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	<title>橘玲 公式サイト橘玲 公式サイト</title>
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	<description>Tachibana Akira official site</description>
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		<title>純粋な「掛け捨て年金」はどうだろうか？</title>
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		<pubDate>Wed, 22 Feb 2012 21:00:10 +0000</pubDate>
		<dc:creator>tachibana</dc:creator>
				<category><![CDATA[Life Planning]]></category>
		<category><![CDATA[リバタリアン]]></category>
		<category><![CDATA[人生設計]]></category>
		<category><![CDATA[政治哲学]]></category>

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		<description><![CDATA[橋下徹大阪市長が「維新版・船中八策」のなかで、年金の積み立て方式への移行と「掛け捨て年金」を組み合わせる新しい年金制度を主張している。具体的な内容は詳らかになっていないが、年金はじゅうぶんな老後資金がないときのための保険 &#8230; <a href="http://www.tachibana-akira.com/2012/02/3829">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>橋下徹大阪市長が「維新版・船中八策」のなかで、年金の積み立て方式への移行と「掛け捨て年金」を組み合わせる新しい年金制度を主張している。具体的な内容は詳らかになっていないが、年金はじゅうぶんな老後資金がないときのための保険であり、資産家や高所得者には支給しないということらしい。</p>
<p>「船中八策」には首相公選制や参院の廃止など大胆な項目が並んでいて、新自由主義/市場活用型の改革モデルになっている。政党としてはもちろんすべての項目で実現を目指しているのだろうが、議論をすること自体にも意味があると思うので、この耳慣れない年金制度について私見を述べてみたい。</p>
<p>まず原理的にいって、すべての保険は「掛け捨て」だ。もっと簡単にいうと、保険の仕組みは宝くじと同じで、賭けに外れたひとから当せんしたひとに富が移転する。当然、外れを引けば宝くじの購入代金は“賭け捨て”になる。</p>
<p>生命保険というのは｢不幸の宝くじ」で、たとえば20年という保険期間を無事に過ごした幸運なひとが「外れ」を引き、事故や病気で死亡したら「当たり」だ。保険料は掛け捨てになるが、誰もが「当せんしないこと」を願っているわけだから、「外れることに意味がある宝くじ」といってもいい。</p>
<p>それに対して積み立て型の年金というのは貯蓄/投資商品の一種で、掛け捨ての保険とは仕組みがちがう。民間保険会社の個人年金は、毎月一定額を積み立てて、規定の年齢（60歳とか）になったらそれを定額で引き出していく。終身年金では途中で死亡しても保険料は掛け捨てにはならず、払った分くらいは戻ってくるのがふつうだ（保険の設計でいろいろな種類がある）。</p>
<p>掛け捨ての年金と積み立て型の年金というのは商品設計が根本的にちがうので、分けて考えたほうがいいだろう。</p>
<p>よく知られているように現行の年金制度は賦課方式で、現役世代が退職世代の年金を支払うかたちになっている。最近は「ねんきん定期便」にこれまで納付した保険料の総額が記載されているが、これは個人財産ではなく、将来の世代が払ってくれるはずの年金のヴァーチャルな原資にすぎない。</p>
<p>少子高齢化がこのまま進めば年金制度は破綻して、このヴァーチャルな原資が消えてしまうのではないかと、多くのひとが心配している。年金制度に対するこの不安が、日本の閉塞感の大きな原因のひとつだ（生活防衛を優先して預貯金を増やそうとするから消費市場も萎縮する）。</p>
<p>年金を積み立て型に変えるのは年金不安への抜本的な解決策で、ヴァーチャルな原資がリアルな資産（法によって所有権の確定した資産）になれば、80歳になってから、「お金がないので年金は払えません。あとは自分で生きていってください」といわれることはなくなる。</p>
<p>だが積み立て型への移行にはひとつ大きな問題があって、現役世代の保険料を個人資産にするには、退職世代が受け取る分の年金（彼らが払った保険料はさらに上の世代の年金として使われてしまった）を新たにファイナンスしなければならない。すでに1000兆円も借金があるのに、年金資金として新たに何百兆円も国債を発行すれば、財政は破綻してしまうだろう。</p>
<p>この問題はずっと前からわかっていたのだから、まだ財政に余裕のあった80年代か、せめて90年代のはじめに年金を積み立て方式に移行しておくべきだった。しかし日本の政治は「決められない」のだから、いまさらいっても詮無いばかりだ。</p>
<p>積み立て型への移行を可能にするためには、少しでもファイナンスの額を減らさなければならない。そこで出てきたのが「掛け捨て」年金なのだろうが、正直、これにはいろいろと疑問がある。</p>
<p>国民年金の未納が問題になっているが、これは制度上、納付するかどうかを保険加入者が選択できるようになっているからだ。そこで、たとえば「65歳時点で資産1億円以上のひとには年金を支給しない」と決めたとすると、親から1億円以上の財産を相続する予定のあるひとは最初から年金に加入しないだろう。それ以外でも、65歳までに1億円を貯める目処がついたひとは順次、制度から脱退していくだろうから、保険加入者は貧しいひとばかりになって制度は破綻してしまう（いわゆる「逆選択」の問題だ）。</p>
<p>それを避けるには、丸損だとわかっているひとからも強制的に保険料を徴収する仕組みが必要だ。これはジョージ・オーウェルの『1984』のような世界だが、「維新の会」はこんな未来を目指しているわけではないだろう。</p>
<p>現実的な方法は、年金保険料を消費税で徴収して、一定の資産/収入以下のひとだけに支給することだろう。これなら年金と生活保護は一体化して行政の効率は上がるだろうが、これまで保険料を納めたひとを納得させるのはきわめて難しい。年金と生活保護を合体させるのは、保険料の納付者（そのなかで一定以上の所得のあるひと）から年金の受給権を取り上げて、保険料を払ってこなかったひとに分配することを意味するからだ。</p>
<p>それではいっそのこと、年金を本来の「掛け捨て」にしてしまったらどうだろう。</p>
<p>純粋な「掛け捨て年金」では、国民は、<span style="line-height: 24px;">平均寿命よりも長生きしたときに</span>「当たり」を引く宝くじに参加することになる。この方式では、資金は平均寿命に達する前に死亡したひとから、平均寿命を超えた長寿のひとに移転する。これが掛け捨て年金の最大のメリットで、お金は世代ごとに右から左に移動するだけなので、将来の人口動態にかかわらず絶対に破綻しない。そのうえ掛け捨てだから、保険料は大幅に安くできるだろう。</p>
<p>高齢者の最大の不安は、自分が予想以上に長生きして、お金が尽きて誰にも面倒を見てもらえなくなることだ。長寿が罪悪のようになってしまう社会は、どう考えても間違っている。「掛け捨て年金」は、長寿のリスクに完璧な保険をかけることができるのだから、健康なお年寄りはなんの不安もなく人生を楽しむことができる。</p>
