自己啓発の歴史(7) 社会革命から自分革命へ


ウェルナー・エアハルトは高校を卒業すると、大学には行かず、車や通信教育の教材を訪問販売するセールスマンとして生計を立てた。彼はデール・カーネギーの成功哲学の熱烈な信奉者で、セールスマンとして頂点を極めた後にセールスマン・トレーナーに転進した。

もともと心理学に興味のあったエアハルトは、マズローの人間性心理学とヒューマン・ポテンシャル運動に魅了され、サンフランシスコに居を移してエスリンに通いつめるようになった。エアハルトはそこでフリッツ・パールズのゲシュタルト療法を受け、ウィリアム・シュッツのオープン・エンカウンターを体験し、アラン・ワッツから禅を教えられ、それ以外にもオカルトから東洋思想、サイエントロジーまでありとあらゆる「至高体験」を試みた後、満を持して「エアハルト・セミナーズ・トレーニング」(略称“エスト”)を設立した。

エアハルトのアイデアは、エスリンの高尚で秘教的な雰囲気を一掃し、ヒューマン・ポテンシャル運動の成果を誰でも手軽に体験できるようにすることだった。ワークショップはホテルの大会議室で行なわれ、トレーナーやその助手はスーツ姿で、雰囲気はセールスマン・セミナーそっくりだった。

エアハルトは参加者に、人間性の変革ではなく実社会での効用を説いた。

  1. ひとは無限の可能性をもっている。
  2. 能力は、教育や学習、訓練によって開発できる。
  3. 自己啓発した主体によって、人生は成功と幸福に向けて進化する。

「成功哲学」の理論は、インプット(入力)とアウトプット(出力)の関係で考えるとわかりやすい。

あなたは社会(環境)からインプットを受け、外に向けてアウトプットを返す。これは一種の相互フィードバックシステムで、外部からのインプットであなたは変わり、あなたからのアウトプットで外部は変わる。

あなたがいまもし不幸だとすれば、外部(社会)が間違っているからだ。そう考えれば、対処法は政治運動や社会改革でよりよいインプットを得られるようにすることだ。それが人間関係のトラブルなら、相手を批判して態度を改めさせればいい。

しかし(ゲシュタルト療法のように)視点を変えてみれば、あなたからの間違ったアウトプットが外部を歪め、その結果、不正なインプットが返ってくるともいえる。もしそうなら、他者を批判していてもなんの意味もない。あなたが出力信号を正し、それによって外部が変われば、正しい入力信号が送り返されてくる――。

この理屈はきわめて明快でわかりやすい。自分と他者が互いに影響しあっているのは自明だから、出力の調整はどちらが先に行なっても結果は同じになるはずだ。こうした「成功哲学」の信奉者たちが集まれば、ポジティブなアウトプットを競争しあって、みんなが異様に明るくて前向きで押しつけがましくて強引なキャラクターになるだろう。これが「自己啓発した主体」で、ポジティブなアメリカ人のステレオタイプでもある。

エアハルトのイノベーションは、エスリンのさまざまな技法を取り入れて“自己啓発”を商品化しただけでなく、セミナー参加者が友人や知人を誘うマルチ・マーケティングを採用したことにある。セミナーの卒業生にエンロールメント(勧誘)を課すことで(「この感動をあなたのいちばん大切なひとに分け与えてください」)、やる気に溢れた「営業マン」をタダで働きさせることができたのだ。

エストはたちまち大成功を収め、エアハルトは大金持ちの有名人の仲間入りをした(人気歌手のジョン・デンバーもエストのメンバーだった)。だがエスリンは、それを黙って見ているしかなかった。彼らはヒューマン・ポテンシャル運動の先駆者だったが、知的財産権もなければ指導的立場にあるわけでもなかった。

エストの成功を見て全米で同じような団体が乱立し、それは海を越えて世界各地に広まっていった。日本でも1980年代に「自己開発セミナー」として多くの参加者を集め、過剰な勧誘が社会問題にもなった。

このようにして、LSDから始まった長い旅もようやく終着点にたどり着いた。自己啓発は、アメリカ流の成功哲学に、洗脳や化学兵器などの軍事技術開発とドラッグやニューエイジなど60年代のカウンターカルチャーを接ぎ木して、大輪の花を咲かせたのだ。(了)

コメントを閉じる

11件のコメント

  1. う~ん・・・申し訳ないですが、次の理解でもよろしいですか?

