脱色する方法も覚えた。ツッパリのしゃべり方ってあるじゃない。「ざけんなよー!」とか。得意になって使ってたな。

お酒、タバコ、シンナー、万引き、暴走族、みんな美樹が教えてくれた。生まれてはじめて、好きなひともできた。同級生のK君! 彼とはたまり場になってる先輩の家で、はじめてのセックスをした。痛いだけだったけどね。

先輩って、あの頃19歳で、美容師の学校に行ってた。お母さんがいなくて、お父さんは仕事で出張ばっかり。だからそこが、あたしたちの秘密の隠れ家ってわけ。

お酒飲んで、タバコ吸って。でも、やることって言ったら、トランプとか男の話とか、フツウの女の子たちとそんなに変わらないよ。ただ、横にシンナーのやりすぎでゲロ吐いちゃった子とか、裸になってセックスはじめちゃうカップルなんかがいるだけでさ。

乱交パーティみたいなこと、よくあったよ。あたしそれまで、男の裸なんかもちろん見たことないじゃない。最初の頃は恥ずかしくて、終わるまでトイレに隠れてた。でもそのうち平気になってさ、3組ぐらいがいっしょにセックスはじめちゃうようなときでも全然気にならなくなった。

K君ってさ、ちょっとカッコいいから、学校の女の子たちにも人気あったんだ。リーゼントにビッと決めて、男っぽくて、万引きがうまくて、族ではいつも特攻隊やってた。はじめてA(キス)してからは、会うたびに「抱かせろよ」ってそれしか言わなくて、でもあたしK君のこと好きだから、仕方ないなって思ってたの。

はじめてのセックスのとき、あたしあんまり痛いから、ひーひー言って泣いちゃったの。横に美樹がいたから、「いいかげんにしなさいよ」って止めてくれた。だからK君、最後までいってないんじゃないかな。

あたしたちのグループ、女6人男4人。もちろん処女なんてひとりもいなかった。でも美樹だけは、あたしたちの前で絶対にやらなかったんだ。グラマーだから、男の子たちはみんな見たがってたけど。彼をつれてきたこともないし、D(中絶)しちゃったからセックスできないんだって言う子もいたけど、まさかね。

 高校に入る前、中3の春休みがいちばん楽しかったよ。その頃あたし、もうほとんど家に帰らなくなってた。先輩の車で、伊豆までドライブに行ったこともあったな。あたし、K君、美樹、先輩の4人。お金ないから、車のなかで寝たの。K君に抱かれてたら、左手にずーっと海が広がっててさ、波の音が聞こえてくるの。最高だったよ。

そのときかなあ、家出しようってはじめて思ったの。K君と美樹とあたしの3人でさ、アパートなんか借りて、いっしょに暮らしたらどんなにいいだろうって思ったの。

あたしの家、すごくカタいじゃない。お父さんはわりと有名な会社の部長さんで、仕事に行ってるか、ラジコンで遊んでるかのどっちかなの。50歳すぎて、まだラジコンに夢中になってつくってるんだよ。家の壁なんか塗装用のシンナーの臭いがしみついちゃって、あたしそのなかで育ったの。生まれたときから、シンナー中毒だったりしてね。

お母さんはお父さんと正反対で、すごく几帳面なひと。自分の子どものこと、全部知ってないと気がすまないみたい。手紙を勝手に開けちゃったり、あたしの日記を盗み読みしたり、男の子から電話がかかってくると黙って切っちゃうの。ちょっとでも口応えするとヒステリー起こして、何回なぐられたかわかんないよ。

お父さんが怒ると手がつけられなくて、髪の毛つかんで部屋中ひきずり回したりとか、やることがハンパじゃないの。普段はあたしのことなんか全然興味ないくせにさ。大キライだよ、あのふたり。

高1の春、K君と別れたの。新しい女ができたんだって。あたしこう見えても純情でさ、K君以外の男知らなかったから、すごいショックだったんだ。もうどうでもよくなっちゃって、死んじゃおうって思ったりしてね。

美樹が心配してくれて、訳を話したら怒っちゃってさ、落とし前つけるってK君はリンチだよ。いっしょに泣いてくれるの。つらいことが多かったからかなぁ、自分のことでは涙見せたことないのに、他人の不幸にはすごく敏感なんだよね。

あたしたちが家出したのは、その日の夜なんだ。

最初に行ったのは、美樹の彼氏の家、ケンジっていうんだけど、そのときはじめて会ったんだ。中学卒業して、なにもしないでバイクばっかり乗ってる。一見カッコいいんだけどすごいナンパで、どうしようもないやつ。口ばっかでさ。美樹がどうしてあんなのとつきあってたのかわかんないよ。

ケンジの家っていっても自宅だから、お父さんやお母さんもいっしょに暮らしてるんだ。大変だったよ。夜中にこっそり忍び込んで、美樹とふたりで押入れのなかで寝たんだ。息を殺しながら。