<p>ただしそのためには、すべての国民が、平均寿命までは自己責任で生きていかなければならない（年金保険料が安くなる分、リタイアから平均寿命までは自分で老後資金を積み立てる）。それでも、破綻することが明らかな年金制度に老後を託すよりはるかにマシだと思うのだが、どうだろうか。</p>
<p>PS　高齢になれば病気やケガで働けなくなるひとも増えるだろうから、そのための保険も付加するべきかもしれない。それでも、年金全体を積み立て方式にするより移行費用はずっと安くできるだろう。</p>
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		<item>
		<title>「言語明瞭意味不明」の世界で生きるということ　週刊プレイボーイ連載(38)</title>
		<link>http://www.tachibana-akira.com/2012/02/3785</link>
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		<pubDate>Sun, 19 Feb 2012 21:00:48 +0000</pubDate>
		<dc:creator>tachibana</dc:creator>
				<category><![CDATA[Column]]></category>
		<category><![CDATA[そ、そうだったのか!?　真実のニッポン]]></category>
		<category><![CDATA[エッセイ]]></category>
		<category><![CDATA[政治哲学]]></category>
		<category><![CDATA[進化心理学]]></category>

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		<description><![CDATA[主張が一貫しないひとは信用されなくなる、という話を前回しました。「前の話とちがうじゃないか」といわれると、私たちは返す言葉がなくなってしまいます。 だとしたら、議論に負けない最強の方法は約束をしないことで、これを「言質を &#8230; <a href="http://www.tachibana-akira.com/2012/02/3785">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>主張が一貫しないひとは信用されなくなる、という話を<a href="http://www.tachibana-akira.com/2012/02/3764" target="_blank">前回</a>しました。「前の話とちがうじゃないか」といわれると、私たちは返す言葉がなくなってしまいます。</p>
<p>だとしたら、議論に負けない最強の方法は約束をしないことで、これを「言質をとられない」といいます。</p>
<p>国会審議で、首相や閣僚がのらりくらりと答弁をするのを見ると、この戦略がいかに有効かわかります。かつて「言語明瞭意味不明」といわれた首相がいましたが、日本では相手に言質を与えないことが政治的才能なのです。</p>
<p>それに対して欧米社会では、まったく異なるやり方でこの問題に対処しています。</p>
<p>ひとつは、約束を破ったときにどうするかを、あらかじめお互いが合意しておくことです。契約のなかにキャンセル条項があれば、話がちがっても無用なトラブルが起きるのを防ぐことができます。</p>
<p>もうひとつは権限と責任を一対一で対応させることで、それぞれが責任の範囲で最善を尽くすことを約束します。これはつまり、「私の責任外のことで君が不利益を被っても知らないよ」ということです。</p>
<p>欧米のビジネスマンは、自己紹介のあとにまず、自分はどのような仕事に責任を負っているのかを説明をします。この原則は組織の末端まで貫徹していて、だれもが自分の担当をはっきりと意識しています。</p>
<p>以前、シアトルのホテルにチェックインしたら、部屋にはまだ前の客がいて、出発の準備をしていた、ということがありました。彼らの荷物を運ぶポーターがいたので事情を説明すると、いきなり「それは私の責任ではない」といわれました。「君の責任の話をしているのではなく、どうしたらいいか聞いているんだ」というと、「そんなことはフロントにいってくれ」との返事です。その拒絶の仕方に驚きましたが、ポーターの仕事は荷物の管理で、それ以外のトラブルは自分には関係のないことなのです。</p>
<p>日本では、こういうことはちょっと考えられません。全従業員が、ホテルのすべての出来事に責任を負うのは当然とされているからです。すくなくとも、フロントに電話して対処を依頼するくらいのことはするでしょう。こういうとき、アメリカ人が私たちとまったく異なる原理で行動していることに気づきます。</p>
<p>もちろんこれは、アメリカ人が不親切だということではありません。逆に彼らは、自分の仕事に関しては過剰なくらい親切です。ただ、権限のないことをしないだけなのです。</p>
<p>個人ごとに責任と権限が確定した社会は、私たちから見れば、ぎすぎすとしたイヤな社会かもしれません。いちいち契約書を交わすのは、相手を信用していないようで水臭い感じがします。</p>
<p>だからもちろん、日本的な美風にも意味はあります。</p>
<p>責任や権限をあいまいにしておいたほうが、いろんなことに柔軟に対応できて、うまくいくことも多々あるでしょう。口約束なら、あとで状況が変わってもかんたんに修正できます。</p>
<p>これはきわめて快適な社会ですが、ただそのかわり、あらゆる組織が「言語明瞭意味不明」になって、だれひとり責任をとらなくなってしまうのです。</p>
<p style="text-align: right;"><span style="font-size: xx-small;"> <a href="http://wpb.shueisha.co.jp/" target="_blank">『週刊プレイボーイ』</a>2012年2月13日発売号</span><br />
<span style="font-size: xx-small;">禁・無断転載 </span></p>
]]></content:encoded>
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		<title>GKB47のイタさについて</title>
		<link>http://www.tachibana-akira.com/2012/02/3795</link>
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		<pubDate>Tue, 14 Feb 2012 21:00:08 +0000</pubDate>
		<dc:creator>tachibana</dc:creator>
				<category><![CDATA[Libertarianism]]></category>
		<category><![CDATA[リバタリアン]]></category>

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		<description><![CDATA[野田政権による自殺対策強化月間のキャッチフレーズ「GKB47」が、あまりの不評のため撤回された。自殺予防に取り組むゲートキーパー（門番）を47都道府県で増やそうというキャンペーンだが、自殺対策に取り組む民間団体などから「 &#8230; <a href="http://www.tachibana-akira.com/2012/02/3795">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>野田政権による自殺対策強化月間のキャッチフレーズ「GKB47」が、あまりの不評のため撤回された。自殺予防に取り組むゲートキーパー（門番）を47都道府県で増やそうというキャンペーンだが、自殺対策に取り組む民間団体などから「自殺問題をバカにしている」「GKBは若者言葉でゴキブリの意味だ」などの批判が噴出したのだという。</p>
