AKB48総選挙で「政治」を考える 週刊プレイボーイ 連載(4)

AKB48総選挙が佳境を迎えています。今回はこの“国民的イベント”を例にあげて、政治とはなにかを考えてみましょう。

原発を存続させるかどうかとか、誰が新曲のセンターポジションで歌うべきかとか、私たちの社会には決めなくてはならないたくさんの問題があふれています。争いが生じるのはひとびとが異なる利害を持っているからで、それを上手に調整しないと社会は混乱してしまいます。そうならないように、みんなが納得するようにものごとを決める仕組みが「政治」です。

独裁制では、1人の独裁者(王様)が絶対的な権力を持ちます。貴族制では選ばれた一部のひとたちが、神権制では神の意思を伝える(とされる)神官がすべてを決めます。それに対して民主制(デモクラシー)では、異なる意見を持つひとたちが討論をして、参加者全員が賛否を投じ、多数決でものごとが決まります。

ところで同じ民主制でも、国(自治体)と株式会社では決め方のルールが大きく異なります。国の選挙は1人1票が原則で、株式会社の株主総会は1株1票です。国民の選挙権はお金持ちも貧乏人も平等ですが、株主総会ではたくさんの株を持っているひとに大きな発言力があります。AKB48の総選挙は、1ファン1票ではなく、シングルCDに付いている投票権があれば1人で何票も投票できるのですから、これは株式会社型の民主制ということになります。

国政型と株式会社型は、どちらが正しいというわけではありません。

国の政治が1人1票なのは、どのような国をつくるかというひとびとの理想が異なっているからです。あるひとは経済的にゆたかな国がいいと考え、別のひとはたとえ貧しくても家族や地域の絆がある国に暮らしたいと考えています。若者が努力して報われる社会にすべきだというひともいれば、高齢者が安心して暮らせる社会を理想とするひともいるでしょう。

しかし残念なことに、国の予算には制約があり、すべての理想を同時に実現することはできません。そんななかである特定のひとたち(お金持ち)に優先的に決める権利を与えると、それ以外のひとたちを納得させることができなくなってしまいます。

それに対して株式会社というのは、株主から資金を集め、事業を行なって利益を上げるための仕組みで、株主の目的は利益の分配を受けることです。公正な分配のルールさえ決まっていれば、そこには価値観の本質的な対立はなく、たくさんの株券を持つ株主がどうすれば自分の利益が最大になるかを決めたとしても、少数派の株主の権利を侵害することは(ふつうは)ありません。逆に1株主1票では、資金を投じるひとはいなくなってしまうでしょう。

AKB48のファンのあいだでも、だれを応援するかで意見の対立はあるものの、日本一(世界一)のアイドルグループに育てたいという理想は共有されているはずです。そうであれば、1人1票よりも1株1票の仕組みのほうがずっと優れています。

日本では、永田町ではなく秋葉原で、競争原理に基づく正しい「民主政治」が行なわれているのかもしれません。

『週刊プレイボーイ』2011年6月13日発売号
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