なにもかもどうだってよかったから、不安って感じなかった。だけど最初の夜はやっぱり眠れなくて、美樹もそうだったみたい。夜の2時ごろ、そっと押入れから抜け出していくの。あたし知ってたけど、眠ってるふりしてた。

その夜、美樹が男に抱かれているところ、はじめて見た。すごく哀しそうな声を出すの。まるで泣いてるみたい。その子を聞きながら、あたしすごくイヤだった。

昼は、パチンコばかりやってた。美樹とあたしは全然ダメだったけど、ケンジのやつはやたら強くてめったに負けなかった。それから喫茶店に行っておしゃべりして、スーパーで必要なもの借りてきて、そんなことの繰り返し。でも、美樹といっしょにいられるだけで楽しかったんだ。

5日めの夜、とうとうケンジのお母さんに見つかっちゃった。その日はふたりとも遅くまで帰ってこないっていうから、料理とかつくったり、洋服洗たくしたりしてたんだ。美樹はいつもお兄さんの晩ごはんつくってたから、料理うまいんだ。そしたらいきなりドアが開いて、ケンジのお母さんが立ってるじゃない。あせったよ。

「なんなの、あなたたち……」

その瞬間、美樹があたしの手をつかんでダッシュした。逃げるしかないもんね。

夜の10時頃かなあ、ふたりで公園のブランコに腰かけて、悲しかった。

「あいつの友だちが近くのアパートに住んでるから、あんたはそこに行きなよ。話ついているからさ」

「美樹はどうするの?」

「あたし、ケンジのところに帰るよ」

「でも見つかっちゃったじゃない」

「もう一度、あいつといっしょにやり直してみたいんだ」

「あたし、ひとりじゃこわいよ」

「ごめんね。そのうち連絡するから。あんたのこと好きだけど、このままあいつを見捨てるわけにはいかないもんね」

「……」

「幸せになろうよ」

それが美樹の最後の言葉だった。

それからのことは、あんまり話したくないな。

ケンジの友だちは6畳一間の汚い木造アパートに暮らしてた。カップラーメンのくずが散らかってて、布団もひきっぱなし。壁にはヌード写真がべたべた貼りつけてあった。

あたしがノックすると、汚れた寝巻きのまま出てきて、「おまえが陽子か。けっこうカワイイじゃんかよ」って言った。大キライなタイプ。でもほかに行くところがないから、仕方ないよね。

そいつ、ケンジよりもっと口だけ男。

「俺、明日から職探してマジメに働くから、ずっといっしょに暮らそうぜ。幸せにするからさ」

いつもそんなこと言ってたけれど一度だって本当だったことがない。毎日朝からパチンコばっかり。

でも、あたしだって努力したんだ。掃除もしたし、料理だってつくったし、夜だって拒まなかった。男のところに押しかけるんだから、カクゴはしてたけれどね。でも、少しも気持ちよくなかったよ。

あたしを抱いたあと、決まって馬鹿なこと話すんだ。「マジメになる」「仕事を探す」「結婚しよう」「おまえの家にいっしょに頭下げに行ってやるから」聞き飽きたよ。

3日目の夜、あいつとセックスしながら自分がすごく退屈してることに気づいたんだ。平凡な暮らしがイヤでツッパったのに、やってることって毎日パチンコとセックスだけじゃない。これじゃ、学校に行ってるほうがマシだよ。

朝の5時頃かなあ、薄汚れた黄色のカーテンを通して、夏の香りがしてた。ゴミのような部屋、腐ったヤサイの臭い、あいつのイビキ。まるで動物園みたい。小さい頃お父さんに連れて行ってもらった動物園の臭いだ。

そう思うとあたし突然悲しくなっちゃって、悔しくて、なにもかも大嫌いで、涙がボロボロ流れてきちゃって、なんてバカなんだろう。

気がつくと、家の前に立っていた。台所のガラス越しにお母さんが見える。食堂ではきっと、お父さんが新聞読んでるんだろう。

「ただいま!」

この言葉を言うのに、こんなに勇気がいるとは思わなかったよ。

あたしはまた、学校に通いはじめた。家出したこと、お父さんもお母さんもなにも言わなかった。見捨てられたんだ、きっと。

美樹は行方不明。ケンジといっしょに家出つづけてるのかもしれない。何度も家に電話したけど、だれもでないの。

「幸せになろうね」

美樹が最後に言ったあの言葉、あたしまだ忘れてないよ。

美樹のためなら、あたし命だって惜しくない。ウソはないよ。だってあんなにステキな友だち、もう一生できないって思うから。

だから美樹、あなたの笑顔がもう一度見たいんだ!

2カ月くらい前、覚醒剤中毒になった美樹が歌舞伎町に立ってるってウワサを聞いたよ。でも、そんなはずないよね。あたしなんかより、ずっと幸せにならなくちゃいけない子なんだもん。