<p>一連の騒動についてはアイドルに対する蔑視を感じるひともいるだろうから、ここで私見を述べるつもりはない。私が書きたいのは、「GKB47」をはじめて目にしたときの、「このイタさはどこかで見た覚えがある」という既視感のことだ。</p>
<p>昨年末に、「内閣府大臣官房政府広報室」というところからFAXが送られてきた。タイトルは、「『守る力を』ネットワーク　サポーター参画のお願いについて」というものだ。</p>
<p>ほとんどのひとが知らないだろうが、「守る力を」ネットワークというのは、「災害弱者とも言われる独居老人や、幼い子供たち、また、うつ病から自殺に至ってしまうような方など、社会的に弱い立場の人々を、公共の仕組みや相談窓口を使ってもらうことで解決に導いていこうとするためのもの」で、①減災（災害が起こったときに、いかに被害を減らせるか）、②児童虐待防止、③自殺対策、の3つのテーマについて、Facebookに特設ページをつくり、「発信力のある各界の方々」にサポーターとして参画してもらって、国民の側から議論を盛り上げていこうという試みだという。</p>
<p>このように説明してもよくわからないと思うので、実物を見ていただこう。</p>
<p><a href="http://www.facebook.com/mamoruchikara" target="_blank">「守る力を」ネットワーク</a></p>
<p>昨年8月にスタートし、著名人がサポーターとして登録しているが、半年以上経っても「議論」らしきものはほとんどなく、月に数件のコメントがつく程度だ。</p>
<p>Facebookを活用したこの政府広報のどこがイタいのか、あらためて「サポーター参画のお願い」を読み直してみた。</p>
<ul>
<li>FAXの文面が、明らかに名前の部分を変えるだけで誰にでも送れるようになっていること。私は減災や児童虐待についてはなんの知識もなく、唯一、意見があるのは自殺対策だが、内閣府の政府広報室は<a href="http://www.tachibana-akira.com/2010/10/370" target="_blank">このような議論</a>をしたいわけではないだろう。ようするに、誰彼かまわずFAXを送りつけているのだ。</li>
<li style="padding-top:1.0em;">依頼の文面に報酬についての言及が一切ないこと。ボランティアでやってくれ、ということなのだろうが、そうであれば、その旨を明記するのが社会人にものを頼むときの最低限のルールだ。ここから伺えるのは、「政府の活動に参加できるのだから、ただ働きでもいいだろう」というお上感覚だ。このひとたちは、「橘玲（「守る力を」ネットワーク・サポーター）」という肩書きに価値があると信じてるのだ。</li>
<li style="padding-top:1.0em;">そしていちばんイタいのは、SNSのことをまったく理解していないことだ。Facebookのページを見ればわかるように、ここに登場する著名人は月に1回意見をいうだけであとはなにもしない。それにコメントをつけたとしても「議論」とはいわないだろう。こんな退屈な仕組みでは、誰も参加しない（というか、その前に誰も気づかない）のも当然だ。</li>
</ul>
<p>端的にいって、この「お願い」はかなり不愉快だ。これが（おそらく）私だけの感想ではないことは、いくらFAXを送りつけても「サポーター」がほとんど増えていないことから明らかだろう。</p>
<p>なぜこの政府広報はこんなにイタいのか。その理由は、「守る力を」ネットワーク事務局が大手広告代理店の「パブリックリレーションズ」なる部署に置かれていることからわかる。すなわちこれは、代理店企画なのだ。</p>
<p>私は内情を知っているわけではないが、「GKB47」もおそらくは代理店企画で、だからイタさ（というか、チャラい感じ）が共通しているのだ。</p>
<p>お役人にとってもっとも重要なのは予算は使い切ることだが、かといって最近では、無意味なことにお金を使うと「仕分け」で政治家から吊るし上げられてしまう。そこで代理店にコンペをやらせて、政治家にもわかりやすく、マスコミにも取り上げられそうな企画を選ぼうとした。</p>
<p>そう考えれば、政府広報にFacebookを使ったり、AKB48を起用しようとする発想がとてもよくわかる。広報の効果で自殺者が減るかどうかなど、どのみち検証のしようがない。だったら、そこそこ話題になって、予算の使い方を突っ込まれたときにうまく説明できることがすべてなのだ。</p>
<p>広告代理店の「パブリックリレーションズ」部には、コンペに勝ったことで相応の広報予算が支払われているだろう。自殺対策や児童虐待防止などの美名を利用して、他人をただ働きさせて自分たちが儲けようとするのは、控えめにいっても品性として下劣だ（と私は思う）。「GKB47」に同じいやらしさを感じた関係者が怒ったのも無理はない。</p>
<p>もちろん、こんなことを書いてもカエルの面に小便だということはわかっている。</p>
<p>今回のトラブルで広告代理店も学習して、次はもうちょっとチャラくない企画（演歌歌手や重厚な俳優を使うとか）でコンペに臨むだろう。こうして自殺対策にはなんの役にも立たず、税金だけが無駄に使われていくのだ。</p>
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		</item>
		<item>
		<title>君子はかんたんには豹変できない　週刊プレイボーイ連載(37)</title>
		<link>http://www.tachibana-akira.com/2012/02/3764</link>
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		<pubDate>Sun, 12 Feb 2012 21:00:35 +0000</pubDate>
		<dc:creator>tachibana</dc:creator>
				<category><![CDATA[Column]]></category>
		<category><![CDATA[そ、そうだったのか!?　真実のニッポン]]></category>
		<category><![CDATA[エッセイ]]></category>
		<category><![CDATA[政治哲学]]></category>

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		<description><![CDATA[野田首相は施政方針演説で消費税増税の覚悟を述べ、「決められない政治」から脱却するため与野党協議に応じるよう求めました。それに対して自民党などは一斉に反発し、過去の演説を引用された福田元首相は、「いいことも言っているが、僕 &#8230; <a href="http://www.tachibana-akira.com/2012/02/3764">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>野田首相は施政方針演説で消費税増税の覚悟を述べ、「決められない政治」から脱却するため与野党協議に応じるよう求めました。それに対して自民党などは一斉に反発し、過去の演説を引用された福田元首相は、「いいことも言っているが、僕はひどい目にあった」と述べました。</p>
<p>衆参のねじれ国会に苦しんだ自民党・福田政権は、政権獲得を最優先する野党・民主党からあらゆる話し合いを拒否されました。同じ立場になった野田首相が自民党に譲歩を求めても、かんたんには応じられないというのももっともです。</p>