    『T.レックスは滅亡してしまったけど、彼等の遺伝子は鳥となって生き続けている』

    で、彼等に食べられてた獲物の子孫は、美味しい焼き鳥を食べることができるようになった。

  2. 性格とは知能と運動能力が混ざったものだと思います。
    知能と運動能力が変化するから、認識が変化してものの考え方が変わり、性格が変わるのでしょう。

    ものの考え方を変えることで、性格を変えることはできないし、そもそも、ものの考え方を変えることなどできない。

    頭脳や運動神経を良くする夢の技法など、ある訳ないですから。

  3. 儲けた焼き鳥屋の大将は、さらに世界じゅうにチェーン店展開し、大金持ちの有名人の仲間

    入りをした。隕石の衝突から始まった長い旅もようやく終着点にたどり着いた、大輪の花を

    咲かせたのだ。

    (橘さん、悪ノリごめんなさい)

  4. 何時もは独自の視点で面白いのに、
    自己啓発の歴史シリーズはどこかで読んだ本のまとめぐらいしかの印象しか無いです。

    あとどこが大輪の花なのかまったくわかりません。
    時代の徒花でしょう。

  5. 社会主義・共産主義のような大きな政府と計画経済、
    資本主義・新自由主義のような小さな政府と自由主義、
    福祉と義務のバランス、、、そういった、社会制度、ソサエティの側から
    ユートピアを実現しようとしてもどうしても限界に行き当たってしまいます。

    そのため、社会を改革するのではなく、社会を構成する「個」を改革しようとする
    機運が出てきます。橘さんが今回このニューエイジ系のお話に触れたのも
    その流れでしょう。すると今度は、大きな政府vs小さな政府という軸が、
    社会の改革vs個の改革という軸にシフトするわけです。

    しかしふと奇妙なデジャヴを感じないでしょうか?例えば価値観に対する
    保守vs革新とか、外交の右派vs左派とか、、、
    これでは分裂と対立の軸を一つ増やしたにすぎなくなってしまいます。事実そうなのです。
    自分革命によって世の問題が減り、人類の悩みが減るということは決して無いのです。

    自己改革にこだわるのは、自己愛でしかなく、どんなに神秘的な体験に思えても
    それは「体験」でしかなく、ジェットコースターに乗ったような効果しかありません。
    それは、物欲や支配欲の特殊バージョンでしかないんです。

    よく誤解されることですが、神秘体験を人為的に起こすメソッド(方法)は、
    古代から無数に存在しており、20世紀の米国西海岸で発見されたなどというのは
    噴飯モノです。
    世界の伝統的な宗教の多くは、神秘体験を起こすメソッドを確立しておきながら、
    わざわざそれを捨てたりしてるんです。残ってないのは、
    それを伝えないようにしたからです。
    誰かがそれを掘り起こし、私は神と出会って光を得る方法を得たぞ!とやるのですが、
    何度も何度も繰り返されてきた過ちなんです。それは欲でしかないことはもう判ってて
    別段新しくもないんです。

  6. 自己啓発セミナーのスタッフ達は、その後、NLPのトレーナーになったりしてましたが、今は何をしてるんでしょうか?

    今はどんなインチキが流行ってるのでしょうか?

  7. 自己啓発も一種の詐欺商法のような気がします。

    まともな自己啓発の本は図書館で見れば無料です。
    ついでにいうと財務の日とかいって、貧乏人から金を巻き上げる宗教も似たようなものですね。

  8. 自己啓発の歴史が非常にわかりやすく勉強できました。
    ありがとうございます。

  9. 自己啓発の歴史が非常にわかりやすく勉強できました。
    ありがとうございます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

投稿したコメントが表示されない場合は、SPAM判定された可能性があります。詳細はこちらをごらんください。