喫煙は医療費を削減するから社会の役に立つ? 週刊プレイボーイ連載(299) 

2020年の東京オリンピックを前に受動喫煙対策が紛糾しています。国際オリンピック委員会は「たばこのないオリンピック」推進を求めており、それを受けて厚労省が、小規模なバーやスナックを例外として屋内を原則禁煙とする案を提示したところ、飲食店の売上が落ちるとして自民党議員が強く反発したのです。

わたしは非喫煙者なので、禁煙対策の強化には賛成です。寿司屋のカウンターで、先に食べ終わった隣の客がタバコを吸いはじめるとほんとうにがっかりします。これは客のマナーというより、高いお金を取りながら喫煙を放置している店に問題があります。これで「日本のおもてなしは世界一」といわれたら、屋内禁煙が常識の国からやってきた外国人は腰を抜かすでしょう。

その一方で、タバコが合法である以上、喫煙者の権利は守らなければなりません。リベラルな社会では、他人に迷惑をかけなければ(法の許すかぎり)なにをしようが自由だからです。

タバコががんなどの原因になることがわかって禁煙対策が求められるようになったわけですが、政府にできるのは、「喫煙は健康を害する」という啓発活動と、タバコの値段を上げることくらいです。

啓発活動は大事ですが、喫煙者にはあまり効果がないことがわかっています。海外の研究ですが、タバコの箱に(喫煙で汚れた肺など)おどろおどろしい写真を載せると、喫煙者は不安を抑えるためによりタバコを吸いたくなるのです。

タバコへの課税は有効ですが、それにも限度があります。仮に1箱1万円になれば、かつての禁酒法と同じで、タバコの巨大な闇市場が生まれることは間違いないでしょう。

こうして、「喫煙者は医療費を増やすことで社会に負担をかけている」との主張が出てきました。たしかに、がんになれば治療が必要ですから、これは一見わかりやすい理屈ですが、よく考えるとそうともいえません。タバコが死亡率を高めることは多くの研究が示していますが、死んでしまったひとには年金を払う必要もなければ、高齢者医療や介護もいらないからです。医療経済学では、こうした効果を総合すると、「喫煙は医療費を削減する」というのが定説になっています。世界的に受動喫煙が問題とされるようになったのは、こうした背景があるからでしょう。

フィルターを通して吸い込む煙より副流煙のほうが有害物質を多く含むことが明らかになって、客だけでなく従業員の健康への配慮も求められるようになりました。「店の儲けのためにがんになってもいいというのか」との批判には説得力がありますから、日本も早晩、受動喫煙にきびしく対処せざるを得なくなるでしょう。

しかしそうなると、喫煙を批判する根拠はなくなります。

誰にも迷惑をかけない自宅などでタバコを思う存分吸うのは喫煙者の権利です。そのうえ彼らは、統計的には早世しますから、非喫煙者に比べて社会の負担になりません。最近では「禁煙希望者への支援」も叫ばれていますが、これを“よけいなお世話”と感じる喫煙者も多いでしょう。

だとしたら、その先に待っているのは、「どんどんタバコを吸ってさっさと死んでください」という“自己責任”の世の中かもしれません。

『週刊プレイボーイ』2017年7月24日発売号 禁・無断転載