<p>民主党政権が苦境に陥っているのは、ことあるごとに過去の言動との一貫性を問題にされるからです。</p>
<p>2009年の衆議院選挙で、民主党は「国民との契約」であるマニュフェストを高らかに掲げ政権を奪取しました。しかし政策の目玉だった子ども手当てや高速道路の無料化はなし崩しになり、予算の組み換えと天下りの根絶で捻出するとした16.8兆円の財源はどこかに消えてしまって、いまや消費税増税に突き進んでいます。</p>
<p>沖縄の普天間基地問題では、鳩山元首相の「最低でも県外」の発言がいまだに尾を引いています。沖縄ではこれが“約束”ととらえられ、アメリカとの“約束”の板ばさみになった民主党政権は弁明に追われています。</p>
<p>私たちの社会では、主張の一貫性がきわめて重視されます。議論におけるもっとも強力な武器は、「前に言っていたこととちがうじゃないですか」のひと言です。このとき、「私はいまの話をしているのだから、むかしのことは関係ない」とか、「意見なんてそのときどきで変わるものだ」という反論は逆効果です。主張を変更する場合は、その理由を論理的に説明できないと、社会的な信用が失墜してしまうのです。</p>
<p>これが人類社会に普遍的なルールなのは、ひとが社会的な動物だからです。</p>
<p>私たちは、相手となにか約束をすると、それが実行されることを前提に行動します。この約束が一方的に破棄されてしまうとヒドい目にあうので、約束を破るひとを道徳的に罰すると同時に、言動が一貫しているひとを「信用できる」と高く評価するようになったのです。</p>
<p>こうした一貫性への執着は、マーケティングにも使われています。アンケートに「夢は南の島でのんびりすること」とこたえると、ハワイのリゾートマンションの勧誘が断わりにくくなる、というような場合です。私たちは無意識のうちに、以前の発言との一貫性を保とうとしてしまうのです。</p>
<p>約束を破った場合は、相手に謝罪して損害を補償するのが原則です。これを逆にいえば、謝罪も補償もできないときは、約束を破ったことを認められない、ということになります。野田政権の置かれた立場がまさにこれで、「国民との契約」を破ったことを認めたり、野党時代に自民党との話し合いを拒否したことを謝罪してしまうと、あとは衆議院を解散するか、自民党に政権を明け渡すしかなくなってしまいます。</p>
<p>過去はつねに亡霊のようにまとわりついてきて、君子はかんたんには豹変できないのです。</p>
<p style="text-align: right;"><span style="font-size: small;">参考文献：ロバート・B・チャルディーニ<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4414304164/aic-22" target="_blank">『影響力の武器』</a></span></p>
<p style="text-align: right;"><span style="font-size: xx-small;"> <a href="http://wpb.shueisha.co.jp/" target="_blank">『週刊プレイボーイ』</a>2012年2月6日発売号</span><br />
<span style="font-size: xx-small;">禁・無断転載 </span></p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>第12回　タクシーの苦境を招いたのは…（橘玲の世界は損得勘定）</title>
		<link>http://www.tachibana-akira.com/2012/02/3759</link>
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		<pubDate>Wed, 08 Feb 2012 21:00:28 +0000</pubDate>
		<dc:creator>tachibana</dc:creator>
				<category><![CDATA[Column]]></category>
		<category><![CDATA[橘玲の世界は損得勘定]]></category>
		<category><![CDATA[エッセイ]]></category>
		<category><![CDATA[リバタリアン]]></category>

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		<description><![CDATA[事務所近くのJRの駅には、夕方になると客待ちのタクシーの長い列ができる。どれくらい長いかというと、最後尾のタクシーが駅から信号2つ分離れた交差点のあたりにいて、その車列が駅を通り過ぎて信号1つ分先までつづき、そこでUター &#8230; <a href="http://www.tachibana-akira.com/2012/02/3759">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>事務所近くのJRの駅には、夕方になると客待ちのタクシーの長い列ができる。どれくらい長いかというと、最後尾のタクシーが駅から信号2つ分離れた交差点のあたりにいて、その車列が駅を通り過ぎて信号1つ分先までつづき、そこでUターンしてタクシー乗り場に向かうのだ。</p>
<p>列に並ぶタクシーの台数を数えたことはないが、優に100台は超えるだろう。それに対してタクシーを利用するひとはごくわずかで、車列はなかなか進まない。</p>
<p>私はできるだけ歩くようにしていて、タクシーを使う機会はあまりないのだけれど、いちどこの車列を見てしまうとますます利用しづらくなる。駅から自宅までは最低運賃の距離で、何時間も並んだドライバーにとっては明らかに“外れ”の客だからだ。</p>
<p>自宅のそばの公園には、深夜になるとタクシーが集まってくる。アイドリングしたまま車を停めておける場所がなかなかないので、仮眠をとるドライバーたちにとっては数少ない憩いの場所なのだ。客待ちだけで何時間もかかるのでは、寝る時間がなくなるのも当然だろう。</p>
<p>タクシー業界が苦境に陥ったのは、規制緩和で台数が増えたからだとされている。タクシードライバーの給料は歩合制なので、不況で市場が縮小すると、タクシー会社は増車によって売上を維持しようとする。こうして供給過剰とドライバーの待遇悪化が常態化して、業界団体や労働組合が国に泣きついて、東京でも2007年に初乗り運賃が660円から710円に引き上げられた。その直後に世界金融危機が起きて、状況は以前よりずっと悪くなってしまった、というわけだ。</p>
<p>私が不思議に思うのは、需要に対して供給が増えているのに、なぜ料金が上がるのか、ということだ。需要と供給の法則によれば、料金を引き下げて需要を増やさなければならないことくらい、いまでは小学生だって知っている。</p>
<p>案の定、料金引上げによって東京ではタクシー会社の売上はさらに減ってしまった。その一方で、地方では若干の値上げ効果があったらしい。</p>
<p>電車やバスなど公共交通網が発達した都市部では、タクシー料金が上がれば消費者はより安価な移動手段を使うようになる。しかし赤字のバス路線が次々と廃止された地方では、タクシーしか移動手段のないひとたちは高い料金を払うしかない。それは多くの場合、車を運転できない高齢者や病人だろう。タクシー料金の値上げ効果は、社会的弱者の犠牲のうえに実現したのだ。</p>
<p>そもそも日本のタクシー料金は高すぎる。たとえば香港のタクシーは初乗り20HKドル（200円）、シンガポールは5SGドル（300円）だ。日本でも料金を大幅に引き下げれば、気軽に利用するひとが増えるだろう。</p>
