自己啓発の歴史(6) サイケデリック革命とインナートリップ


マズローの人間性心理学は、白人エリート層を中心に、60年代のアメリカ社会で熱狂的に受け入れられた。

人間性心理学の最大の利点は、そのわかりやすさだ。それはフロイト流の精神分析のような不愉快な話(「お母さんとセックスしたいんでしょ」)を抜きに、人生の意味と目標を簡明に教えてくれる。

マズローによればひとには満たされない欲求を充足しようとする本性があり、その欲求は息をし、食べ、眠り、セックスをするという基本的なものから安全の欲求、所属と愛の欲求、承認の欲求へと階層化され、自己実現の欲求へと至る。これが「欲求の五段階説」で、ひとは生活上の欠乏から解き放たれてはじめて、自己実現という高度の欲求を充足できるとされた。人生の目的は、完全な人間に向けていまの自分を超えていくことだ。いうまでもなくこれは、哲学者ニーチェの「超人」をアメリカの大衆文化に合わせて翻案したものだ。

マズローのもうひとつの特徴は、自己実現にあたって「至高経験(Peak experience)」を強調したことだ。自己実現は愛情や創造性にかかわる高次の欲求で、宗教的・神秘的な経験をともなう大きな感動を与えてくれる。マズローがエスリンに夢中になったのは、そこで「至高体験を得る=自分を超えていく」魂の技法が開発できると考えたからだ。

マズローが『完全な人間』で自己実現を説いたのが62年、翌63年にはハーヴァードを解雇されたティモシー・リアリーが、LSDの“至高体験”による意識の拡大を唱えはじめた。人類史上未曾有の繁栄を手にしたアメリカ白人層の若者たちにとって、大義のない戦争や人種差別といった社会の矛盾を正すだけでなく、伝統や格式のくびきを外し、より豊かな精神性を追求するのは当然のことだった。時代の気分が、人間性心理学やサイケデリックを求めていたのだ。

リアリーは、ベトナム反戦運動や公民権運動から距離を置き、LSD体験者が一定数を超えれば“サイケデリック革命”によって世界は進化し、差別も戦争もない理想社会が実現すると主張した。エスリンの神秘主義者や心理療法家たちも外の世界に興味を示さず、自己を高め純化する“インナートリップ”を繰り返していた。

リアリーもマズローもエスリンのセラピストたちも、まったく同じ理念を共有していた。

  1.  ひとは無限の可能性をもっている。
  2.  人間性は、薬物(リアリー)や技法(マズロー)によって変革できる。
  3.  自己実現した主体によって、世界は理想に向けて進化する。

彼らにとって重要なのは、社会の秩序を公正・公平なものに変えていくことではなく、人間性を変革する確実で効率的な方法を開発することだった。その道を薬物に求めた者は、古今東西のありとあらゆるドラッグを試した。東洋思想に求めた者はインドやチベットで修行し、ヨーガ、瞑想、禅を究めた。心理療法に求めた者は、参加者の精神を極限まで追い詰め人格を解体する過激なセラピーやワークショップに突き進んだ(実際、何人もの自殺者が出た)。

ヒッピーやドラッグやフリーセックスやロックンロールに象徴される60年代の奇妙な文化現象は、「至高体験」という見果てぬ夢につながっている。そこは法律や倫理はもちろん常識すら通用しない無法地帯で、こころを対象に考えられるかぎりの「人体実験」が行なわれた。この壮大な人間改革運動が終わると、その跡地には膨大な数の薬物中毒者と精神障害者と社会不適応者の群れが残されていた。だがエスリンの遺産は、それだけではなかった。

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自己啓発の歴史(6) サイケデリック革命とインナートリップ への1件のフィードバック

  • 通りすがり のコメント:

    詰まるところ、ニューエイジにしろ、自己啓発セミナーにしろ、ある種の精神医学にしろ、行きつくところは自己と自我の軽視。

    そんなにみなさん自分を他人に預けっぱなしにしたり、自我を安売りしたりしたいのでしょうか?

    そして、そういう人々にとって、現代に蔓延する「成功哲学」は魅力的に映るのでしょうか?
    僕には良く分かりませんが、自分の人生は自分だけのものだと思っています。

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