第15回 放置自転車 ハッピーな解決法(橘玲の世界は損得勘定)

放置自転車はどこでも頭の痛い問題だ。駅前を管理する自治体だけでなく、商店街やビルのオーナーも同じで、なかなか有効な対策がない。

仕事場を借りているビルの1階店舗が閉店したら、たちまち自転車の放置が始まった。みんな自転車を置ける便利な場所を探していて、誰かが最初に放置すると、なんの罪悪感もなくそれにならうのだ。そんなわけで、ビルの前はたちまち自転車で埋まってしまった。

翌朝、ビルのオーナーが仁王立ちになって、自転車をとめようとするひとたちを怒鳴りつけていた。70歳はとうに超えていると思うのだが、これでは健康にもよくないだろう。

夕方には業者が呼ばれ、店舗前がロープで囲われた。しかしそれでも、わずかなスペースを見つけて自転車を放置する不届き者がいる。オーナーはその自転車を引きずり出しては、歩道の脇に積み上げている。ますます健康に悪そうだ。

放置自転車は都会のウイルスみたいなもので、どんな場所にも侵入し増殖していく。たった一人で対抗しても、制圧できるわけはないのだ。

むなしいたたかいを数週間つづけたあげく、オーナーは一計を案じて(あるいは営業マンに教えられて)、ビルの前に有料の自転車置き場を設置した。コインパーキングと同じ仕組みで、100円で10時間、自転車をとめておくことができる。

こんな方法でうまくいくのかと見ていたら、驚いたことに、“コイン自転車パーキング”はいつも満杯の大盛況だ。

私はずいぶん前に徒歩生活に切り替えたので自転車ユーザーではないのだが、これを見ると、彼らがじつは自転車の放置にかなりのストレスを感じていたことがわかる。

最近では放置自転車の監視もきびしく、見つかれば怒られるし、撤去されたら取り戻すのも面倒だ。しかし自治体の駐輪場は抽選で、スーパーの駐輪場には行列ができているから、「まあいいや」と放置してしまうのだろう。100円で安心して駐輪できるなら安いものなのだ。

それに、10時間で100円という料金設定も絶妙だ。自転車をとめて会社に行き、8時間働いて戻ってくればぴったりだ。残業のときは追加料金を払わなければならないが、「ついてないや」とあきらめられるだろう。

もちろんコイン自転車パーキングにも、わずかな隙間に自転車を押し込む輩はいる。しかしこれは、そうとうに勇気のいる行為だ。

ほかのひとたちはみんな、100円を払って自転車をとめている。ズルをしているところを見つけたら、注意はしないまでも不愉快に思うにちがいない。以前はオーナーが一人で怒鳴っていたが、その監視をこんどはみんながやってくれるのだ。

自転車の放置は悪気がないから、いくら道徳や倫理を説いても解決しない。撤去にかかる手間や費用を考えると、歩道などの共有スペースもコインパーキング化すればみんながハッピーになれると思うのだが、どうだろうか。

橘玲の世界は損得勘定 Vol.15:『日経ヴェリタス』2012年4月22日号掲載
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