<p>値段を上げて売上が増えるなら、経営者は誰も苦労しない。絶望的なまでに長い客待ちの車列が、ブードゥー経済学の素晴らしい見本を示している。</p>
<p style="text-align: right;"><span style="font-size: xx-small;">橘玲の世界は損得勘定　Vol.12：<a href="http://veritas.nikkei.co.jp/index.aspx">『日経ヴェリタス』</a>2012年1月29日号掲載</span><br />
<span style="font-size: xx-small;">禁・無断転載</span></p>
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		<title>国民が国家を搾取している　週刊プレイボーイ連載(36)</title>
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		<pubDate>Sun, 05 Feb 2012 21:00:51 +0000</pubDate>
		<dc:creator>tachibana</dc:creator>
				<category><![CDATA[Column]]></category>
		<category><![CDATA[そ、そうだったのか!?　真実のニッポン]]></category>
		<category><![CDATA[エッセイ]]></category>
		<category><![CDATA[政治哲学]]></category>

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		<description><![CDATA[欧州共通通貨ユーロが崩壊の危機にあります。EU（欧州連合）の混乱から、私たちはどのような教訓を学ぶべきなのでしょうか。 これまで多くの論者が、「“市場原理主義”が共同体を壊すのだから、国家は市場の暴走を止めるべきだ」と主 &#8230; <a href="http://www.tachibana-akira.com/2012/02/3756">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>欧州共通通貨ユーロが崩壊の危機にあります。EU（欧州連合）の混乱から、私たちはどのような教訓を学ぶべきなのでしょうか。</p>
<p>これまで多くの論者が、「“市場原理主義”が共同体を壊すのだから、国家は市場の暴走を止めるべきだ」と主張してきました。しかしユーロ危機では、明らかに「国家が市場を壊した」のであり、財政を統合しないまま通貨だけを共通にする制度設計の失敗をなんとかしなければ危機は解決しません。</p>
<p>問題は市場ではなく、国家にあるのです。</p>
<p>もうひとつは、国家と国民（市民）の関係です。</p>
<p>私たちは、国家権力が市民を抑圧し、自由や平等を求めてひとびとが立ち上がるという物語をずっと聞かされつづけてきました。「アラブの春」はこの典型で、独裁政権を終わらせるためにひとびとは投獄覚悟でデモを行ない、あるいは武器をとって政府軍とたたかいました。</p>
<p>ユーロ危機の渦中にあるギリシアでも、大規模なデモやストライキがつづいています。しかしその光景は、私たちがよく知る自由やデモクラシーのための抗議行動とはずいぶんちがいます。</p>
<p>ギリシアを取材した毎日新聞記者の藤原章生氏は、労働省のエリート幹部から次のような話を聞きました。</p>
<p>ギリシアでは新しい政権ができると、官僚の顧問や局長職が総入れ替えになって、閣僚や政治家たちが身内や友人、支援者などを好きなように新しいポストにつけます。彼らは「臨時雇用」としてやってきますが、いつのまにか「正規雇用」になって、政権が交代しても解雇されることがありません。</p>
<p>それでは、前から同じポストにいたひとはどうなるのでしょう？　ここで労働省幹部は、驚くべき秘密を打ち明けます。</p>
<p>「（彼らは）別のポストに行くか、ひどい場合、同じ局長のポストに2人がいるなんてこともある。当然2人分の仕事はないから、前の人たちは職場に来なくなり、給与だけもらい続ける幽霊公務員となる。私たち労働省の中でも全体の職員が何人いるのか、どういう構成なのかよくわかっていない」</p>
<p>こうして選挙のたびに公務員が増えていき、その結果、ギリシアの公務員数は巷間いわれている110万人（労働者の4人に1人）よりもはるかに多いのではないかと藤原氏は推計します。この国では一種のベーシックインカムが実現していて、家族の誰かが公務員（もしくは幽霊公務員）として国からいくばくかの給与をもらい、生活費をまかなっているのです。――そう考えれば、緊縮財政が国民的な規模のデモやストライキを引き起こした理由もよくわかるでしょう。</p>
<p>欧米や日本のような民主政国家では、もはや国家は国民を弾圧したりしません。成功するかどうかは別にして、国家は国民を「幸福」にするために存在するのです。</p>
<p>こうして、国家が国民を犠牲にするのではなく、国民が国家を搾取するようになりました。しかしこれは、けっして他人事ではありません。</p>
<p>ギリシアは福祉国家のカリカチュアで、私たちは鏡に映った自分の姿を見ているのかもしれないのです。</p>
<p style="text-align: right;"><span style="font-size: small;">参考文献：藤原章生<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4620530247/aic-22" target="_blank">『ギリシア危機の真実』</a></span></p>
<p style="text-align: right;"><span style="font-size: xx-small;"> <a href="http://wpb.shueisha.co.jp/" target="_blank">『週刊プレイボーイ』</a>2012年1月30日発売号</span><br />
<span style="font-size: xx-small;">禁・無断転載</span></p>
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		<title>年金の支給開始が70歳になったら、「金融商品」としての損得はどうなるのだろうか？</title>
		<link>http://www.tachibana-akira.com/2012/02/3769</link>
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		<pubDate>Wed, 01 Feb 2012 21:00:46 +0000</pubDate>
		<dc:creator>tachibana</dc:creator>
				<category><![CDATA[Life Planning]]></category>
		<category><![CDATA[人生設計]]></category>

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		<description><![CDATA[公的年金の支給開始年齢を70歳に引き上げるという案が話題になった。あまりの反発に民主党は即座に撤回したが、年金財政の悪化を考えれば、早晩復活することは間違いないだろう。 ところで年金の支給が70歳開始になったら、積み立て &#8230; <a href="http://www.tachibana-akira.com/2012/02/3769">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>公的年金の支給開始年齢を70歳に引き上げるという案が話題になった。あまりの反発に民主党は即座に撤回したが、年金財政の悪化を考えれば、早晩復活することは間違いないだろう。</p>
<p>ところで年金の支給が70歳開始になったら、積み立てた保険料と、生涯にわたって受け取ることになる保険金の関係はどうなるのだろうか？</p>
<p>厚生年金や共済年金は所得によって保険料や支給額が変わるので、仕組みの単純な国民年金で計算してみよう。</p>
<p>国民年金は<span style="line-height: 24px;">20歳から40年間、保険料を積み立てて、65歳から毎月払い戻しを受ける積み立て型の終身年金だ。</span>保険料は2017年に月額1万6900円まで引き上げられ、それ以後は変わらないことになっているので、毎年の支払額は20万2800円、40年間の総支払額は811万2000円になる。</p>
<p>それに対して受給額（保険金）は月額6万5741円（年78万8892円）で、これが生涯にわたって支払われる。</p>
<p>年金に加入する20歳の若者の平均余命は、男性で59.66年、女性で66.39年だ。年金は65歳から支給されるから、国民年金に加入したばかりの彼らは、平均すれば一生のうちに、男性で14年8ヶ月分、女性で21年5ヶ月分の年金を受け取ることになる。</p>
<p>これはつまり、平均的に生きた場合、男性で約1235万円、女性で約1766万円が国民年金の総受給額になるということだ。 <span style="line-height: 24px;">保険料や保険金はインフレ率によって調整されることになっているが、実質利回りは同じになるはずなので、試算としてはこの数字で十分だろう。</span></p>
<p>40年かけて811万円を積み立て、総額1235万円（男性の場合）を受け取るのは、はたして得なのか、損なのか？</p>
<p>積み立てたお金が1.5倍に増えるのだから得なようにも思えるが、その一方で、40年も保険金を払いつづけ、65歳まで待ったのに、たった1.5倍にしか増えていないともいえそうだ。</p>
<p>そこでEXCELのIRR関数で内部収益率を計算してみると、20歳の若者にとっての国民年金の投資利回りは、男性で年率1.48%、女性で年率2.44%になった（女性の方が利回りが高いのは長生きだからだ）。</p>
<p>国民年金と直接比較可能な金融商品はないが、期間20年の国債の利回りが1.75%なので、これがいちおうの目安になるだろう。</p>
<p><span style="line-height: 24px;">そうすると、20歳の女性（利回り2.44％）が国民年金に加入するのは得だといえそうだが、男性（利回り1.48％）はどうなのだろうか。</span></p>
<p>これはなかなか難しい問題だけれど、年金は長期の積立型の金融商品で、支給額はインフレ率によって増減する（物価が上がると年金も増える）。そのうえ国民年金の保険料は所得から控除でき、年金を受け取るときにも各種の控除がある。こうしたさまざまなメリットを考慮すると、20歳の男性にも、「国民年金に入った方がいいよ」と勧められるのではないだろうか。</p>
<p>ただし年金の支給年齢が70歳に引き上げられてしまうと、この試算では、20歳の男性の総受給額は839万円で、投資利回りは0.13%まで下がってしまう。これでは保険料を貯金箱に入れて、70歳になったら引き出すのとほとんど同じだ。</p>
<p>将来の若者がじゅうぶんに合理的なら、811万円を40年間で積み立てて70歳から839万円を分割で受け取るような割の悪い投資商品は相手にしないにちがいない。</p>
<p>これは年金が賦課方式で、積立貯蓄ではないことからくる構造的な問題だ。国民年金は個人加入の明朗会計なので、損得が誰にでもすぐにわかってしまう。年金を金融商品と考えるなら、いまの商品設計が許容できるぎりぎりの線だろう。</p>
<p>年金の支給開始を70歳に引き上げたとき、「それだと加入すれば損することになる」といわれたら、厚生労働省はどうこたえるのだろうか。「年金は助け合いだから、損得なんて口にするのも汚らわしい」とか……。</p>
<p>たぶん、そんなことなにも考えてないんだろうな。</p>
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		<title>上を見れば限りはあるけれど、下を見れば切りがない　週刊プレイボーイ連載(35)</title>
		<link>http://www.tachibana-akira.com/2012/01/3722</link>
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		<pubDate>Sun, 29 Jan 2012 21:00:04 +0000</pubDate>
		<dc:creator>tachibana</dc:creator>
				<category><![CDATA[Column]]></category>
		<category><![CDATA[そ、そうだったのか!?　真実のニッポン]]></category>
		<category><![CDATA[エッセイ]]></category>
		<category><![CDATA[政治哲学]]></category>

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		<description><![CDATA[カリブ海の島ジャマイカの首都キングストンにあるトレンチタウンは、ボブ・マーリーの歌によって世界でもっとも有名なスラム街のひとつになりました。“トレンチ”は溝のことで、ダウンタウン周辺のどぶ川が流れる一帯に貧しいひとたちが &#8230; <a href="http://www.tachibana-akira.com/2012/01/3722">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>カリブ海の島ジャマイカの首都キングストンにあるトレンチタウンは、ボブ・マーリーの歌によって世界でもっとも有名なスラム街のひとつになりました。“トレンチ”は溝のことで、ダウンタウン周辺のどぶ川が流れる一帯に貧しいひとたちが廃材とトタンで家を建てたのがはじまりです。イギリス人の父と黒人の母親との間に生まれたボブ・マーリーは、父の死で10歳のときにトレンチタウンに移り住み、その体験をもとに“トレンチタウンロック”や“ノー・ウーマン・ノー・クライ”など数々の名曲が生まれました。</p>
<p>昨年末にキングストンを訪れたとき、トレンチタウンの近くを通りかかると、どの路地にも緑色かオレンジ色の小さな旗が掲げられていることに気がつきました。タクシーの運転手に訊くと、これはその地区がどの政党を支持しているのかを表わしているのだといいます。</p>
<p>ジャマイカは人民国民党（PNP）とジャマイカ労働党（JLP）の二大政党制で、オレンジはPNPの、緑はJLPのシンボルカラーです。このふたつの政党は1960年代から交互にジャマイカの政治を担ってきたのですが、両者の政治対立はときにヤクザの抗争のような暴力的なものになりました。</p>
<p>よく知られているのは1976年のボブ・マーリー狙撃事件で、これは与党だったPNP主催の音楽イベント“スマイル・ジャマイカ”に国民的大スターが参加するのを阻止するために、対立組織がキングストンにあるボブの自宅を襲わせたとされています（銃撃により負傷したボブは2日後の音楽祭に参加し、国民の和解を訴えました）。</p>
<p>なぜここまで政治抗争が深刻になるかというと、スラム街を支配するギャングのボスが特定の政党と結託して利権を確保しているからです。どちらの政党が政権の座につくかは彼らにとっては死活問題で、選挙のたびに対立する地区の住人の投票を妨害しようとして乱闘が起きます。ギャングの利権はコカインやマリファナなどの麻薬産業で、キングストンの港が軍の厳重な警戒下にあるのは、80年代に南米の麻薬カルテルがジャマイカをアメリカ市場への積出港に使うようになったからだといいます。</p>
<p>そんな説明をひとしきりした後で、「ところで日本の政治はどうなんだい？」とタクシー運転手から訊かれました。「戦後はずっと同じ政党が政権を持っていたんだけど、つい最近二大政党制になったんだよ」と答えると、彼は不思議そうな顔をします。</p>
<p>「それで、なんで日本人は殺し合わないんだい？」</p>
<p>私たちはずっと、「日本の政治はサイテーだ」という“自虐史観”に悩んできました。しかし戦後の日本人が理想としてきたアメリカでは「ティーパーティー」や「オキュパイ」などの抗議行動が噴出し、ヨーロッパは共通通貨ユーロが崩壊寸前で、移民排斥とＥＵ脱退を掲げる極右政党が支持を伸ばしています。それに対して日本では大規模なデモや社会的混乱もなく、世界の大半の国と比べれば汚職や収賄もきわめてまれです（膨大な財政赤字を抱え込んだため、政党はもはや利権を分配することができなくなってしまいました）。</p>
<p>上を見れば限りはあるけれど、下を見れば切りがない――私たちは、そんな苦いリアリズムの時代を生きているのかもしれません。</p>
<p style="text-align: right;"><span style="font-size: xx-small;"> <a href="http://wpb.shueisha.co.jp/" target="_blank">『週刊プレイボーイ』</a>2012年1月23日発売号</span><br />
<span style="font-size: xx-small;">禁・無断転載</span></p>
<div id="attachment_3726" class="wp-caption aligncenter" style="width: 208px"><a href="http://www.tachibana-akira.com/wp/wp-content/uploads/2012/01/RIMG07601.jpg" rel="lightbox[3722]"><img class="size-medium wp-image-3726" title="Exif_JPEG_PICTURE" src="http://www.tachibana-akira.com/wp/wp-content/uploads/2012/01/RIMG07601-198x300.jpg" alt="" width="198" height="300" /></a><p class="wp-caption-text">ボブ・マーリー・ミュージアム。キングストンの数少ない観光スポットのひとつ</p></div>
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		<title>第11回　素晴らしきかな、ローン人生（橘玲の世界は損得勘定）</title>
		<link>http://www.tachibana-akira.com/2012/01/3710</link>
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		<pubDate>Wed, 25 Jan 2012 21:00:39 +0000</pubDate>
		<dc:creator>tachibana</dc:creator>
				<category><![CDATA[Column]]></category>
		<category><![CDATA[橘玲の世界は損得勘定]]></category>
		<category><![CDATA[エッセイ]]></category>
		<category><![CDATA[人生設計]]></category>

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		<description><![CDATA[海外のホテルでアメリカのケーブルテレビを観ていたら、「50％more cash（50％もっと現金を）」というCMが耳にこびりついて離れなくなった。ビジネススーツ姿の男性が、「50％キャッシュが増えたら君もうれしいだろ」と &#8230; <a href="http://www.tachibana-akira.com/2012/01/3710">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>海外のホテルでアメリカのケーブルテレビを観ていたら、「50％more cash（50％もっと現金を）」というCMが耳にこびりついて離れなくなった。ビジネススーツ姿の男性が、「50％キャッシュが増えたら君もうれしいだろ」とネコに語りかけるのだが、それをえんえんと繰り返されると「いったいなんのことだろう」と気になってくる。</p>
<p>そこで調べてみると、これは大手銀行が発行するクレジットカードの宣伝で、買い物するたびに1%のキャッシュバックがあり、さらに1年後には昨年度のキャッシュバックに対して50%の「ボーナス」がつくのだという。</p>
<p>100ドルの買い物で1ドルが口座に加えられ、さらに1年後に50セントのボーナスが加算される。ということは、要するに還元率1.5%のクレジットカードのことだ。</p>
<p>だったらなぜ最初から「1.5%還元」にしないのかというと、「50％more cash」のほうがずっとインパクトがあるからだろう。こうした心理テクニックはいまではものすごく発達していて油断も隙もない。</p>
<p>とはいえここで述べたいのは、クレジットカードの宣伝戦略ではなく、アメリカ人の借金観のことだ。</p>
<p>ずいぶん前の話だけれど、ハワイの公営ゴルフコースでウィスコンシンからやってきた年配の男性といっしょになった。サブプライムローンの全盛期で、テレビをつけるたびに、「低利でローンを借り替えてゆたかになろう」というCMが流れていた。</p>
<p>当時は、初対面の挨拶で、天気の代わりに不動産の話をする時代だった。長年やってきた食料品店を閉じて悠々自適の引退生活を送っているという男性は、私が賃貸暮らしだと知ると、マイホームがいかに有利かをひたすら話しつづけた。</p>
<p>彼によると、最高の人生とはできるだけ大きな借金をして死ぬことだという。</p>
<p>「かんたんな話だよ」と彼はいった。「借金っていうのは、要するに、働かずに大金を手にできる魔法のことなんだ。死ねばどうせすべてチャラになるんだから、銀行をだましてできるだけたくさん金を借りた奴の勝ちなのさ」</p>
<p>そんな彼もすでに2件の家を持ち、今回はハワイの物件を見に来たのだという。</p>
<p>それから2007年にかけて地価はほぼ倍になったから、彼の投資はきっと大成功しただろう。その後の2年間で不動産価格が半分に暴落してどうなったかは知らないが……。</p>
<p>彼が私に教えてくれたのは、田舎町に住む平凡なアメリカ人ですら、「借金は素晴らしい」と信じて疑わないという驚くべき事実だった。この超楽観的人生観こそが、アメリカの消費社会を支える原動力なのだ。</p>
<p>世界金融危機を経て、アメリカではさまざまな社会問題が噴出している。でも「50% more cash」と連呼するCMを見ると、「このひとたちは変わらないなあ」とつくづく思うのだ。</p>
<p style="text-align: right;"><span style="font-size: xx-small;">橘玲の世界は損得勘定　Vol.11：<a href="http://veritas.nikkei.co.jp/index.aspx">『日経ヴェリタス』</a>2012年1月16日号掲載</span><br />
<span style="font-size: xx-small;">禁・無断転載</span></p>
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		<title>「強いリーダー」はなぜいないのか？　週刊プレイボーイ連載(34)</title>
		<link>http://www.tachibana-akira.com/2012/01/3705</link>
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		<pubDate>Sun, 22 Jan 2012 21:00:18 +0000</pubDate>
		<dc:creator>tachibana</dc:creator>
				<category><![CDATA[Column]]></category>
		<category><![CDATA[そ、そうだったのか!?　真実のニッポン]]></category>
		<category><![CDATA[エッセイ]]></category>
		<category><![CDATA[政治哲学]]></category>

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		<description><![CDATA[昨年末には北朝鮮の金正日主席が急逝し、今年は米大統領選や中国共産党の政権交代など重大イベントが目白押しで、ユーロ危機はあいかわらず薄氷を踏むような状態がつづいています。そんななか、日本にも「強いリーダー」が必要だとの声が &#8230; <a href="http://www.tachibana-akira.com/2012/01/3705">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>昨年末には北朝鮮の金正日主席が急逝し、今年は米大統領選や中国共産党の政権交代など重大イベントが目白押しで、ユーロ危機はあいかわらず薄氷を踏むような状態がつづいています。そんななか、日本にも「強いリーダー」が必要だとの声が日増しに大きくなっています。</p>
<p>ところで、日本にはなぜ強いリーダーがいないのでしょう。この疑問はふつう「政治家がだらしないからだ」と一蹴されてしまうのですが、そんな簡単な話ではないかもしれません。</p>
<p>1980年代から、世界80ヶ国以上のひとびとを対象に、政治や宗教、仕事、教育、家族観などについて訊く「世界価値観調査」が行なわれています。これだけ大規模な意識調査はほかになく、その結果もきわめて興味深いのですが、2005年調査の全82問のなかで、日本人が他の国々と比べて圧倒的に異なっている質問がひとつあります。</p>
<p>近い将来、「権威や権力がより尊重される」社会が訪れたとすると、あなたの意見は「良いこと」「悪いこと」「気にしない」のどれでしょうか。</p>
<p>集計結果を先進国で比較すると、フランス人の84.9%、イギリス人の76.1%が、社会を運営するためには権威や権力は尊重されるべきだと考えています。マリファナや安楽死を容認するオランダで70.9%、自助・自立を旨とするアメリカでも59.2%が権威や権力は必要だと回答し、権威的な体制への批判が噴出する中国ですら43.4%が権力は好ましいものだと考えています。</p>
<p>それに対して日本人は、この質問にどのように回答したのでしょうか。</p>
<p>驚くべきことに、日本人のうち「権威や権力を尊重するのは良いこと」と答えたのはわずか3.2%％しかいません。逆に80.3%が「悪いこと」と回答しています。この結果がいかに飛び抜けているかは、権威や権力への信頼度が２番目に低い香港でも22.6%が「良いこと」と回答していることからも明らかです。</p>
<p>日本人は世界のなかでダントツに権威や権力が嫌いな国民だったのです。</p>
<p>なぜこのような特異な価値観を持つようになったのかは意識調査だけではわかりませんが、第二次世界大戦の経験が影響していることは間違いないでしょう。権威や権力を振りかざす政治家や軍人を信じたら、広島と長崎に原爆を落とされ、日本じゅうが焼け野原になり、民間人を含め300万人もが犠牲になったのですから、もうこりごりだと思っても不思議はありません。</p>
<p>しかしそれでも謎は残ります。敗戦によって同じような惨状を体験したドイツでも、半分（49.8%）のひとが「権威や権力は尊重すべき」とこたえているからです。</p>
<p>日本の歴史を振り返ると、「独裁者」と呼べそうな支配者は織田信長くらいしか見当たらず、徳川家康を筆頭に、あとはみんな調整型のリーダーばかりです。だとしたら日本人は、大昔から権威や権力を嫌ってきたのかもしれません。</p>
<p>もちろんこれについてはいろいろな解釈があるでしょうが、ひとつだけはっきりしていることがあります。</p>
<p>日本に「強いリーダー」がいないのは、だれも望んでいないからです。これまで1000年以上にわたってそうだったのだから、これからもたぶんずっとそうなのでしょう。</p>
<p style="text-align: right;"><span style="font-size: xx-small;"> <a href="http://wpb.shueisha.co.jp/" target="_blank">『週刊プレイボーイ』</a>2012年1月16日発売号</span><br />
<span style="font-size: xx-small;">禁・無断転載 </span></p>
<p style="text-align: justify;">*                   *                   *                   *                   *                   *                   *                   *</p>
<p style="text-align: justify;">文章ではわかりにくいと思うので、上記の調査結果をグラフ化したものを掲載しておきます。</p>
<p style="text-align: justify; padding-left: 30px;"><strong>ここに近い将来起こると思われるいろいろな生活様式の変化があげてあります。もし、そういうことが起こった場合、あなたはどう思われますか。</strong></p>
<p style="text-align: justify; padding-left: 30px;"><strong>よい（好ましい）ことだと思いますか、悪い（好ましくない）ことだと思いますか、それともそういうことが起こっても気にしませんか。それぞれについてお答えください。</strong></p>
<p style="text-align: justify;">の問のうち、「権威や権力がより尊重される」について、「良いこと」と回答したひとの比率です。</p>
<p style="text-align: right;"><a href="http://www.tachibana-akira.com/wp/wp-content/uploads/2012/01/graph.jpg" rel="lightbox[3705]"><img class="aligncenter size-full wp-image-3714" title="graph" src="http://www.tachibana-akira.com/wp/wp-content/uploads/2012/01/graph.jpg" alt="" width="608" height="666" /></a><span style="font-size: xx-small;">『世界主要国価値観データブック』（同友館）より作成</span></p>
]]></content:encoded>
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